「現在代表者であるクリス・ガーディニアは留守にしております、重要な用件でなければ私が伝えることもできますが、そうでない場合は、申し訳ありませんが、後ほど改めての訪問をお願いいたします。覚えた？」
「大丈夫です」
　初めて留守番を頼まれたとき、私は訪問者への対応を教わった。
　出来るだけ淡々と、無愛想に思われるぐらいでちょうどいい。
　簡単でしょう?　と言われ、簡単だと思った。いろいろ考えないですむのはありがたい。
「で、もし帰るまで待ちますって人が居たら、適当に待たせて。私が帰ってくればそれでいいし、帰ってこなくても、そのうち次の用事で居なくなるから」
「わかりました、でも礼儀はかけていますね」
「まぁね……あ、でも一人だけ例外が居てね、そいつが来たら出来るだけ帰らせてもらえると嬉しいな」
　付け加えるようにそういって、苦い顔をしながらその容姿を私に伝えてくる、何か理由があるのかと訪ねると
「大っ嫌いなんだ、そいつ」
　そういって笑っていた。
　
　
　訪問客が来たのは夕方になりかけの頃だった。
　その頃私は道場で型の練習をしていて、子供達の多くは外で遊び、残った子達はそれぞれの部屋で休んでいたり、教室で勉強していた。
　訪問に気づけたのは知らせるようにお願いしていたからで、室内に居たうちの一人が道場へとやってきて伝えてくれた。
　以前じょうろを取り上げた事のある子で、体は弱いままだったけれど、何とか今まで一緒にやってきている。ちなみに師匠と話した後に謝っておいた。
「お客さんが来たみたいです」
「わかった、今行くよ」
　軽く会釈をして彼女は出て行く。
　ふぅむ、客か。
　私は少しだけ気分が沈むのを感じ、ため息をついてそれを吹き飛ばす。
　正直なことを言えば、今でも知らない大人と関わりたくはなかった。嫌な態度を取られるという先入観もあるし、緊張を強いられるのは嫌な気分だ。
　ただ残念なことにこんな場所へ訪ねてくる人の大半は大人なのだった。
　道着姿のままきしきしと廊下を歩いていく、体を動かしていたけれど素足はやっぱり冷える。
　歩きながら師匠に教えてもらった対応を口の中で繰り返す、そうして玄関にたどり着き、そこにいる人物を見て、ばれないようにため息をついた。
　男は若く見えた。赤い髪を短く刈り、さっぱりとした顔には微笑を貼り付けている、全体的に整った顔立ちといえるけれど、紫の視線がどこか人を不快にさせる。というのは師匠の知識を受け取った上での印象なのかな。たしか名前は
「ユリウス・クラウドと申します、ここの代表者の方に用事があるのですが」革命軍の主はそう名乗り
「……現在代表者であるクリス・ガーディニアは留守にしております。帰るまでには長い時間を要すると考えられますので、また後日訪ねていただけないでしょうか」私はそうきりかえした。
　彼は微笑を崩さず視線をこちらに向けたままだ、私は表情を表に出さないようにして、それを受け止める。
　師匠曰く。この人は師匠を革命軍へ加入させようと何度も誘ってきていて、そのたびに断っているのだが未だに諦める様子がないという。最後にあったときに強い拒絶を示したらしいが、目の前に居るのを見ると効き目はなかったらしい。
　まぁでも、師匠が居なければ何をすることも出来ないだろう、どうせ今回もその勧誘なのだろうから……考え、目的ついて頭の中で質問する。すると。
　【クリスの部屋に出入りしている金髪の持ち主を利用して、彼女を我々の仲間にする】
　……わぉ。……なんだこいつ。思ったよりやばいじゃないか。
　表情へと出さないように配慮する、悟ったことを気づかれるのは非常にまずい気がした。
　ただそれに気づくと視線がこちらの髪に注がれている気がしてならない。いや私ただの一生徒です。彼女と特別な関係なんかじゃありませんと態度で示す。
　ふとユリウスが口を開いた。
「中にあげてもらえませんか？」
「は……」
　い。まで出かけた。ごく自然に、はい構いません、どうぞ。と私は言おうとした……そんなこと絶対にだめだと考えていたのに。
　【彼の声は人に作用し、願うまま動くよう働きかける】
　最悪だ。
　国に不満を持っていて、えもすれば正義の味方とも言われるような革命軍の主の魔法が、なんで人を好きに操るようなものなんだよ！　と心の中で叫び、紫の視線がこちらを射抜いているのを見返す。
　まずい。危険を知らせる音が頭の中に響く、感ずかれた可能性が高い。
「……ふむ。クリスに何かを言われたかもしれませんが、俺は彼女の友人です、どうか、中で待たせてください」
　ぐ……。喉元まででかかった言葉を耐える、不自然な沈黙になってしまったが……と彼を見返したところで
　心臓をわしづかみにされたように、私は硬直する。
　ユリウスはこちらの目を覗き込んでいる、表情は微笑というより、酷薄な笑みに変わっていて、異常な寒気をもたらすのに十分だった。
「く……最初から当たりとは運がいい」
　私は床を弾いて逃げ出した。
　ひとまず道場へと逃げ込もう、木刀があれば……一人ぐらい。
　ちら、と後ろを伺う。玄関にもう一つの影が現れていた。気配を読めなかった――。
「あ！」
　大声が一瞬で私を追い抜く、耳から入ったそれが、ぎしりと体を握りつぶすのを感じ、思考が塗り替えられる。
　震え、汗が噴出し、鼓動がはやまる、せりあがってくる胃液が口中にもれ、すっぱさと気持ちの悪い臭気をもたらす。
　無様に床に転がる。ただ言い知れぬ恐怖が心と体を支配し、思考が紡げない。
　【声にのせて恐怖を与える】
　それでも魔法は冷静に何が行われたのかを伝えてくる。
　気配が近づいてくる、滅茶苦茶に四肢を使って、その場から離れようとする。だが上手く進めない。気配は更によってくる。
　体を抱え込むようにして私は丸まった、涙も鼻水もよだれも垂れ流したまま、ただ恐ろしかった。
　体に触れられたときも、それを振り払う勇気さえなく、何処からか聞こえるほかの子供達が泣く声と同様に私の泣き声も、そのうち耳に入らなくなった。

　こちらが名乗ると、ニンゲンの娘はばつの悪そうな表情を浮かべていた。しかし言う機会を逃しかけていたのはこちらもだ。お互い様というところだろう。

　フィーナへと応えるように、トカゲもまた一礼する。

　あまり思い出したくない事だが、準備不足で遅れを取った身としては、多少の助言をしたくなる。

　フィーナの話を頷きながら聞く。時折相づちを打ちながら聞き入る様子かは、関心の強さが伺えるだろう。

　良い環境だ、と呟く。

思わず微笑み返しながら。

どこを見るでもなく空の方に視線を移しながら。

闘技大会という言葉を聞いて少し申し訳なさそうに。

グレイさんに目をやりながら。

　　　　　　目の輝き、毛並みの艶、尻尾の振り、気合は十分だ！

相変わらずお互いの距離は縮まらないようだ。
剣のグリップの交換について話が及ぶとおずおずと頷く。

丁寧に頭を下げる相手に何か物珍しいものを
見るような目でまじまじと見つめている。

そう言って距離をとったままぎくしゃくとした動きで
ひょこっと首だけ動かして同じように頭を下げた。

何か考えているようだ。

何か言いかけてやめたようだ。

なにか自己完結したようだ。

ごそごそと動きながら上着を脱いで、腰に巻く。

Ikkiを成功に導いて
君も英雄になろう！

と黒字に白で書いてあるＴシャツをドヤ顔で披露して名乗りを上げる

といいながら、後ろに下る