珍しく即座に反応を返してくれたエンブリオは、どうやら背後を気にしている。

声と共に眩い光と雷が辺りに散る。
新しく契約したエンブリオは、その身に纏う雷で、どのような姿形をしているのか分からない。
ただ、声を聞く限りでは男で、落ち着いた声色と丁寧な口調からは、にこやかに微笑む青年が想起された。

――パーティを組んだものの、ジョウは隣に並び立とうとはしていない。
少し離れた後ろをついてきている。
それに不満がないっていえば嘘だけど、まあ、人それぞれだし、しょうがねーなーって思う。
何より、本来だったら彼は"日常"に生きる、俺が守るべき相手だったかもしれないのだ。

そうして、ジョウを初めて見かけた時のことを思い返した。

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トーヤとの契約後、それなりに日数を過ごし、それなりにこの世界の情報を得て、俺はある町にいた。
最初はそりゃ混乱したし慌てたけど、携帯が圏外なことや、何よりトーヤの存在が別世界ってことをすぐに信じさせてくれた。
……もしかしたらそう思わせる敵の幻覚攻撃とか、下手すると世界を作り変えられたとかもあるんじゃないかってのも考えたけど。
確か、データベースにそういう事件もあったって記載されてた気がする。

とはいえ、持ち前の明るさでとりあえず、この世界にそれなりに馴染んだ。
井戸端話をしている奥さんとか、女子が集まって恋バナしているのとか、男子はバカみたいに大げさに騒いでいるのは、どこの世界でも変わりはなかったし、他世界の人間は好奇心の目を向けられることも多くて、話はしやすいし絡みやすい。
そうやっているうち、このあたりにどうやらこの世界の人間じゃない奴がいるって聞いて、きょろきょろあたりを見渡して……

ああ、あれかなー？

……なんというか、想像とちょっと違った。
女の子じゃないのが残念ってのは想定の範囲内として……
俺よりもちょっと背が高いだけなのに、ひょろ長い印象を受ける。
男なのに随分と細くて、なんというか折れそうだ。
あとすっごい警戒されてる。いやまあそれがいいと思うけどな、怪しいしな俺。

ただ、Tシャツにボロいジーパンって姿は、俺にとっては懐かしいありきたりな服装だった。

俺の着崩した学ランを指差す。
ファンタジーなこの世界では浮きまくる、けどこういうのでは定番の"制服"だ。

つい面食らった。
複数の世界を股にかける奴もいるってのは聞いてたけど、もしやそういう類か。
この世界に来てしまっておろおろしてるようにしか見えなかったんだけどなぁ……

目を伏せて、困ったような顔で呟いている。
……これはおろおろしてる。
彼の始まりの世界がどんなところだったのか、……まだ望みはきっとある。

世界移動が常識ではない、そういう世界。
けれど、俺のような存在を認知してるわけではない世界。
つまり――俺視点、彼と俺が同じ世界の出身なのか、分からない。
もし彼の住んでた国が日本で、首都が東京で、総理大臣の名前さえも同じで、もしかしたら同じ学校だったとしても。

俺みたいな"非日常"があったかなかったか、彼視点では分からないんだ。

それはこれまでに何度か繰り返した落胆で――だからつい、彼の言葉に忠告なんてものをしたくなった。

助けるために力を求めることは、別に悪いことだとは思わない。
けど、それが喜ばしいことだとは思えないのは、力がないことが幸せだからだ。
持つ者には義務が生じる……みたいな？　まあ、たぶん義務感ではやってない……けどさ。
まあどっちにしろ、お互いに元の世界に戻りたいって気持ちは同じみたいだ。
と、ジャギという名前のエンブリオに向けられていた顔が、ぱっと表をあげる。

俺はことさら軽く、そう返した。



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→次回へ

あなたが水辺で佇んでいると、ぱしゃぱしゃと水音が聞こえてくる。
振り返れば、気弱そうな青年があなたの様子を窺うように近づいてきていた。

ぎこちない笑みを浮かべながら、エリファスはどことなく不思議そうな目であなたを見つめている。

気が付けば、エリファスの隣に人形の少女が佇んでいる。どうやら彼のエンブリオのようだ。