アルヴィンから提示された次なる進攻先は、
地平線まで広がる枯れた土地だった。

雲の切れ間から差しこむ熾烈な簒奪者たちが、
大地のほんのわずかな活力さえも片端から取りあげていく。
足元に残るのは不規則に並んだ土のタイルだけだ。
この地を歩く物好きが道に迷わないようにと各所に立てられている旗標は、
敗北宣言をしめす白旗にも、倒れた報われない者たちを導く墓標のようにも思えた。
遠くにそびえるひときわ巨大な積乱雲は、
今はうだるような熱を帯びた周囲の空気を、
首を絞める冷気に変換しようと息巻いている。

この風景から受けとれる感情はただひとつ――

今回の進攻の同行者のひとり、メルンテーゼ出身の騎士であるフーキ。
彼は隣を歩いていた長い竹槍を持つ人物に声をかけた。
肩から露出している普段は潤いに溢れた肌も、
容赦なく浴びせられる日射により足元の地面のように乾ききっている。
頭に巻きつけている白い手ぬぐいもすっかり固まってしまい、
上頭部にちょこんと乗っかっている奇抜な髪型もすっかりしおれてしまっている。
総じて、クリスは彼の姿からしなびた苗木を連想せずにはいられなかった。

がっくりとうな垂れ、髪が顔にかかる。
目に光はなく、燃えつきた墨のような黒が広がっている。

遠い分割世界、「倭国 〜 Wakoku 〜」から召還された、
農業で生計を立てる「NOUMIN」の肩書きを持つ者。
――その名も、ゴンベリウス=Y=タゴサーク。

これは、ひとりのNOUMINと
壮大なる大自然の間で繰り広げられる
魂の戦いの物語である。

彼とともに行動していた少女クリスは、
生気を吸いとられたタゴサクの顔を見て思わず声をかけた。

クリスやフーキの声は、一応彼の耳にとどいてはいるようだ。
ゆっくりと首を振り、タゴサクはとうとう竹槍を地に落とし、
その場に両手をついてしまった。

目に陰が差したままタゴサクはすっくと立ち上がり――

圧倒的な静寂が視界の端までを一気に駆け抜ける。

落としていた竹槍を拾いあげると、
彼のゆったりとした手足の動きが
次第に美しい演舞を形作っていく。

膨張するタゴサクの上半身。とどろく雷鳴(さっきから遠くで聞こえていた)。
竹槍の一振りにより天が割れる(ような気がする)。
タゴサクの体から発散され、周囲に飛び散る流水(※汗です)。

竹槍を斜めに地に突き刺すと、前方の地面が
ダイナマイトでもしかけられていたかのように爆発四散した。

……だが。
枯れた土は大きく掘り起こされたものの、そこからの発展はない。

一語一句から伝わるタゴサクの憂いは、悲愴曲にも勝るほど重厚だ。

その横顔には、言い知れぬ無念が掘りこまれていた。

問い詰めるフーキに、悲しみのNOUMINは再三首を振った。
そうして、今度は糸が切れた人形のように脆く弱々しく崩れさる。

タゴサクの頬を、ゆっくりと涙がつたう。
あごから地に落ち、水があっという間に乾燥――
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―――――――――――――――――――――？

タゴサクは、目を見開いていた。
自分の涙が落ちた場所をじっと見つめている。
土を手でつまみ、もみ、ぱらぱらとその場に落としていく。

彼の直感は、やがて確信へと変わった。

急に名前を大きな声で呼ばれ、飛びあがるクリス。

唐突なタゴサクの目の輝きに混乱しつつも、
クリスは近くの切り株に巻きつけられていた旗つきの棒に近づき、
軽く撫でて4つの大型スコップを「作製」した。

タゴサクはクリスの作ったスコップを両手にしっかりと握り、
勢いよくその場を掘りはじめた。

周囲の空気さながらの熱を取り戻したフーキに、力強く頷くタゴサク。

……そして。

タゴサクの最後の、渾身の一突き。
地面が、ぐらりと傾いた。

掘り返した土の総量は何十トンにもおよび、
すでに周辺にはいくつもの山ができていた。
枯れた土地に空いた大きな穴から這い出て、
4人はその山々の間を駆け抜けていく。

優しい視線を交わすクリスとタゴサク。
フーキが後ろから2人の肩を抱き、快活な笑い声をあげる。
地表を撫でる水とともに。喜びの輪が広がっていく。



……いくら喜びに浸っても浸りきれない。
そんな真の恵みが、いつかこの世界を
循環するのかもしれない。
タゴサクはたしかにそう感じながら、
天を貫く水柱に向けて祈りを捧げた。