「先生、ちょっと」

「はい何でしょう？」

「帰っていいですか？」

目の前にある背を眺めるのは、いい加減飽きてきた。本音を言えば声を掛ける前に抜け出したい所を態々確認を取るあたり、
自分も馬鹿だなと思う。

「後もう少しですって。ん〜……この素材では新しい効果が発現しないということは……」

帰りたい。腰掛けたソファの背に思い切り寄りかかれば、無駄に生地が良く肌触りも心地よいものなのに周りに積まれた本の山やら、きらきらと回転しながら光沢を放つ吊るされた飾りやらで、どうやって安らぎが得られようか。
この部屋の持ち主はそれで良いんですよ！と豪語していたが。まぁ慣れることが大事という事にしよう。この部屋がどんな物であるか触れないし深く考えたくない。

「ん？」

パチ――、と何か。

「……」

目が合う。
向こうに映る自分に。

「あれ？」

音が聞こえた方へ何の気なしに首を向けると、ソファが置かれている場所からややスペースを開けた場所に金属製のテーブルがある。煩雑に積み重ねられた道具がテーブルの足元に散らばってるのに対して、何やらそこだけぽっかりと隙間があることに違和感を覚える。
この部屋に物が置けるスペースがある事に違和感を覚えたのかそれとも、

「先生の部屋ってテレビあったっけ」

真っ黒の画面の中、向い合う自分の顔。
薄く、だが1m程の正方形のテーブルの幅に収まる大きさだ。

「それですか？以前からありましたが」

「の割には見たこと無いような……」

「それはそうでしょう。見つからない様厳重に封印してありましたからね」

「……」

訳ありか曰く付きか。見つけない方が良かったと心底後悔すると同時に、興味が湧き始めている自分も嫌になってくる。

「君に見つかったという事は結界が破られたか、それとも君の耐性が強くなったか。ふふっ、先生として喜ばしいことです」

「嬉しいような嬉しくないような……」

「そこは誇りなさい。僕の指導の賜物でもありますからね。教え、新たな発見に目を輝かせる心。その輝きを見れることや教え子の成長こそが、僕達教師にとって何事にも変え難い喜びなのですから」

いつの間にか先程まで取りかかっていた作業を止め、チェアを回転した彼はこちらに向いていた。
正面にあるテレビを見ているのか、何となく、何となくだが顔を合わせずテレビの方へと視線を合わせる。画面越しの男の笑みと目が合ってしまった。

「教え云々よりは性格を何とかしてほしいです」

「本当に君は変な所で頑固ですよね」

画面から目を離して今度こそ鞄に手を掛けようとするが、その動きを阻む声がした。

「コレを確認できるのは成長している証拠ですよ。序にコレについて一つ課題を出しましょうか。
このテレビが何故封印されていたか。どうしてだと思います？」

「興味はありますが本日は家でケーキが待ってるので心苦しいですが今度の機会で宜しいでしょうか」

遠回しの拒否をノンブレスで言い放つ。途中噛んだはずだが言い切ったことにしよう。
因みにいちごのショートケーキは残ったら朝ごはんだ。イエス、朝食ケーキ。朝からがっつり朝食もまた正義！

「おやおやそれは残念。しかし……答えの必要が無くなりましたね」

鞄を持ち上げた時、

「本当に君はタイミングが良い時に動きます。何の因果がはたまたこれも可能性の一渡りと成すか。君達は本当に興味が尽きませんよ」

ブツン――。
一瞬聞こえた、この部屋の中で一番大きな音。懐かしい感覚に襲われるのは古い習慣から続く名残がこの身体に残っているからなのか。
横一直線に白線が走る。それが左右に割れると今度は縦に白が広がり見る見るうちに黒を塗りつぶしてしまった。
真っ白な画用紙みたいだと不意に思った。
そこに、

「これはですね。監視の道具なんですよ。」

土下座がアップで映し出された。

(……何事か)

つい先生の方へと疑問を投げかけようと顔を向ける。

「う〜ん。1カメさんはもうちょっと下をアップがいいですねー。あ、3カメさん少しずれてますって、も少し右、右！4カメは外部の方々の表情アップがいいですね〜、流石最新衛星規模のスコープ、よくこんな物手に入れることができたと思いますよ。いや〜金を掛ける部分は惜しまないとみた。
さてこちらは少しの隙間も●ＲＥＣで逃さない様、気合いを入れましょう！いや〜この場でいい強請り材料が取れそうですよ！」

あんた鬼か。
生き生きと高速でリモコンを操作する先生に若干引きながら、何故かアングルの角度にまつわる意味論も始めだしたので聞き流す。

「あちらこちらも忙しいことになってますね。まあ最初に手を出したのはアチラですし。自分から行動を起こし、そこが地盤を固め、余計な石ころを除いた安全な道だと誰が言ったのでしょう」

半目で横を睨み、溜息をつく。
これは完全に巻き込まれてしまってるのだろう。口許を覆いながらも吊り上がった口角が指先から覗いて見える。
とりあえず巻き込まれてやるから今日は早く帰りたい。

「既に坂は下りとなり石は何処まで転がり落ちるのだか。さて道が消えるか石が削れ砕かれるか。どういう結果が出てくるか、とても愉しみです」

……悪趣味だなー。

>卍人さん

*色々と省略しましたがさらりと言いきりましたとも*

（カーフェイさんまではぐれていたことは知りません。）

＞ご主人

数秒の沈黙の後

そう、少し寂しそうに微笑んだ。

ホンマまいったわーといった表情だ。

ドールもサラマンダーにも興味を持っているが、危機感を感じてか無暗に近づかない。