『トキサメという女性をふるぼっこにした』

　本を見るとその一行で終わっていた。
　間違っては無いのだけど、これでいいんだろうか。
　もっと、詳しく書く必要はないのだろうか。

　と、問いかけると、

『どうせ、俺は残らない。俺はキミがこの旅の途中、過去を思い出すためにあるから』

　この”本”は、あたしが旅を終えると消えてしまうそうな。
　と、以前、本人が綴っていた。
　そして、早く旅を終えてくれ、と。

　あたしだったら、消えたくないし、旅を先延ばしさせたくなる所だけど、
　本はまるで消える事を望んでいるかのようにそれを綴る。
　理由を問うと、そう作られているから、と答えを返す。
　納得いかないけど、それ以上は何も答えてくれないのだ。


　ふと、本がぴかぴかと光り始めた。
　本が自分から何か伝えたい時、あたしに見てもらうために自身を光らせる。
　本は開いたままだ。
　開いたページに目を落とすと、珍しく本からの質問が載っていた。

『以前話していた、俺に似た装丁の本とは一体何の本だ？』

　正確には、今のこの本に似ているわけではなく、この本の元の一つである本に似ている本だ。
　この本は、一冊の本とその作者の想いとあたしの力で出来ている、らしいから。

「似てるのはお父さんが書いた魔術書、なの」
『それは持ってないのか？』
「うん。だって、あたしのための本じゃないから」

　お父さんに魔法を習っていたのは、あたしを含めて三名。
　あたしと、お姉ちゃんと、お兄ちゃん。
　お兄ちゃんは、実の兄ではなくて、従兄のお兄ちゃんだ。

　お父さんは、基本的な魔法から難しい魔法までいろいろと教えてくれたけど、
　実は、誰かに覚えて欲しい魔法が一つあって、他のはおまけのようなものだった。
　ただ、その魔法は、難易度がとても高くて、お父さん本人にも使えない魔法。
　並列処理能力と容量と制御力と……どれか一つでも欠けていたら、失敗してしまう。

　あたしもお姉ちゃんも出来なかったけど、お兄ちゃんは努力次第で出来そうな所まできていて、
　後は自己鍛錬の領域だからと、お父さんは全てをお兄ちゃんに任せて、一冊の魔術書を渡した。

　それがお父さんが書いたその魔法に関する本だった。

「だから、その本は今もお兄ちゃんが持ってるの」
『何でも出来るキミでも出来なかったのか』
「うん、そうだね。あたしは、その道に特化した人には絶対に勝てないの」


「あなたは……魔術書だったの？」
『いや、どちらかといえば、メモ帳だな』
「変だね。それでどうしてお父さんの本と似るのかな」
『装丁の参考にした本が同じだったとか？』
「……メモ帳だよね？」
『本だよ。使い方がメモ帳なだけで』

　本をメモ帳にしてしまうなんて大胆だ。
　
　この後、もう少し詳しく話を聞いてみた。
　メモ帳じゃなく、日記帳と言えばよかったのにと思った。