夜。

眠りこけるシアのもとに、そろそろとオルヴァが近付いて…起こさないよう、そっと掛け布を除け、肩口を覗き込む。
…一つため息をつき、小さく何かを唱えると、オルヴァの手のひらから生まれた小さな光がシアの肩に吸い込まれ…ぽっ、と光って消えた。

――この子は、シアは、わたしが見つけた。

シアには、行き倒れていた、とだけ伝えているが、本当のところは違っていた。



あの日、明け方、確か…何か胸騒ぎがして、気を紛らわせようと町を散歩していて、それ、を見つけたのだ。
町外れの空き家の荒れ放題の小さな庭に、唐突な血だまり。そして吐き気を催すような血の臭い…
足跡や引きずった跡も無い事から、それは、恐らくどこからか転移させられたものではないかと想像ができた。

近付くと、血だまりの主は小柄な少女である事がわかった。
全身いたる所に傷を負っていた。息は辛うじてあるものの、左腕の傷が特に酷い裂傷で…腕は諦めるほか無い様に思われた。
何をどうすればこんな傷になるのか…手のひらから肩にかけて、内側から引き裂かれたような酷い傷だった。

――どこからか逃れてきたのか…？このままでは命も危ない……人間に知らせないと。
そう、場を離れかけた時、不意に声が聞こえた。

『誰か……』

見ると、左腕の傷を護るように謎の光が集まっていた。いや、左腕の傷から光が溢れていた…ようにも見えた。
声は、光から発せられているように感じられた。

『頼む…頼む…この子をどうか…』

――思念体か…？しかし残念ながら私にはこの子をどうこう出来る術は無い………。
と、再び場を離れようとしたところ、謎の光に照らされ、肩口に赤い花のつぼみが開きかけているさまが目に留まった。
………ネクター…。
諦めたように息をつく。全く、運の良い子…だ。

『感謝する…頼む…』

左腕を包んだ光は、そのまま少女の肩に吸い込まれるようにして消えた。
心なしか出血も弱まったようだ。急がないと………



その後…近くの酒場の女主人の協力もあり、少女はみるみる回復した。
左腕は、肩口に拳大の傷跡は残ったものの、あの裂傷が嘘だったかのように…完治。
肩の傷跡は目立つものであったが、幸い本人からは死角となる位置にあるため、また、本人のあっけらかんとした性格により、そこまで気に病まずに済むのではないかとは思われた。

ただ……彼女は記憶を完全に失っていた。
血まみれだった服は捨て、無傷であった首飾りを「身に着けていたものだ」と手渡したが、何も思い出せないようだった。
普段気にしないそぶりをしているものの、知る事を、諦めていないのは傍から見て明らかであった。

――それを止める術は、私には無い。
それが…知る事が、この子にとって良い事なのか悪い事なのか…判断する権利は私にはない。
私にできることは、この子が思うままに動ける様、助ける事だ。そして、「同じ事」を繰り返さないように…

自分に言い聞かせるように呟く。…あの時、私は約束したのだ。
おそらく、もうこの世のものではないと思われるあの声の主…今、シアを守護する『英雄』と。


………


――それはそうと、水辺にやってきました。

ざばあっと

なんという事でしょう…勢い良く川にぶちまけられた水筒の水と共に、ウンディーネさんは流されていきました…

今何か声がしたような…。きょろきょろと周りを見渡しますが、誰もいません。

こうして…誰にも気づかれる事なくウンディーネさんはシアのもとを去ったのでした。

さようならウンディーネさん！ありがとうウンディーネさん！