少年は歩く。

先も見えない暗闇を、ただ。



Chapter:3 Reason






「なあ、」


「契約する前に、あんたに……一つだけ、頼みたい」
　何でもないように笑いながら、あいつは差し出した。
　血の様に紅い花。
　ネクター。
　この世界における、契約の花。
　真っ赤に染まった手は、しっかりと、花を手にしている。
「、こいつ、さ、本当に怖がりで、自分に自信も、なくて、変に生真面目で……ほんと、お人好しで」
　半分伏せたような青い瞳は、傍らで体を支える、今にも泣き出しそうな奴を見ていた。
　兄が弟を見るような、柔らかな、眼差し。
　随分と久しぶりに見たそれは、あまりにも穏やか過ぎた。
「でもさ、どうしようも、ねえくらいさ、やさし、んだ。それが、甘さになる、かもしんねえけど。それも、こいつの良さだから」
　どうか、責めないでやってくれ。そう言い掛けた声が突然詰まって、咳き込む。
　口元を押さえた手に、新たな赤。
　もう、残された時間は、少なかった。
「何を、頼みてえんだよ」
　急かすように問えば、あいつの瞳が、俺を見据える。
　力を失いかけていた光が、最後の輝きを取り戻したように、見えて。

「……、あんたの、力が戻るまでで良い。こいつを、助けてやってくれ。どんな形でも、いいから」

　そう、確かな声で、言った。
　
　――だから、俺は。



　＊　＊　＊　＊　＊



「情けネェもんだな、テメェ」
　嘲笑うような声に、微かな足音。はっとして、顔を上げた先には、見慣れた子狐。先が紫に染まった尻尾はゆらりと揺れ。いつも何処か不機嫌そうな顔が、さらに不機嫌さを増して凶悪なものになっているのは気のせいじゃないと思う。
「イェジ」
「んデ、テメェが抜ケて、何になルんダ？」
「……きいて、たの」
「聞クつモリなくテも聞コえテンだよボケ。ったク、いツまでモ、うじウじうジうじ悩みヤがっテ、いい加減テメェの周りデ茸生えンぞ」
　いつものように、容赦のない言葉。普通の状態でも結構堪えるのに、今の状態では尚更、考えが暗くなるばかりで。
　口を突いて出た言葉も、後ろ向きになったのは……仕方ない、と思う。
「だって……これ以上、彼女と一緒に居たって、きっと、どうにもならないよ。彼女に……コトカさんに、嫌な思いさせてるのは、紛れもなく事実、なんだし」
　言葉にすれば、もっと気分が暗くなる。情けないな、と思うのと、こんなんじゃ嫌われたって仕方ない、と思うのと。小さくため息をつけば、イェジが、ふん、と鼻で笑う。
「……一人じゃ何も出来ネえガキの癖ニ、嬢ちゃん達と別レて、それでドウなるってンダ。また違ウ奴と組ムのか？　ンナの、遠かラず、同ジ結果が待ッテるだけダっつーノ、何も変ワりゃシネェよ」
　……正論だとは、思う。自分が変わらなきゃ、何も変わらない。またいつか、違う誰かに迷惑をかけるだけ。
　分かってるんだ、それくらいのことは。けれど、何をしたって、変われなくて。
　最良だと思う道も、ダメだといわれたなら、じゃあ、どうすればいいんだろう。
　何をしたら良いかなんて、もう、分からなくて。


　＊　＊　＊　＊　＊

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じい、とアリシアの肩からコトカを眺めて、それから

　▼ウルヘアの　にらみつける！！

その様子を見て、苦笑しながら

ただね、といって

くくく、と笑います。若干強がりがはいって居る様子ですが

頭を軽くかいて

ころころと忙しない表情、だった。
キツネだと教えてくれた彼の言を素直に受け取って、初めて見たなあ、なんて内心の。
許してもらえたなら、此方も此方でしょぼくれていたのだけれど、ぱっと明るませて。

彼が何に驚いたのか、ルカは気付かないまま。
イェジが説明してくれた“界落ち”については、ルカでも理解出来たらしかった。
へええ、なんて感心したように。

自らの鎧を拳で軽く叩き、乱れた場所が無いかを確かめる。

ゆっくりとすれ違い、元来た道を辿る。その手には大槍と薬。逆の手はゆるりと振られ、別れの挨拶を告げる。そして遠ざかる背中は、一度だけ振り向いて、ミハウに届くよう声を張った。

そう言いながら、「ネクターを必要とする」彼の「エンブリオ」を見つめる。

独りごちると共に、小さく息を吐いて、武器を構える。

　ウルヘアはいつもより血の気が多い気がする。