悪い夢だと思いたかった。

気付いたらハザマではなく、イバラシティで
グノウといつも通りの生活をして、トシお兄ちゃんと一緒に遊んで
街の中を歩いて、呪いを解く手掛かりを探して、
まだ見つからないけど、見つからないかもしれないけど、それでも……


ーーそれは先延ばしだ。


まるで触れというように触れた先は、冷たく、止まっているグノウの心臓
心配するように抱き寄せて、彼は、いや、『それ』は僕に歪んだ笑みで笑いかける。
そして何か言葉をいつもの声で囁いて、それすらもわからないくらいに
僕はただ目の前の『それ』に震えて、動くことができなかった。

現実に戻ったのは、響く銃声と、その弾丸で撃ち抜かれたグノウを見た時だった。

此処はハザマだ、僕はどうすればよかった？
「おじさんっ……」微かに絞り出せた、そう呼ぶ僕の声は、
助けてくれた相手の感謝の声か、撃った相手への嘆きの声か、わからなかった。
フェデルタおじさんの手によって、彼から離れて改めて確認するように見た彼の姿は、高らかに笑って

もう、僕の知っている彼ではなかった。

目の前の光景に僕はどうしたらいいのか、考えがまとまらなくて
二人のやり取りに反応できるわけでもなく、かと言って泣け叫ぶ程の気力も残っておらず
僕はどうしたらいいの、そう思う思考すら止まっていた時だった。

突然の獣の咆哮と共に、自身が浮き上がってその場から離れていく。

何が起きたのかわからずに、上を見上げると其処にはよく見知った獣の姿が見えた。
二人から離れようとしているのが分かり、漸く声をあげる。
「ねえっ、待って、待って！！グノウが、グノウが……！！」
その叫ぶ声も虚しく、獣は足を止めてはくれず、ただただ離れていく。
離して欲しくて暴れても、力は勝てない、辿り着く先は獣の本体である彼、スズヒコさんの元だった。

「よくやった。お前は次の仕事は分かっているね」
「……ルルゥ」

今まで、グノウが危険だったことが見たことないといえばそんなことはなく
でも、グノウは大丈夫だった、スカリム達の力を借りたりもしたけれど、一緒にいて戻ってくれた。
だから、呪いだって戻ると思っていた。
思って、探して、見つからなくて、自分じゃどうにもできなくて、
人を頼ればどうにかなると心の底で思わなかったわけではない。

その結果が『今』どうにもできなかった、グノウではなくなってしまった。

「迦楼羅くん」

「グノウが……！！グノウが戻らなかったら、僕、どうすればいいの……！！」

彼を見上げ、必死に答えを求める。そこに答えがあるわけではないのに。
どうしていいのかわからないのだ、支えることは、励ますことは、手伝うことはできても
僕に呪いを解くような術は知らない、力も持っていない。
そう思っていた僕に投げかけられた言葉は意外なものだった。

「君にできることがここにある」

僕はたった今、ううん、随分前から、そんな方法はないものだとどこかで思っていた。

「……僕に……」
「君が取り戻すんだ。そうでなければ何の意味もない。不死王が君の隙間に取り入るかもしれない」
「ッ……けど、どうやって……あんな、あんな怖いグノウなんて、僕……初めて見た……」

前にも怖い時はあった、でも、その時はまだ彼は『人』だった。
心があったから、僕でもなんとかなった。救いたい気持ちはあっても、方法がわからない。

「救いたいのだろう。できることは頑張ってする、と言っただろう」

前に、フェデルタおじさんがスズヒコさんに自分はどうしたいのか伝えたかと問われ
そのまま、僕はその足で彼にどうしたいのかを伝え『信じて前を向いていなさい』と告げられた。
そのことを思い出し、希望という淡い光に縋るように、うん、と答える。

「もう一度言う。君にできることがここにある……君にしかできないことがある」
「……僕にしか、できないこと」

ポケットから何かが浮き上がるように出てきて、僕の目の前で淡く光りながら浮かんでいる。


「俺を召喚しろ。【鈴のなる夢】という概念を従えろ」


上手く理解ができなかった。確かに僕はハザマで魔物に頼ったり、召喚する力は持っている。
ただ、それは多分ハザマでワールドスワップされた人の共通の力みたいなもので、人を呼ぶ力などない、筈。

「スズヒコさんを……ど、どうやって……」
「普段と何も変わらないよ。……要するに、君のために剣と盾になるって言っているんだ」

あのクソ野郎、君が何かしてくるとは欠片も思っていない。そこを突くのが一番いい。とスズヒコさんは言葉を続ける。

「俺は疑問に感じていた。君達の力を使うとはいえ、今までの計画では主体は俺だった。
……要するに、迦楼羅くんが見ているだけのポジションにいることが気になっていた」
「それは……僕が、僕に、できることがないから」
「それは違う！！」

スズヒコさんは叫ぶ、それはまるで獣のように。
だって、それは本当のことで、何かをできる力はこの中で一番スズヒコさんが持っていて
僕の力はそれを手伝うにもどうにもできない、一時的な具現化のような力と魔物をポプリに使役する力。
どちらもグノウを助ける為にどうにかできるとは思えない。


「君だけだ。本当に心の底からあの男を救いたいと思っているのは！！
俺は正直、あの男が最終的にどうなろうとどうだっていいんだよ！！」

でも、と言う言葉を遮るようにスズヒコさんは続ける。

「手助けしてくれていたとでも言いたいのか。偶然やっていることが同じ方向を向いていただけだ。
だから君がーー君が中心になるんだ。俺という剣と盾を持って、あの場にもう一度出向け」

言葉を聞きながら、段々と俯いてしまう。

「何もできないだけの主人から卒業しろ！！それは今だ！！」

僕が何も言えないでいると、スズヒコさんは更に告げる。

「……悪いね。俺が君くらいの時はとっくに自立していた」
「……自立……」

何度も似たような言葉を言われたことはある、少しは大人になれだとか
高校生に見えないとか、子供っぽいとか、そんな言葉達。

「いいか迦楼羅くん、周りの大人がお膳立てして、
はいこちらが無事戻ってきたあなたの従者ですよ……とするのは、君を説き伏せるより簡単だ」

だけど、それは

「けれどそれでいいのか？待っているだけ、戻ってきたものに何の文句も言えない……それでいいと思う？」

それでいいとは、思わない。

「本当に欲しいものがあるなら……グノウ・スワロルドを完全に取り戻したいなら、君も加わるべきだ、この戦いに」

いつもの、僕が知っているグノウに戻って欲しい。

「帰ってきて欲しいんだよね？」

「……うん」

「心配することは何もない。君の身も守り、グノウ・スワロルドは救う。それはフェデルタも望んでいるはずのことだ。
ーー走れ、剣をとれ。巣食う邪悪を断ち、ここで全てを終わらせてみせるから」


怖いよ、本当は。
スズヒコさんやフェデルタおじさんの力が凄くても、不死王に勝てるのかなって
僕にそんな力があるのかなって、倒せるのかなって。
ふわふわと目の前に浮かぶ、剣という名の紙片を取り、僕は戦えるのかーー


「グノウっ……！」


獣の背中に乗り、僕は再び『それ』とおじさんの元へと戻ってきた。
其処は戦場で、腐った臭いや焼き焦げた臭い、兎に角嫌な臭いしかしない。
目的の為に僕が獣から降りると、僕がグノウと呼ぶそれは、僕に気付いて笑った。

「ヒヒ……ギャーッハッハッハッハッハ！何もできない坊ちゃんが戻ってきましたか！ノコノコと！！」

ああ、ユカイ、ゆかイ！と笑うそれと威嚇するように唸る獣。
誘惑してくるかのように従者の姿をして、声をして言葉を囁いてくる。

「坊ちゃん、早くこちらへどうぞ？私と一緒に参りましょう？」

獣は僕を守りながら、僕へと呼びかける。

『きくな　カルラ。よべ　わが　はんしん　鈴のなる夢』

僕の、僕の答えは……

「……ねえ、グノウ」

僕がグノウに声をかけるときによくする言葉。

「ええ、何でしょう」

その望みを何でも叶えますというような返事。

「僕、グノウの……グノウの傍に、ずっと居たいから」

こんな風にグノウが狂ったように笑うのを見るのは、伊舎那のとき以来かな。
あの時も、僕はどうしようもできなくて、スカリムに、大人に守ってもらうような子供だった。
グノウがこんな風に笑うとき、きっと本当は苦しいんだよね？

「だから……お願いが、あるんだ」
「ええ、エエ。何なりと、お申し付けください。従者ですから」

半身が異形となった従者の足、というよりも蹄が、邪魔だと言わんばかりに足蹴にする。
その先に見えるのは、コート……と呼べるか怪しいものを着た、つまり、おじさんだ。
僕を逃す為に時間を稼いでくれて、おかしくなったグノウを止めようとしてくれて

「……ありがとう、トシお兄ちゃん」
「どうかサレましたァ？」

すぅ、と息を吸って、紙片を握っていた手に力を込め、口を開く。


「ーーグノウ、負けないで！お願いだから……戻ってきて……！！」


瞬間、その場に雷に似た閃光が迸る。

僕が本当にできるかなんて、今こうしていてもわからない。
だけど、スズヒコさんは言ったんだ、僕がグノウの光なんだと、信じて前を向くしかないんだと。
なら、僕は怖いけど、戦いたくないけど、進むしかない。


『グノウは僕が助ける。早くそこから出ていって』


【鈴のなる夢】
甲高い鳴き声と共に、僕とグノウの間に、姿を表した。
その姿は、全てを救う神々しさも、全てを終わらせる邪悪さも交えていた。



「グノウ、僕も負けない……だから、グノウも負けないで」

そして

「一緒に帰ろう」

ミラb 討伐隊 ENo.165 フェデルタ ENo.244 スズヒコ ENo.909 グノウ ENo.931 迦楼羅

ハザマに生きるもの リンゴさん ケツァルコアトルA ケツァルコアトルB ケツァルコアトルC

ミラb 討伐隊 ENo.165 フェデルタ ENo.244 スズヒコ ENo.909 グノウ ENo.931 迦楼羅

ブレーメンの騒楽隊 ENo.26 ラプリナ ENo.608 ルピス ENo.889 ディルクルム ENo.1075 一紗

ツクナミ区 I-10：ツクナミセントラルラボ

ミラb 討伐隊 ENo.165 フェデルタ ENo.244 スズヒコ ENo.909 グノウ ENo.931 迦楼羅

立ちはだかるもの 警備ロボA 警備ロボB 乱射ロボ 雑用ロボA 雑用ロボB 雑用ロボC

3人の声が響いています。

ミラb 討伐隊 ENo.288 志騎 ENo.931 迦楼羅

ハザマに生きるもの リンゴさん リンゴさん

162

346

ミラb 討伐隊 ENo.288 志騎 ENo.931 迦楼羅

ブラック・パッション ENo.1046 カシス ENo.1097 アフレイド

635

513

リュウジン区 D-3 周辺

昇竜レジデンス

ミラb 討伐隊 ENo.288 志騎 ENo.931 迦楼羅

立ちはだかるもの 白龍 黒龍

225

364