――城に到着してから半日が経過しようとしていて、次第に私達の中に焦りが生まれ始めた。
国は魔王討伐の最大の功労者として。また、王子として、ディラックを王の間へと招いた。
王族の作法や礼儀等はよく分からないが……式典をするのならば打ち合わせも必要だろうし、また、秘密裏の話とやらでもあるのだろうと、その場は深く考えずに送る。
その間、私達は大きな部屋で待たされることになった。
必要な物があれば、兵士達に伝えてくれと言い残して。


…そう言われて半日。あまりにも時間がかかり過ぎている。
廊下は静まり返っており、出入口は常に兵士が見張っている。
これではまるで軟禁状態だ。

グリフも最初は柔らかなベッドに満足していたが、今は退屈でしょうがないとばかりに欠伸を繰り返している。
ほんの２〜３時間前に、外に出れないかと交渉をしていたが、結局無駄に終わった様だ。
ヴィルムも、表情に出さない様にはしているが「時間がかかっているのかもしれませんね」と不安を掻き消すように言っている。

やがて日が傾き掛けた頃になって、ようやく一人の兵士がやって来て。
「ディラック殿はまだ用事で帰る事ができず、しばらくこちらに滞在する事になった。
式典等の連絡は追ってするので、各々方も気になるだろうし、一度故郷に帰られてはいかがだろうか？
　その地までの馬車はこちらで手配する」
そう言った。
……まあ確かに、一日二日で終わるとは限らないか、と納得した。
ディラックも大変だな、なんて苦笑しながら話し合う。
と言っても、グリフとヴィルムはそういう事ならと故郷に帰る事を決断したので、後は私の問題なのだが。
とりあえず、しばらくは近くの城下町に泊まると伝えた。
宿泊されるのでしたらと、近くの貴族の屋敷を幾つか紹介されたが、堅苦しいのは嫌いなのですべて断る。

ディラックとはまだ会えないとの事なので、今夜は街で宿を取り、翌朝、２人は故郷へと帰って行った。


暇になった私はさてどうしようかなと考えながら歩いていた。
魔王を倒したのは随分と噂になっているが、私の容姿は知られていないらしく、騒がれる事も無い。
気ままに街をぶらぶらと散策して――呼びかけられた。
通信魔法で、こちらに来い、と。
見上げると、古びた小さな店があった。

魔法の主はこの中にいるらしい。
私は扉を潜り、埃っぽい店内へと足を踏み入れた。

目当ての人物は、一見すると店内奥で椅子に腰かけ、此方を見ようともせず、うつらうつらと居眠りをしているように見える。
実際のところは彼は起きていて、私にメッセージを送っていた。
私に警戒心は無かった。意外ではあったけれど。

そいつは、過去に私が此処で拘留された際に私を助けてくれた。
後に、私に魔法を教えてくれた、先生だった。
城で一番偉い魔法使いだと、誰かが言っていた気がする。

私は通信魔法で、挨拶に行けなかった非礼を詫びようとしたが、それを制して通信を送る。

『この街から、この国から逃げろ。お前は狙われている』

私は「は？」と思わず声に出した。
『声を出すな。暗殺者がお前を狙っている。昨夜は、運が良かった。
　本当ならお前は貴族の屋敷に泊まり、その夜のうちに、貴族一家共々、突然やって来た何も知らない強盗に、不意を討たれて殺されているはずだった』

今度は、声が出せなくなった。
…だって、意味が分からない。魔王の手の内の奴がまだ内部にいるのだろうか？
それとも私が、突然どこかの国を独立させたり、他の国に行くと思っているのだろうか？
…いや、私なんかどうでもいい。それよりあの馬車。２人は今頃……！

そんな私の考えを見透かしたように、先生は続ける。

『あの二人は大丈夫だ。ちゃんと故郷に向かっているだろう。
　狙われたのはお前とあの小僧だ。おまえはついでだろうがな。他の２人と違って故郷の無い根なし草だし、優れた魔法使いだから国を出たら追跡は困難と思われたのだろう』

『…小僧…ディラックも狙われてるんですか？　一体どうして？』

『……それは、言えない。すまないが。
　あの小僧の事は、今は諦めろ。王族である以上、拷問にかけたり殺される心配はまず、ないだろう。顔も知られているしな。
　恐らくは幽閉される事になる。……もしも私が無事なら、いずれ脱獄させてやるつもりだ。
　その時の為にも、今はお前は逃げてくれ。そのうち、連絡する』

直感的に、それは嘘だと察した。
先生はディラックを脱獄させるつもりなんて毛頭ない。
私を逃がす為にそう言っているだけに過ぎない。
だが、それを言っても、先生は絶対に肯定しないだろう。短い付き合いだが、そのくらいは分かる。

『…私は逃がしてもいいんですか？』

『良くは無いが…小僧と違って、お前には何の落ち度もない。ついでで殺されるのはあまりにも不憫なのでな。逃がす事にした。
　…別に向こうも本気で追わせているわけではない。国の外なら逃げ切れるだろう』

その言葉を、私は聞き逃す事は出来なかった。

『――何の落ち度も、ない？
　ディラックには何か落ち度があったんですか？』

『…………』

沈黙する。言えないが、肯定だ、という合図。

『なんでですか――』

そう、問い掛けようとした時。
先生ががたりと立ち上がった。

「……まさか、そんな…！？」

驚愕に満ちた声で、そう呟く。
この人のそんな声を、私は初めて聞いた。

「…何ですか？」

「いかん。すぐにこの国…いや。人のいる地から離れろ。しばらく身を隠せ！　すぐにだ！」

「何でですか！？」

「外に出れば嫌でも分かる！　見てみろ！」

額にトン、と触れられる。遠見の魔術。
これは、外の景色だ。……私の顔が描かれた看板が建てられ、兵士がこう切り出している。

「この者は、昨晩、我が国の大臣を殺害した嫌疑がかけられている。
　情報を提供した者に銀貨５枚。逮捕拘留をした者には金貨１００枚を与える。なお――」

どくん、どくん、と私の心臓が早鐘の様に鳴った。
次の言葉を私は難なく予想できるはずなのに、その言葉が浮かんで来ない。
恐ろしい考えを、必死で否定している。
けれど。

「生死は問わないものとする！」

ざわざわと、民衆達がざわめく。
身を案じてではなく、懸賞金が非常に高額であった為だろう。
そして、その光景が瞬時に消えて、薄暗い店内へと戻る。

「…見たな？　最早私にも状況は分からないが。良くない状況だ。
　これからどうなるかは分からないが、とにかく逃げろ。…とりあえず、霊峰に飛ばす。
　落ち着いて、もし可能なら……いや。いい。こちらが探す。とにかく逃げて、身を隠す事だけを考えろ」

「ちょっと待って下さい、先せ――」

「…お別れだ。我が弟子」

　手首の石を適当に見せたりしている、ギラギラと緑の光ってて綺麗かもしれない

最初から接近に気付いていたように、視線を上げてをフィーグルさんを見ると、口を開きます。
フィーグルさんが身に纏う、漆黒のマントの威圧感などを気にする様子はありません。

名乗られたその称号に、首をかしげます。
じっとフィーグルさんを見て、ん、と小さく唸り。

正体を見破られたことに動揺をしている様子はありません。

むしろそちらの指摘の方に動揺してます。

島クジラを置いて去っていこうとするあなたのマントの裾を、少年の手が無遠慮に掴む。

無茶なことをごねる少年の横、清流色の龍があなたを見て僅か、漆黒の瞳を瞬かせる。

与太話をする一人と一匹を目にしながら、あなたは感じるだろう。
その様子からは到底想像できない、魔力と言えるかも怪しい邪悪な気配を。

　

とりなす口調ではないが、特別に責める色もない。
やはり相変わらず平坦であり続けるそれ。

そういう問題でもない。
冗談が通じないのか、真面目なのか、両方なのか。
恐らくは両方。

とはいえ俺も殆どは伝聞でしか知らん、と肩を竦めた。

けあ。
まあいいや。

　短く、そう返した。



　***

　知らないらしかった。

　ちらりと見られたのなら、ピィとイヌワシは鳴き声を返していた、

自分の上のほうを指さしながら、そう語る

驚き、その後にうんうんと唸っている。