誰かが私の嘘で喜んでくれた時。
本当はいつも、どんな顔をすれば良いのか分からなくなる。


私だけ、それが偽物であると知っているから。
目の前の人を騙してしまうことが後ろめたい。
無垢の心を弄んでいる自分は最低なのだ。


真実を告げた方が良かったのかもしれないと、後悔しないことはない。
例えそれが誰かを傷つけるものだとしても、それに区切りをつけるのは部外者の私ではないはずなのだ。


その機会さえ奪うのだから、あぁ。
私はこんなにも。罪深い、残酷な人間だ。



















メッセージが再生される。
相槌を打つ声を聞いて、目元が熱を帯びるのを感じた。

彼は自身を、生きていると、肯定してくれる。

これは嬉し涙なのだろうか。
それが私の欲しかった言葉で。その通りのものをくれたから。
だからそう、嬉しかったのかもしれない。









真実がそうなら、どれだけ良かったか？







……本当は、判っている。
苦しいから、この涙は止まらない。
私の嘘で微笑む人の姿が、耐えられない。














真実がそうなら、どれだけ。


あなたは。──否。


あなたの幸せになれたなら。
どれだけ、『私』は幸せだっただろうか。














もしも、命がふたつあったなら。
その仮定は酷く冒涜的で、酷く現実的でない。

もう何度でも過った、ささやかな願い。
ささやかで、叶えられることがないと判っている、己の幼い夢想だ。




それなのにどうして、有り得たかもしれないいつかに触れる度。

届かない星を。　月を、仰いでしまうのだろう。







きっとそれが、なけなしの虚勢を揺らがすには十分なほど、やさしい光を届けてくれて。
心惹かれてしまうからに他ならないのだけれど。


そうして空を見上げてしまうから。
私はいつまでも、大人にはなれない。



















けれども、俯いてばかりの私に。
嗚咽ばかりで、口を開くのを止めたくなる私に。
ひとつだけ、残されたものがある。



どんな顔をすれば良いのか、教えてくれる。
やさしい、やさしい。嘘吐きの異能だ。

---

寝返りをうち、仰向けになる。
見慣れた四角の天井をぼんやりと、焦点を合わせないままで眺めている。













『忘れたいの？』





















『苦しいのに？』












ゆるり、瞼を下ろして。浮かんだ言葉を紡いで、細った一筋を作る。














『……』



『──分からない』










『わからない』と、またひとつ。
失意のような響きを残して、囁きは消え失せる。














あの日から、偶にこうしてこどもの言葉が聞こえるようになった。
どれほど見回しても姿形はなくて、けれど花の香だけ薫っている。

家族にそれとなく聞いてみたけれど、声も匂いも知らないという。
（曰く、そもそも自分の異能が匂うので分からないらしい。知らなかった。）






唯一知り合いのお化け（？）と、細い声のイメージは結び付き難い。

思い当たるものとしては、香りという点で符号する私の異能だろうか。
存外声に恐怖を感じなかったというのも、親しみを感じたことが一因にあるだろう。

まあそれに依らず、勘ではあるけれど。
単に、悪い子ではないような、そんな気がするのだ。







ひと月ほど、そうして物事を問われ続けたけれど。未だにその正体は掴めない。


自分でも本質を知らない異能の表れなのかもしれない。
霊的なものの声を聞く異能？　或いは、異能に人のような意思が生まれた？

……或いは、イマジナリーフレンド、というものなのかもしれないけれど。



ぼくには、分からないままだ。

▲	タヌキ 「なんだ？　身体が冷えたのか？ 言われてみれば、ここの泥は少し冷たいからな。 そういうことも有るかも知れない。」

	タヌキ 「俺もすっかり泥塗れだからな。 普段とは少し勝手が違うかも知れないが……。 しっかりくっ付けば、もう少し暖かく出来るかもしれないな。」

	【身体をなぞる指に誘われるよりも先に、全身をぴったりと寄せる。 顔よりも身体の側に、弟子の腹の辺りを暖めるよう位置取りに気を払う。】

	タヌキ 「大事な一番弟子が病気になったら大変だからな！」

	【弟子の身体に身を寄せながら、ふふんと鼻を鳴らす。】

	タヌキ 「うん？　俺の時か？ それは、うーむ…そうだな……。」

	タヌキ 「……これを言うとカッコ悪いのだけどな。 最初は一番弟子と同じように、顔が真っ黒になったぞ。 眼だけでなくて耳とか鼻とか、口の中も泥だらけになった。」

	タヌキ 「それを母さんが舐め取ってくれてな。 コツを教えて貰って、何度も特訓をして……。 そうしていたら、知らない内に上手に出来るようになったんだ。」

	タヌキ 「まあ、そう言うわけだからな。 今は上手く行かなくても、気落ちする必要はないぞ一番弟子。 一番弟子も絶対に、俺みたく出来るようになる筈だからな。」

	タヌキ 「なんたって、あの頃の俺は一番弟子と似た見た目をしていたんだ。 タヌキの形をしていようがいまいが、関係はないぞ。 特訓特訓、また特訓。それだけやっていれば、一番弟子も俺みたいになれるからな。」

	【力強く、弟子を励ます言葉を贈る。 口を開く合間合間に、弟子の体温を奪う泥を舐め取りながら。】

▲	投げかけられた感謝に、女は応じかねて口をつぐんだ。 　あなたの言葉ひとつひとつ、所作や表情のひとつひとつからなにかを読み取ろうとするような眼差しが少しの間向けられて、再び閉じられた。

	ニアク 「受け取っとくよ。ああ、話ができてよかった。 　……」

	ニアク 「まあ……羨ましいと言われると、そんなにいいもんじゃないぜ、と言いたくなるけど。 　そういうほど自分の感情ってもんを客観的に見つめてないからな」

	ニアク 「必死さは、あそこで本当に生まれ育った奴らには劣るだろうさ。 　私はどちらにせよアンジニティに戻るべき罪人で、その判定はすでに下されている」

	ニアク 「そのふたつのどちらかと言えば、……いや、両方か。 　そうだな……だが、もうちょっと違う言い方になるな」

	ニアク 「アンジニティに落とされた奴らの中にも、そこまでされるような罪を犯しているわけじゃない奴がいることは知っている。 　出してやってもいいんじゃないか、と思われるような【罪人】──」

	ニアク 「だが、そうじゃないものたちもいる。 　流刑地から解き放っちゃいけない、出ちゃいけない連中。 　……もっともそれも私の主観だが──」

	ニアク 「そういう連中をアンジニティから出して、イバラシティの奴らを代わりに流刑地に落とす。 　それは、新しい罪だ」

	ニアク 「……義理はねえな。確かに。 　だが、放っておけもしない。 　偽の記憶とはいえ、私も『イバラシティ』の住民ではあるからな。 　それが影響してるのはある。そういう奴はけっこういるんじゃねえか？」

	ニアク 「ま。私の場合それが切実じゃない。 　それがいいのか悪いのか……」

	ニアク 「君はどうなんだ？」

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