「……で、俺たちが残ったって訳か」

やれやれとため息を吐く先輩の言葉通り、その場に残っているのは4人だけだった。
先輩と、私。クロさんとルドさん。
他の人はもう、それぞれの目的とする場所へと向かってしまっている。

──それぞれの、目的。私も、無いわけではないのだけれど。

「あの。皆さんは何処か行かれる場所は、ありますか？」

互いの動向を伺うような小さな沈黙の中、控えめに上げられた手があった。

「……もし、どなたも無いようでしたら、私は、城の方に行きたいなと思っておりますわ」

白金の彼女から紡がれた言葉は思いがけず、けれど、自分にとっては都合の良いもので。

「……俺は、特には無いかな。あぶれるようならどこかついていくか、先進むかのどっちかと思ってるけど」

棍の手入れらしき事をしていたルドさんの言葉が続く。
残る先輩と自分の言葉を待つような二人の視線に背を押されて、自分もようやく口を開くことが出来た。

「……私は、」

あれ程躊躇っていた言葉は、音にした途端するりと、唇から滑り出る。

「私も、城に行きたい。契約を結びたいエンブリオが、いる……前に、会えなかったから」

「――エンブリオ、か」

私の言葉を拾うように、先輩が呟く。少し考えるような素振りの後に、なら、と視線をこちらに戻して。

「俺たち四人で城へ行こう。クローシェと冬花の二人だけを危険なところへ向かわせるわけにもいかないし、ルドもそれで構わないか？」

これもまた、自分にとっては望ましい言葉だった。
先輩は、一人で行動しようと思えば、出来てしまう。
旅にも戦いにも不慣れな自分とは違い、彼にはカゼヨミの力も、経験もある。
けれど今は出来るだけ、彼の傍で、彼の様子を見ていたかった。
先の戦闘を終えて合流するまでの間に、あの菫色の気配はすっかり消えてしまっていたけれど、
あくまでもそれは潜めているだけなのだと。彼の表情と瞳を見れば、わかってしまったから。

「そうするか。城、だな」

ルドさんの返答に、思考を引き戻される。
なら道も分かっていることだし、と添えられた言葉の端に滲む苦いそれに、思わず感謝と謝罪の言葉が零れた。
もしかしなくとも、あの場所には彼が苦手と感じるものがあるのだと、気付いてしまって。
薄々と感じていたそれを無視する形で城行きに賛同してしまった事に、罪悪感を感じる。
──不満も言わずに肩を竦めてみせる彼を、一度否定されてしまったものの、改めて良い人だと思わずにはいられなかった。

「あんたも来てくれるなら百人力だ」

「よかった、有難うございます。私もエンブリオに会いたくて。では、どうぞ宜しくお願い致しますわ」

全員の賛同を得られたからか、ほっとクロさんの表情に、安堵が広がる。
この4人で行くのは初めてだと言う嬉しげな声に、久しく彼女と行動を共にしていなかった事を思い出す。
合流した時はいつも言葉を交わしていたから、余りそういう風に感じることは無かったのに。
途端にソルトとクロさんとルドさんの3人で旅をしていた日々の事が、随分と遠くの事のように思えた。

「最近トウカさんをマコトさんにとられてしまいましたし。
　……あら、そういえば、マコトさんとご一緒するのは私、初めてですわ」

とられる。彼女の言葉に、首を傾げてしまう。取られる。
クロさんの所にいた私を、魔異先輩が、取ったと言うことだろうか。
確かに最近は先輩と行動を共にすることが多かったけれど、それで彼女に不都合があったのだろうか。

「――って、クローシェ。俺は別に取ったつもりは無いぞ。冬花も真に受けるなよ」

意味を掴みかねて視線を向けると、先輩は何故か呆れたようにため息をついた。
先ほどのクロさんの言葉は、冗談のようなものだったのかもしれないと理解する。
否、本当の言葉ではあると思うのだけれど、そう受け止めてしまうと、少し、自分は自分の心の置き所に困る事になるから、
だから、そう言う事にしてしまった。彼女には申し訳ないことをしてばかりだと思う。

「しばらく別行動が多かったけど、これからはその必要も少なくなる筈だ。
　あんた達と一緒に肩を並べて戦えることを嬉しく思う」

改まったように、彼の双眸が二人を見つめる。

「クローシェ……それにルドも。改めて、冬花を守っていてくれてありがとう。
　俺たちが無事に再会出来たのも、あんた達のお陰だ。
　俺たちは冒険者としては未熟だし、これからも迷惑を掛けると思うけど、その……今後とも、宜しく」

素直に紡がれていたそれは、最後の最後に僅かに濁り、締めくくりと共に彼の視線が何処かへと向く。
照れ隠しらしいその仕草を珍しく感じながら、自分も倣うように深く頭を下げた。

「……私からも、ありがとう。色々と、気に掛けてくれていたから」

気にするな、と先輩の言葉に答える声。

「俺は好きでやってた事でもあるしな。迷惑かけんのは俺もそうかもしれないし、お互い様だろ。こっちこそ宜しくな、少年」

お礼を言われる事は何もしていませんわ。と穏やかな声が続く。

「だって、友達ですもの、当たり前です。
　旅や、守る事は私も不慣れですから、そういった処はルドさんに助けて貰ってばかりで」

そう言って、一瞬だけルドさんへと視線を向ける。

「私こそ、未熟ですけれど。改めてどうぞ、宜しくお願い致します。
　こうやって皆さんと一緒に居れて、本当に嬉しいんですの」

出会ったときから今まで、彼女は何度も友達という言葉を口にしていたけれど、
いつの間にか先輩も、彼女のお友達になっていたらしい。
彼女が口にする友達は、私があちらで耳にしていたそれとは、何かが少し違うようで、
けれど先ほどの言葉のように、彼女らしい本当が詰まっているように思えて。
深く下げた頭を戻した彼女の表情に、思わず目を細めてしまう。
改めて、あの一件に関する蟠りは、彼らの間には残っていないのだと感じる事が出来て、ほっとする。

──彼が、力を暴走させた日。
自然と先日の具現化した菫の色も思い出してしまい、心の中で頭を振る。
表情を変えてしまわないように遠くを見、ちらつくその色を振り払う。

「……そういや、城で何かあったのか？」

幸い、彼は自分の表情の変化に気付かなかったようで。
問いを受けたルドさんが、あー、と言葉を探すような、長い音をひとつ置く。

「……うん、まあ、ちょっとあったか。大した事じゃないけど」

紡がれた言葉は、誤魔化すような。それからちらりとクロさんと自分に向けられた視線に、視線を戻した。
城で敵と対峙した時の彼の様子と、少し前に彼に向けた問いとその答えを思い出す。

「……うん。問題は、なかったよう」

彼の許可なしに、己が知る詳細を話すのは何となく憚られて、だから自分が受けた印象だけを口にした。
情報の足りなさに、先輩は案の定首を傾げたけれど。大事に至らなかったのなら、と彼なりに納得はしたようだった。

「……行く？」

会話が途切れ、沈黙が生まれてしまう前に、問いを浮かべる。
このまま直ぐに動き出してしまわないと、またあの色に思考を染められてしまいそうだったから。

足の調子を確かめるように、軽く足首の周りを揉み解す。
鈍く続いていた痛みが、指の感触に思い出すように鋭さを増す。
その痛みを覚え直し、覚悟と共に立ち上がる。まだ、誰にも悟られるわけにはいかなかった。

「そうだな、行き先も決まったし、早速出発しよう。城には一体何が待っているのやら――」

城に待つもの。待っていて欲しいもの。

それが手に入れば、──きっと、あと少し。


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──……あなたの光が、欲しかった。太陽と星の光では、鋭すぎるから。

──随分と抽象的な言葉選びをするお方ですのね。
　　　もっとわかりやすく望んで頂かないと、叶えられるものも叶えられませんわ。

──……助けたい人がいる。
　　　良くないものに掴まらないよう。出来るだけ、覆う闇を痛み無く取り除けるように。

──……それは、あの翡翠の？
　　　成る程、確かに『アレ』は、風と良き関係を築くだけでは如何ともし難いですわね。
──……わかりました。契約の元に、あなたの為にこの力を行使することを誓いましょう。
　　　但し、過信は控えて下さいまし。



────あの『奥』に潜むものは、私にも量りかねますから。


++++++++++++++++++++++++++++


私は、

私は無力で、けれど、それで良かったのかも知れない。

無力だからこそ、恐れるだけの力を持たない。
無力だからこそ、己が欲するだけの力へと手を伸ばせる。

でも、
力を有していても、いなくても、変わらないものもある。
望むものを掴めない絶望。
今ある幸福を失う事への恐怖。

届かないか、取り零すか、壊すか。
伸ばせる手の形が違うだけで、その先の結末に変わりはないのだと、
彼も同じなのだと、彼の傍で、彼を見て知った。
でも。けれど。


──大丈夫。

あなたの呪いに、私は染まらない。

あなたがその力を呪いと呼ばずにいられるように、私は傍で生き続ける。

あなたのその瞳が、どれだけの闇を引き寄せても、

私は私の意思で、ここにいると決めたのだから。

だから、先輩。もう、あんな顔をしなくても良い。

あなたがあなた自身を、これ以上打ちのめしてしまわないよう。

私も、力を手に入れるから。


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がくせいさんがいっきにさんかするのはめずらしいのかも、とおもったようです。

どうみてもやせがまんのようでしたが、やっぱりすなおにくすりをぬることにしたようです。
ふたをあけたところできょとんとしたかおでおねえさんとくすりこうごにみつめると、ちょっぴりはずかしそうにくすりをわたしました。

とむねをはっていましたが、ひとりでいたりゆうをきかれるときゅうにもじもじしはじめました。

どうかんがえてもおとなのすることではないと、猫じしんもおもったのか、はんせいしているようです。

それから沈黙。
口下手同士の間に、それが、気まずいものとして映ったかどうか。

と、少し唐突ながら、そんな質問を投げかけた。

『なぜ騎士に』

『正直二十ぐらいだと、思っていた』

どこからか声が聞こえる

｢おめでとう、君が当たりだ。｣と。

少年が声をかける

よくわからない事を呟く

偉そうな態度とは裏腹に、足元は怯え気味だった

にこにこと穏やかに笑ってブラウニーの方を見つめる、が。

明らかにいつもと違う様子に、思わず声をかけた。

およそこの場所には似合わない妖精の姿に瞳を瞬かせ、

多頭の蛇へと視線を移せば、小さく息を吐き、風を引き寄せる。

えと、と悩むように言葉を区切りながら、少女なりの不器用な気遣いを。