一番最初にやってきたのは袖から入り込む冷たい風だった。
　気がついたら、というのはこういうことを言うのだと思う、頭が上手く回らなくて現状を把握するのに時間がかかった。
　とりあえず目の前が暗いのは目を瞑っているからだということがわかって、そのままで手を動かしてみると、甲が何かと擦れ合った。
　ざらりとした感触は決して心地よいものではなかったけれど、生じる感情は悪いものばかりではなく、それならきっとこの感触に私は何かよい記憶があるのだろうと思った。
　……。
　目を開くと飛び込んできたのは家具の脚だった、それほど背が高いものじゃない、脚の全長は全て見えているし、留め金でつながれている部分も目に入った。私の視線が低いからこんなものが見えているのだ。
　首を動かし観察を続ける。ざらりとした感触の正体は畳だった。家具は背の低いテーブル……。
　ここは師匠の部屋だ。
　何度も訪れ、会話を交わした部屋。座布団を出すのが億劫で、ときどき直接畳に座った。ざらりとした感触はそのときのものだろう。
　過去の記憶と照合していく中で、私は問題が何かに気がついた。何故こんなところに寝ていたのだろう。
　かちり、かちり、かちり。秒針の音が大きく聞こえた。私も時を刻むように今日一日を整理しなおす。
　早朝から師匠は出かけていた、留守を預かることになった私は子供達を伴い鉢の植え替えを行った。
　……それから？
　それが一日の予定の全てだ。終えてしまったら、道場で型の練習をしていた。……そこに来客が。
　かちり。かちり、かち。
　気温が一度に下ったような感覚に襲われる。だけれどわかっているこれはそういう寒気じゃない。
　来客。招かれざる客は午後にやってきた。革命軍の主・ユリウス・クラウド。
　彼はテーブルの向こう側からこちらを見続けていた、それはどうやら私が目覚めるのを待ちかねていたようで。私の睨みつけるようになった視線を、意に介さぬように受け止めていた。
　
　
　
　状況整理。
　いち。ユリウスの目的は私の師匠であるクリス・ガーディニアを革命軍へ加入させること。知識を読んだ感じからすると、過去に所属していたことがあるのかもしれない。この世界と戦うための戦力として欲している。
　に。師匠はそれを望んでいない。これまで何度か懇願されているらしいけれど、そのたびに断っている、過去に所属していたのだとすると、何か事情があると思う。
　さん。ユリウスは言葉を使うことで人を操ることが出来るらしい、おそらくはその魔法を使って、私を利用し師匠を誘うつもりだろう、だけれどこれの強制力には疑問が残る。
　よん。それとは別に私を気絶させた男がいる、言葉に恐怖をのせることが出来るらしい。……これはかなり厄介、とはいえ知っていれば対応できないことはないと思う。
　最後に。私はこれらを知っているけれど、相手は知っていることを知らないはず、この差が私に有利な部分。
　ここまでの状況は以上。ここからはこれからの状況に立ち向かわないといけない。
「ようやく目覚めたね。いきなり倒れたけれど大丈夫かい？」
「……」
　なるほどそういう風にくるか。
　私は言葉を変えずことなく立ち上がった。部屋の出口は彼の後ろにあるふすまなのでそのままあしを進める。
「ちょっとまった。混乱しているのかもしれないが、とりあえず座ったらどうだい？」
　座らせようとする命令がやんわりと足に伝わる。それでも気にしない、断固たる決意を持って私はここを出て行く。
　ユリウスはずんずん進む渡してみていたが、大きいため息をついて、冷たい言葉を言い放った。
「座れ」
「！？」
　臓器を鷲づかみにされたような不快感。胃が締め付けられ、冷汗が道着にしみこんで体温を奪うような感覚、恐ろしいほどの寒気が襲い掛かってくる。
「あ……あ」
　声が漏れる、一歩二歩と後ずさり、足を踏ん張る。それでもがくがくとした震えは立っていることを許さなかった。
　ほとんど尻餅をつくようにして、私は膝を折った。畳の上に座り込むと根が張ってしまったかのように動くことが出来なくなる。
　これはまずい。
　考えていたよりもユリウスの魔法は強力だ、逆らうことが許されないほどには、そしてこの魔法があれば、今私が抱えている有利……情報量の差なんてすぐに埋められてしまう。
「それでいい、クリスから何かを聞いているのかもしれないが、別にとって喰おうってわけじゃない、いいかい？」
　あくまでも穏やかに告げる。首だけで頷きながら、心を落ち着け、やるべきことを考える。
　……早かれ遅かれ。私の魔法は暴かれそれに対策がとられる。ならば今のうちに有用な情報を手に入れなくてはならない。
「君の魔法は何だ？　答えてくれ」
　早すぎる！　そう叫びたくなる。答えようとするのを押さえ込みながら、私は知るべき情報を考える、何がある？
「……答えろ」
　またもや不快感、今度のは吐き気に似たもの、ダメだ、答えさせられる。
「わ、私のは『知識繋ぎ』知ろうとしたものを範囲内にいる相手からも知れる……」
　できるだけゆっくりと言葉をつなぐ、紫の瞳はこちらを捕えて離さない。
　私は何を知るべきか？　……師匠とあなたの関係は……。
　私の中にそれが入ってくる。冷たい雨、泣き続ける彼女、抱き合う二人、彼の、決意。【もう二度と彼女をこんなことに関わらせない】
　……それじゃあ何故。師匠をその最中へとひっぱりだそうとする？
「……なるほど、俺の頭の中を盗み見ていたわけか」
　嫌悪感たっぷりに、彼は言い私は何故の答えを知りそびれる。相手に知られたくないという強い意志があれば、こんなに簡単に拒否されてしまう。
　彼はそのまま何かを考えるようにつぶやいていたが、決めた。と言ってこちらを見た。
「知っているだけで抵抗は強くなる、だから今日得た記憶に蓋をしろ」
　言葉が体にしみこむ。
　眠気のような、頭痛のような、言葉にし辛いものが、頭の中に広がっていった。
　ダメだ、ダメだ、と否定する自分の言葉もむなしく、私の意識が途切れるまでに時間はさほど掛からなかった。
　



　　私が目を覚ましたときには、一緒に寝ている二人の姿はありませんでした。
　テントの外からはかすかに鳥の声が聞こえます、動物はかなり正確な体内時計を持っているので夜が明けたところなのでしょう。
　もう少し眠ればいいのに。
　私たちは先日まで兵舎に滞在していました。そこでは夜を交代で見張りをして過ごしていたので、十分な眠りを取れるのは久しぶりのことだったのですが、あの二人にはあまり関係がなかったようです。
　三人分の温もりの残る寝床から上半身だけを起こします。体からどんぐり程度の光の珠がほわりほわりと立ち上りました、まだしっかりと目覚められてはいないようです。寝起きはいつもこのような感じなのですが、朝に弱いというわけではありません。
　あの二人。フィーナとフィニーは朝も早いうちから体を動かすので、早起きです。フィーナはからかうように、私が朝に弱いといっていましたが、彼女が早いだけであり、私が朝に弱いわけじゃないです。
　先日フィニーがパーティに加入してからは三人で一緒に眠ることになり、おきるのが二番目から三番目に変わりましたが、二人が早いだけです。

　油断をしていたら大きなあくびが漏れてしまいました、少しだけ涙が出て、口からも光の珠が浮かびます。それをぼうっと眺めていたら自然にまぶたが落ちて……。
　二度ほど舟をこいだところで再び目を開けます。朝には弱くないのですが、温もりのある寝床には強力な吸引力が備わっています。

　はっ、と気がついたら横になっていました。

　
　
　結局それからしばらく寝床の魔力と戦ってから、上着をひっかけてテントを飛び出しました。体に、しん。とした空気が浴びせられますが、気にせず回りを見回しました。
　木々が生い茂る森の中にある広場に私たちはキャンプを張っていました。
　森は細い道の脇を木が密集して自由に歩くことを邪魔しています。ほとんど一本道なので迷うようなことはないのでしょうが、道を歩くだけで圧迫感が強くその上で側面の視界も効きにくいので、他の場所とは違った神経を使います。
　そんな森の中ですから広場には他の方々のキャンプも見受けられます。
　面識のある方は居ませんでしたが、一揆の参加者であるならば必要以上に警戒するべきではないのでしょうし、すれ違うときには会釈をしあったりします。
　もちろん賞金首のこともありますし、警戒ゼロでいいというわけではありませんが、緊張も行き過ぎれば消耗を早めます。
　私たちは大抵四つのテントを張ります、1つは私のところ、もう一つは人魚ちゃんの、もう一つはサーリャの、最後の一つはグレイのものです。
　サーリャとグレイは時どきテントを張らずに外で過ごしたりもするのですが、基本的には四つです。昨夜も四つのテントを張ったことを覚えています。
　ですが外に出て私が目にしたのは、私たちのものと、もう一つだけでした。
　首をかしげて記憶を呼び出します、位置を見るとどうやら人魚ちゃんのテントがあるようです。彼女の点とはすぐ隣が森になっています。
　時どき人魚ちゃんのテントから獣のような声が聞こえる。という話を聞いたため他の参加者さんに迷惑が掛からぬように、または魔物避けになるのかもしれないという淡い期待をこめてその位置づけになっているのです。

　なくなっているテントはサーリャとグレイのものということでしょう。

　人差し指でこめかみをこつこつと叩くと記憶が蘇ってきました、確かフィニーはグレイと朝の修練を行うと言っていたような気がします。どちらが先に誘ったのかはわかりませんが、それならば少し離れた場所で行っているのでしょう。

　三つの選択肢が浮かんだのですが、そこから一つに絞るには情報が足りません。ということで私はその場で待つことにしました。早いうちに帰ってくるのだというあてもありましたし。
　そのあと今日の予定を考えている間にサーリャは帰ってきました。

　そういってサーリャはあくびをしました。私は頷いてから手伝うことを提案します。

　サーリャはそういって食料袋とにらめっこをしています。それを見つめる私の上を、昨日と変わらない時間に鳥の群れが通過します。一瞬世界が暗くなって、すぐにまた明るさを取り戻しました。
　それが合図だったのか、広場はにわかに活気付いてきました。そうして一揆の一日がゆっくりと始まっていくのでした。

（足元を見られているような気がして、慌ててしゃがみこむ）

　復興という言葉に、どこかぽかんとした表情をするトカゲだった。

　その様な余裕がなかったことも事実だが、果たしてどうなることやら。

　今まさに起きている一揆などその最たる例である。

先日の事を思い出そうと思案していると、後方で警戒していた男からぶっきら棒に声があがる

壊れちゃったら持っていくという言葉に

相手に感謝の意が伝わっていた事にほっと胸をなでおろして

どうやら難しそうなことを言う側と難しいことは分からない側があるようである。

ごそごそと動きながら上着を脱いで、腰に巻く。

Ikkiを成功に導いて
君も英雄になろう！

と黒字に白で書いてあるＴシャツをドヤ顔で披露して名乗りを上げる