屋根に向かって手を伸ばす。
　おいでおいでと手を振って。

　人慣れしているのか、数匹は屋根上から顔をのぞかせる。
　伸ばした指先の匂いをかいでみようかという好奇心を持って。
　軽やかに、足元に降りてきた。
　足音も立てず、風すらわずかに流れるように。

「兵士たちに餌付けでもされていたのか？」

　であれば、悪い輩でもないのかもしれない。
　足元にすりつきじゃれて甘える猫たちに、瞳を細める。

　後ろに控える狼たちも、別段警戒した様子もなく。
　主の楽しげな姿を見守るのみ。

　しかし――
　狼の耳がぴくりと動いた。顔を上げ、一方の道を睨みつける。
　小さく唸る声に、流石に気付く。
　足元でじゃれていた猫たちも千々に逃げ去った。

　相手もいささか面倒くさそうな表情。
　それでも、多対一。

「……ああ……嫌なことを思い出しそうだな」

　そんなことを呟きながら、警戒しつつも、くしゃりと前髪をかき上げて立ち上がった。




　幼い頃、何度も近くの森へ遊びに行って。
　泥だらけになって帰って、引きずりまわした従者と一緒に怒られたのは懐かしい思い出だ。

　あの時は、小さな狼が一緒だったろうか。
　従者が一緒ではなかったのは、執事長との訓練のためだったのかもしれない。
　暇を持て余して、いつものように。
　ブレーキ役の従者がそばにいなかったせいで、思いのほか、森の奥の方へ出向いてしまい――
　気付けば、複数の大人に囲まれていた。

　相手は少なくとも、善良な顔をしていない。
　唸って威嚇する、小さな狼。
　家族に持って行こうと摘んだ花が足元に落ちた。

　夢であれと。幻であれと。何度、願って祈ったことか。
　けれど、それは見紛うことなく現であった。

　後ろの茂みががさりと鳴って。
　怯えてすくむ自分に護るように立ち寄り添ったのは、屋敷に置いてきたはずの従者だった。
　肩で息をして、服や髪のあちこちには葉っぱが付いている。

【……おお、お引き取り……ください……！】

　自分の姿に奮起したのか、その声は震えていたが。
　野盗相手に護ろうとした意思だけは、十分に伝わった。
　あの頃が、一番人間らしい感情を示していただろうか。

　……おっと失礼。

　子供が泣いていた。
　縮こまって、声を殺して。
　周囲の情報を総て拒むかのように、それは、己の感情に身を任せて怯えている。
　紅い、紅い世界の中で。
　その中心にいる少年にすがりつきながら。
　狼の吠える声など、耳には入らなかった。

　ああ、あの赤は。
　従者の――

　ぐっと瞳を閉じた。
　
　すぐ後を追ってきた執事長が、父を逆恨みした野盗の残党を追い払わなければ。
　おそらく、自分もその中心にいただろう。


「……あれからか。ジュジュが訓練で生傷絶えなくなったの……」


　そして、あれからか。
　執事長に似て来たの。
　あれ、あいつの腹の中、大丈夫か？

　なんて思いながら――
　ラケルト達を見据えたのだった。

重々しく、頷く。

とんでもねーことを吹き込んでる。

取り出したのは、大きめのボタンのような丸い板。
ちょっと擦ると、そこからレーンが生み出す光と同じものが舞い始める。

椅子の直撃を受けて、ちっちゃくなった頭がぷちんと弾け飛んだ。

首なし状態のまま、頭の代わりに首の上に載った椅子を下ろし、無駄に優雅＆セクシーな動きで足を組んで座った。
……が、すぐに通常のスライム状態に戻った。どうやら首なし状態は失礼と思ったようだ。

少女部分が猛抗議！　と言わんばかりに両手を上げて、キーキーやかましく喚いた。