宿の自室。
そう呟く薙疾の手には、本日付のメルンテーゼにゅうすが握られている。


「闘技大会、いよいよ大詰め。全勝組に注目集まる」
「『説教侍』海慶、捕縛される」
「各地で一揆勢の戦闘激化。小さな屋敷や大草原でも大規模戦闘を確認」


時勢が時勢であるため、どうしても物騒な記事は多い。
多いのだが──

窓の外、平和な町並みを見ながら薙疾は言う。

メルンテーゼに召喚される前に。
そして実際にこちらに来て、ルリアンナから聞かされた話。
新王の圧政に対する対抗力として力を貸して欲しい──


メルンテーゼに来て見聞きしたところ、確かに新王によるネクターの独占が行われていることは事実。



この世界におけるネクターの比重は、薙疾にはよくわかっていない。

食料や、塩のように生きるために必要であるわけではないが、
ネクターがこの世界に根付いたものである以上、差し押さえによって生活に大きな支障を受けるを受ける人々も多いはずだ。

王城側の徴収が済み、完全にネクターの流通が止まった場合、それによって成り立たなくなる商売や生活もあるはずだ。



例えば、仮に「木を加工することを禁ずる」という法が設立・厳守され、木材が世の中から消えたとしよう。
それでも木を食べて生きる人はいないし、木製の家具や家屋、馬車などは他の材質に置き換えられないこともない。
造船などは不可能だが、人は海を渡らなくても生きてゆくことは出来る。


しかし、このような法が突然設立されるというのは、木材に携わる職人・商人全てを殺し、
世の大半の人々の生活を破壊するほどの動きであるはずだ。


例えとして挙げた木材ほどの影響があるとは流石に思えないが、
一つの分野に対しての死刑宣告が行われれば、他の世界の人間を招集してでも王を打倒せん、という動きがあるのは理解できる。


しかし子供たちが笑いながら駆け、
出店から肉の焼ける香ばしい匂いが漂い、
昼だというのに酒場からは賑やかな声が聞こえる。

一揆の参加者だろうか、多少物騒な出で立ちのものが多く見受けられるとはいえども、
眼前に広がる街並みは光景は「平和」と言って差支えのないものだ。

彼女とラルフは、どうも一揆の参加者全てと一度会っているようだ。
王城に立ち向かう程度の資格はあるか、という試験官のような存在なのだろう。

また、闘技大会の運営…ではないと思うが。
司会進行というか、そちらにもルリアンナは顔を見せている。

薙疾が先ほど口に出した「国家への反逆」という言葉は、むしろ召喚された自分たちよりもそれを首謀した人間に当てはまる。
（とは言え、薙疾も王城の兵士を叩きのめしている訳で……常識的に考えればお縄だろう）


そんな彼女が公然と顔を出せる事自体が妙である。
反乱の首謀者の一員が目撃（どころではない）されたのならば、闘技大会に対して王城から軍が派遣されてもおかしくはない。

ルリアンナ1人を捕らえたところで動き出した一揆が治まるわけではないが、見せしめとしては十二分のはずだ。
しかし、そのような様子も気配も、話もない。

一つは、「一揆の扇動者」が組織として大きすぎ、王城側が手を出せない可能性。

これはまずない。
王が躊躇するほどの組織であるなら、別世界から人を召喚する必要はない。
自分たちでカタをつければいいだけの話だ。

なにより、王の圧政を最初から許さない程度の政治的圧力も同時に持っているだろう。


二つ目。王がルリアンナ、ひいては一揆そのものを歯牙にもかけていない可能性。

薙疾はまだ、王城の関係者を兵士とブランチマンしか知らない。
（なにか変な女ニンジャがいたような気もするが）

どちらも強敵ではあったし、末端の兵士や現庭師ですらあれだけの力を持つなら。

加えて、力を貸し与えるエンブリオと契約するためのネクターが大量に王城に集められているのなら──
と思わなくはないが。

至極当然。

新王に取って一揆勢が「羽虫が耳の近くを飛んでいる」程度にしか見ていないとしても、
それほどに差があるのならば叩き潰してしまったほうが手っ取り早い。


とすると最後の可能性。
一揆の首謀者たちにも、王城の側にも力の差があるわけではなく。

それでいて、明確な反逆者に対して国家が動かない理由。


それは───





　　　コン
　　　　　　　　　コン


ノックの音が響き、薙疾は思考の世界から現実に戻ってくる。


今日は王城への新たな道が発見された、と言うことでアルヴィンと薙疾による道の開拓だと聞いている。
時間が来たので、アルヴィンが知らせに来たのだろう。

そう扉の向こうに声をかけ、薙刀を手に取る。

薙疾は立ち上がり、歩み出す。

自分に出来る事が、今行っていることが正しいと信じて。

クリスの「体」が風景へと同化する。
いや、チハヤの目の前から消滅していく。

クリスが発破音を残して消え去るとともに、チハヤは背中に柔らかい重みを感じる。

笑顔のクリスがチハヤに後ろから抱きついていた。

そう言いながら、薙疾は武器を構える………型落ちしたものを。

　　　　 "!?"

言って薙疾は薙刀を構える。