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【ある女の想い】


誘いの声がかかったのは丁度クリスマスの頃だ。
少し散歩をしないかというその誘いを、私は無理やり何処かに食べに行こうと連れ出した。
恥ずかしがってエスコートをするにはまだ覚束ない彼のその手を引いて町へ繰り出す。
人の喧騒や声を聞くのは好きだ。寂しい気持ちを忘れさせてくれるから。
ケープの留め金に、貰った真珠で出来た…白い葡萄のブローチをつけて行った。
彼は気付いただろうか？

他愛も無いことを話す。
そうやって過ごす事が、自分にとって特別な事だと染みて判る。
一人で居る事、銃を振るう事、戦火に揉まれる事
スラムでひもじい思いをしたり、盗みを働く事も、暴漢に追い回される事も無い

もし…もし、そういった記憶を全て忘れてしまったのなら、
何もかも無かった事にして、初めから普通の家庭に生まれ、普通の子供として
学校に行って、友達を作り、普通に恋をして、家庭を持って、子供を授かって
そうして子孫に見取られながらベッドの上で死ぬ事ができたなら
それはどんなに幸せな事だろう。

それはどんなに寂しい事だろう。


私は過去を忘れられないでいる。
けれど、それを忘れたいと望んでいる。
でも、忘れたくないと願っている。

私が忘れられないのは、そこに私を構築した人達が眠っているから。
私が忘れたいのは、積み重なっていくその記憶に潰されそうだから。
私が忘れたくないのは、思い出があるから。
記録ではない、記憶と、思い出があるから。
それはきっと「正しい人の有り方」ではないのだけれど。

飲食街の店で、私は一つのハンバーガーを頬張る。
それを笑って見ている彼は、この心の奥にある人達をまだ知らない。
人と天使とのハーフだと言う彼にも、死というものはきっとあるのだろう。
そして「忘れ水」を飲んで、まっさらになって何処かに生まれてくるのだろう。

私もいずれ死ぬ。
そしてその記憶を抱えたまま、また何処かに生れ落ちるのだろう。

そんな事を考えて彼の顔を見ていると、
ふと視線が合って…どうしたのと声が掛かった。
何でもないのよ、と笑って返事を返した。


この秘密を、私はここで白状してしまっても構わないはずなのだ。
そうやって共有して、身の振り方を相手に委ねてしまったって構わないはずだ。

でもそれができないのはきっと、彼が私を想ってくれているから。
その想いが強いほど、きっと彼は大きく傷つくと判ってしまう。

無限ではなく、有限でもない。
置いていってしまうのは、いつも私の方なのだから。



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【ある神の戯れ】


ここに記録がある。
ここに記憶がある。

ここに魂の欠片が眠っている。


Verba volant, scripta manent.

ノキアから目を逸らした２名の顔を見て、頭を掻き

テーレレレー♪

イコの話をじっと聞いて。

頭を掻いたり、耳のピアスをいじくりまわし

丁寧にラッピングを外し、手早くボタンホールに通しタイを留めた。