誰もが寝静まった深夜、私は一人木の根元にもたれかかって座りながら、夜空を見上げていた。この世界では化学技術がそれほど発展していないおかげか、まるでよく出来た金平糖のように綺麗な満天の星が広がっている。

ファイは、というよりこの身体は睡眠を必要としない。食事もだ。魔力を動力源としているため、それさえ摂取できていれば何をしても基本は問題ないのだ。今回のようなケースは、あちらの制作者も想定していなかったらしい。

私がファイの身に起こったことを説明している間、エンブリオたちの反応は様々だった。
慌てふためき、とにかくファイの状態を心配していたようせい。その隣で酒瓶を没収されたことを気にも留めず、蹲っていたはな。
遠くで冷静に私の話を聞いていたじいとひつじ。同じく遠くで聞いてはいたものの、忙しなく床を蹴っていたとり。この三体とは逆に、すぐ近くで私の顔を見上げていたにゃー。
ここ何日かの間に、急激に仲間が増えたものだと常々思う。それは悪いことではなく、寧ろいいことではある。しかしはねのようにファイの元を離れていく者は、今後も出てくるだろう。その時々にファイがどうなったとしても、私は手を出さずに見守らなければならないのだ。

ファイはまだ表に出てくる様子を見せない。本当ならもう戻っていてもおかしくはないのだが、こんなに遅いのは、深奥に潜るのが初めてだからということが影響しているのだろう。慣れさえすれば、ファイが自分の意思で私と入れ替わることも可能になる。私の同意があればの話ではあるのだが。
とはいえ、明日には元に戻っているだろう。それまでの間は、久しぶりに睡眠を摂っておくのもいいかもしれない。

これだけで眠れるのだから、便利な身体だと思う。しかし眠りを必要としないので、この機能は意味がないのだが……なぜ付けたのだろうか。
わからないな、と思いながら私は目を閉じ、すぐ眠りに落ちた。






そして、私は夢を見た。まだ私が、「レイラ・マルグリット」だった時の夢を。







「本当に、いいのか」

「ええ、構いません」

「なぜだ？　その肉体を捨て、魂だけの状態になり、別の身体の人格として永遠に生き続けなければならないんだぞ？
そんなおぞましいことをされるというのに、母親に言われたからというだけで、なぜ君は肯定したんだ」

「愚問ですね。母の意思は私の意思なんですよ？　母の言い付けであるのなら、どんなことであれ従うのが当然のことです」

「母親と君は違うだろう」

「違いません。私はあの人から生まれました。一心同体だとしてもおかしくはないはずです」

「おかしいに決まっているだろう！」

「……では逆に問いましょう。何故そう思うのですか、あなたは」

「っ、それは……」

「即答できないんですか。自分の考えの説明すらできないのに、あなたは私を否定していたと」

「否定するわけないだろう！　僕は、君が大切なだけだ。君を失いたくないんだ。
君は、私のいない場所にいるほうが嬉しいのか」

「いいえ、あなたのことは大切ですよ。あなたのいる場所にいたいとは思っています。
ですが、母よりもあなたを優先することはできない。それだけの話です」

「……なぜ、自分を優先しないんだ、できないんだ」

「自分を優先していますよ。もう自分でも何を言っているか理解できなくなりましたか、あなたは」

「…………」

「何も言わなくなりましたか」

「レイラ、僕は」

「……？」

「僕は、君を愛していた」

「私も愛していますよ」

「……」

「言いたいことは、それだけですか。では、時間もないのでこの辺で失礼します。
さようなら」

眠ってから時間にして一時間ほど経っただろうか。私は目が覚めてしまった。
まさか、こんな形で自分の過去を思い返すことになるとは思わなかった。
さんざん説明しても、なかなか肯定してくれなかった恋人。名前は……何だったか。
愛していたのは事実だが、過去は過去。今さら何になるというのだ。

母の意思は私の意思。幼いころから私はずっとそう言われて育ってきた。
だから私はいつものように母に従っただけだ。間違っていない。間違いのはずがない。
母はいつも正しい。正しい母が言うのだからこの判断もおかしくない。あたりまえのことだ。

母は元気にしているだろうか。過去のことで気がかりなのは、それだけだ。
やることも特になかったので、私は夜が明けるまで空を見ていた。

そう言って少年を見下ろす男の目は心配と言うよりは、珍しい物を見る目であった。

そこへ数匹のエンブリオがやってきた。

言い争いが起こってる傍らで、数匹がファイに話しかける。

少し遠くを見つめながら、長々と語り始めた。

男が人差し指と中指を立てて宙で振ると、一枚のタロットカードが現れた。

もう一回指を振ると、タロットカードは何処かへ消えた。
男は更にまくし立てる。

ここでようやく自分が喋り過ぎていることに気付いたのか、軽く咳払いをした。

相変わらず無表情だが諭すような口調で、そう言った。

　不思議な気配を纏う少年に、笑みで応える。

　人、なのだろうか。妖瞳には、強い魔力のかぎろいが見てとれる。
　しかし少なくとも害意はないのだろうと判断し、腰をかがめて少年の視線に合わせた。

　ぴょこっと耳を動かし、それが本物であることを証明する。
　その姿のまま半身をずらすし、ふかふかの尻尾を前に、触りやすい位置に動かした。

声を掛けられて振り返り、見覚えのある少年の顔にああ、と笑顔になって向き合う。

少年がぺこりとお辞儀をして挨拶したのにお辞儀を返すと、空色の瞳で少年の赤い瞳をまっすぐに見つめると名乗り。

触れてみたいという申し出に好きなだけどうぞと言うと、冬毛に変わったふさふさのしっぽをふぁさりと振ると少年が触れやすい位置に上げた。

少年のたどたどしい手つきを見て微笑んでいる。

少年が怯えない様に笑いかけながら