「…あ、危なかった。」

　世界を覆っていた夜の闇が去り、メルンテーゼの新しい一日がまた始まった。
何時もと変わらぬ朝の空気を感じた時、私は思わず安堵の言葉を呟かざるにはいられなかった。
それ程までに、このメルンテーゼは危機的な状況を迎えていたのだ。

　一体どれだけの者が、この世界…メルンテーゼを襲った突如の異変に気付けただろうか？
辺りを見回せど、其処には何時もと変わらぬ風景が広がっている。
異変など起きた様子はまるでない。
恐らくほとんどの者にとって今日という一日は、世界の危機が訪れた恐怖を感じることも無い、普段と変わらぬ一日になるのだろう。

　それを羨むべきか、哀れむべきかは判断が難しい。
しかし、私は世界に起きた異変を知る術を持っていた。
そして、メルンテーゼという世界自体がかつて無い危難の時を迎えていた事を知ってしまった。
その恐怖に心胆を寒からしめられたのは言うまでも無い。
改めて、私に何か起きた際に備え記録は随時更新しておかねばならないだろう。
それが調査官としての私の役目だ。

　仮にこのメルンテーゼに「エンドケープの悲劇」と同様の事象が起きたならば、私も世界と共に潰えねばならない。
世界を外部より観察する為に、私自身の本体と、最低限の精神をメルンテーゼ外に残してはいるものの、根幹となる「私」がこの世界で喪われてしまえば、死に等しい。
無論、その事を覚悟した上で私はこの世界の調査に赴いた訳ではあるが、今までは少々気が抜けていた事も告白せざるを得ない。

　さて、話は逸れるが、このメルンテーゼ内で起きている一揆と呼ばれる騒動についても触れておこう。
正直な所、この一揆と呼ばれる騒乱自体は我々にとってはあまり意味を持たない事象なのだが、私の同行者が随分と熱心に入れ込んでいる。
その影響か、最近では私も反乱者側を応援したくなってきたところだ。
贔屓のスポーツチームが出来たような感覚だと言えば分かり易いだろう。

　面白いもので、先日同行者達が遭遇した新王側の人間…確か名を「ラズロ」と言っただろうか。
彼は私と似たような性質の技術を持っていたようだ。

「既に死した肉体に仮初のエネルギーを吹き込み動かす」

それは私がこのメルンテーゼにおいて、エンブリオの一種である「シェイド」へと擬態する為に、死したシェイドの器を借りた技術と良く似ている。
やはりどの世界でも似たような技術は発展するのだろう。（残念ながら、この世界でもメジャーな技術ではないようだが）

　もっとも、私と彼とでは似た技術を学びながらも、その方向性に大きな違いがあるようだ。
私から見れば、彼は大変なロマンチストだ。
彼がその技術に、何かしら甘い幻想を抱いているのは間違いないだろう。
聖職者らしき服装を身につけていたので、もしかしたら死体を操る技術に神やら魔に繋がる何かが有ると思っているのかもしれない。
それは後進世界にありがちな錯覚だと私は思うのだが、幸せそうに死者と戯れる彼の表情を見ると、人間というのはあまりにも合理的な物の考え方をするよりは、ロマンを信じている方が幸せなのかもしれないと、つい思ってしまった。

調査官 イシクァリ・ルゼ　（メルンテーゼ徒然調査報告書）

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「私より強いオコジョに会いに行く。」

　そんな言葉を吐いたのかどうかはしらないが、部隊に戻るとレクシーダの姿が無かった。
野生の血が騒いだのだろうか？
ルプスに聴いたところ、山の方に駆けて行ったらしい。
人生アップアップの様だから偶にはそういう奇行に走るのも仕方ないのかもしれない。

槍使い グレイナード・F・ノイエン　（メルンテーゼ三日坊主日記）

目付きの話題には触れずに流した

そして話題が移り

グレンの態度の何処かに感心した様だ

グレンの言葉を聞いて半ば呆れた顔になり

ルプスは暫くグレンの顔を見つめていたが、
ふいと背を向けて歩き出した。

ヒルダはくすくすと笑いグレンに対峙する。

以前と変わらぬグレンの様子を見てヒルダはゆるりと嗤う。

そう、彼はそれで良い。

でも、その事をきっと彼は理解できないだろう。

何故なら自らが『かく在るべし』と信じる理想の為に、彼は自らを律し、見事そう存在しているのだから。
その彼から見た私は、きっとどこまでも小さな存在なのだろう。
そして、弱々しく見えたのだろう。

それは確信を持って言える。

この人はきっと強かった頃の私を見ている。
それは少し悲しい事だけれど、仕方の無い事だとも思う。

だから少しだけ意地悪をしてしまった。
でも、悪い事をしてしまった気もして。

―――。

私は、そうずるく謝るのだった。