（丸みを帯びているものの丁寧な文字で記されている）





近頃、アカデミエで暮らしていた頃の夢をよく見る。



私の両親は、多くのアカデミエントがそうであるように、
研究第一人間であった。
三度の飯よりも、金や地位や名誉よりも、まず研究。
睡眠をとる時間すら惜しい。
そういう両親のもとに、私は生まれた。

寂しさは無かった。生まれた時からそうだったから。
研究者しか居ない世界に生まれた。
周りにも愛に満ちた親子関係など存在しなかった。
本や、詩や、映像作品などで鑑賞する家族愛の物語は、
虚構の作り話だと思っていた。

……いや。
本当は、私は、そう「思いたかった」のかもしれない。
薄々、気がついていた。両親の関心が私には向けられず、
その二人の研究に向けられていることは。

母親は日夜“ラボ”に入り浸り、稀に“ベッド”に帰ってきても、
寝てまた出て行くだけで、まともに会話したことがない。
父親に至っては、別分割世界を旅していることの方が多く、
皆彼のことを“マグロ漁師”と呼び皮肉っていた。

私が生き長らえさせていたのは、一重にアカデミエの
衣食住供給システムであり、両親ではなかった。



二人がどういう経緯で結婚したのかは、
教樹から聞いたことがあるが、理解し難い内容だった。
二人が本当に愛し合っているのか。
愛しあった結果、私が生まれたのか。
仮にそうだとしたら、私は何故蔑ろにされ、
二人が研究にのめり込んでいるのか。考えても分からなかった。

だから私は、考えることから逃げ、
研究者達から様々なことを教わることに意識を傾けた。




まず読み書きは、言語学者のストリンギスクに習った。
これで本が読めるようになった。
自主的に色々な本を読むようになった。
ただストリンギスクは、ある日気がつくと外世界に旅立っていた。
どんな言語で、どんな発音で話しても、
自動翻訳されてしまうアカデミエの環境が、
言語学者として気に食わないらしかったようで、
いつも不機嫌そうにしていた。

数学者のティカハムテスは、
変化する数字が身の回りにあると落ち着くらしい。
体温計を常備しており、私の体温を測ることを条件に
簡単な計算の手習いを教えてくれた。
ただ私には理数系の才能が無いらしく、
彼の教えてくれることのうちの大半は理解できなかった。
それでも、日常生活をおくるのに
支障がないレベルの計算能力は身についた。

動植物のことは、生物学者のオビヨーグルに習った。
彼の研究室に入ると、彼が持ち込んだ植物と動物がひしめき合っていた。
その生き物たちに埋もれて幸せそうにしていた彼から、
“生きるもの”とはなにか、学んだ。
時折、毒を持つ生物が逃げ出して騒ぎを起こしていたが、
その一端を担っていたのが私の好奇心であることは彼と私の間の秘密である。

分割世界のことは、世界学者のリアロルディウに。
倫理学は、エスクヒトに。
政治学、歴史学、魔術学。
それから、それから……

とりわけ、ローラスに話を聞かせてもらった、
魔鉱物の話は私の胸をときめかせた。




気が付くと、私は成人間近となっていた。
アカデミエは、居住条件が厳しく定められた世界だ。
ここで生誕したものは、一端例外的にその条件が免除されるが、
それは成人するまでのことで、それ以降は認められない。
他の移住者と同じように、
“一定以上の学術的成果”をあげられなければ、世界を追い出される。



私はその“一定以上の学術的成果”をあげるため、
研究のために、ローラスと共にこのメルンテーゼを訪れた。

そのはずだったが、今ではどうだろう。
一揆の戦いに明け暮れ、もはや研究など二の次になっている。
続けていることはいるが、どうも身が入らない。

終いには、彼――フライバイという名の青年に、
エンブリオとの契約を譲ってもらうという条件で、
私の研究の発表名義を、彼に譲り渡すことを承認した。
（まだ、正式に返事はもらえていないので、
　実際に取引が成立したわけではないが。）

挑発に乗せられて、半ば勢いで、その申し出を受けると私は言った。
つまり私は成人以降、
アカデミエに戻らない、戻れないということになる。
それを私は、それほど抵抗なく受け入れた。

両親はじめ、これまで世話になってきた研究者達や、
明日食べるものの心配をせず、好きなときに好きなように
全分割世界屈指の研究書物に手を伸ばすことができるあの環境に
私は、執着していなかった。

ビブリオバベルの契約書を受け取り、フライバイは上機嫌でそれを眺める。
そして「まいった、まいった」「そこまで本気なら」と冗談めかして
エンブリオ『フェアリー』を差し出した。

フライバイは、何か用事があるのか、周囲を伺いそわそわしている。
「こうなった以上は、俺もアカデミエへの入界のためにアンタの研究を応援しなきゃな」
と言うと、会話を早々に切り上げて去って行った。

去り際に
そのフェアリーの名前が『ソプラニアス』であることと、
それ以上の事を詳しく知りたければやはりグリゴリに尋ねてみればいい、と言い残して。


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エンブリオの譲渡が成立しました！

【ソプラニアス】
契約者に魔力を譲渡する犬型のエンブリオ。大人しくて賢い。時折人間のような仕草をする…
http://dolch.bitter.jp/sub/colorkrr/pict/las/sopra.png
http://dolch.bitter.jp/sub/colorkrr/pict/u09.png
http://dolch.bitter.jp/sub/colorkrr/pict/u10.png

お好みでエンブリオ欄に加えたり
アイコン等お好きなように使っていただいても大丈夫です。

　

　

　

　

何かに変身した

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何かに変身した

　

　

何かに変身した

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