「そう、やっぱりこの声は貴方のお姉さんの声なのね」


そう言ってリラは少し溜息をつきました。
いえ、目の前で話しているのは本当にリラなのでしょうか？
これまでエンブリオにしては珍しく、人と話すことのなかったあの子が何事もなかったかのように話しています。
それどころではなく、その声は忘れもしない私のお姉様の声そのものです。


「ええと、何から説明したらいいのかしら――私がどうしてこれまで喋らなかったのかというのは、本筋から逸れたことだし」


その声にはっとして、私は考え事から戻りました。
そうだ、聞かないといけないことがたくさんあるんだった。
戦闘前に見た私やお父さんに似た人が映っていた映像のこと、
あの兵士が言っていた「お前はメルンテーゼの人間」の言葉の意味。


「ああ、そうね。貴方はあれを見てしまったんだった」


リラはまた溜息をついて、私の横に座りました。
そして黙ったまましばらく遠くの方を見つめていたけど、そのまま静かに話し始めました。


「大体見た通りよ。家族がありながら、仕事だけしか見ていなかった男が突然妻を亡くした。
残された子供たちを育てることになったけど、それでも変わることができなかった。
そのまま娘が急病で死ぬまで、一番大切な物も、その娘の気持ちにも気付くことができなかったの」

「その現実を認めたくなかったのか、せめてもの罪滅ぼしだったのか、私にはわからない」

「彼は、自分のこれまでの研究の全てをかけて娘を蘇らせようとしたわ。
それが無理だとわかった時は、夢の中にだけでも逢えるようにってザントマン達を使って夢を操ろうとしていた」


リラは笑いながら言おうと努力したみたいに見えました。
でも私は全然笑えませんでしたし、それはリラも同じだったようです。
だって、それはまるで――


「でもある時そのネクターとエンブリオを使った実験が、何かのきっかけで成功してしまったの。
その娘が、あの子が書いていた物語をベースに箱庭のような世界を作り出すことができた」


話を聞くうちに、これまでに無いくらい息が苦しくなってきました。
この先を聞かないといけない、でも聞きたくない――！


「男はその世界の維持に全生涯を費やして亡くなったわ。
娘もそうだったけど、その頃メルンテーゼの一部では流行り病で亡くなる人が多かったの」

「ここまで言えばわかったかしら。貴方はその世界の主人公。あの子が、“本物の”グレンダが憧れて作り上げた勇者なのよ」

記憶が無い部分がある…それが引っかかっているのか、文は少し暗い顔をするが、もう友達という言葉で表情が変わる

不要なほどの大声で挨拶をしながら薙疾が近づいてくる。
彼女と会うのは一週間ぶりだけれど、どうやら相変わらずのようだ。
移ろわぬ彼女を見ていると、何か少し安心する。

と、薙疾はここで少し声を抑える。
明朗快活な彼女から、内緒話？と怪訝な顔をするグレンダだが、次の一言でその違和も消える。

なるほど。

このタイミングで彼女の名前を出すなら、確かに小声にもなるだろう。
もともとこの一揆そのものが国家に対する叛逆だが…アムルイがやろうとしていることは国家では済まない。
このメルンテーゼという世界と、その歴史への改革なのだ。

この一揆が収束し。

アムルイが革命を起さんとするメルンテーゼに対して、グレンダが何かをするつもりなら。
その場合には悔いが残るかも知れない結末が待っていると。
薙疾はそう言っている。

そして──

　　　　　　『もしそうなったら、容赦しないでね？』

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　その言葉は既にアムルイにかけられたそれと同じものだ。



グレンダが何も言わずにいると薙疾は話題を変えようとしたのか、再び口を開く。

そう言って彼女は自分の持つ刀を再び見せる。

話がズレちゃった。と付け加えて彼女は話を続ける。

少し沈黙が場を支配した。

そして……