
移動しながら細かに連絡を取り、分かったことがいくつかあった。
ひとつ、彼らは本当に『呪いのスペシャリスト』であり、特に人から人、もしくは人ならざるものから人に対するものに特化していた。理由を聞いてみたら、そういうものがたくさん湧く、とだけ言われたが、理由としては十分だろう。何もないところに専門家は生えない。
ひとつ、その『呪いのスペシャリスト』を以てしても、過去に開かれていた世界を参照するのは難しい、と言うこと。要するに彼らは世界間の移動をあまり得意としておらず、元素の世界メルンテーゼに辿り着くことができない。メルンテーゼ現地でしか得られなかった花、そしてエンブリオのことを正確に把握させるのには、こちらの記録を提出する以外の選択肢がない。スズヒコはノーライフキングというエンブリオのことは全く知らず、手元にある記録もごく僅かな、初めから狙いを定めて絞られたようなエンブリオたちだけだ。これはもしかしたら、あの従者の足元をうろついている生き物を捕まえたほうが早いかもしれない。
そしてひとつ。『ノーライフキング』と仮に名付けられたものは、呪いとして解釈をしたとしても相当厄介だということ。塞がらない傷を与え、そのような願いを口にさせるものの相手は、自分たちなら“極力したくない”。彼らは、彼らの長は、そう断じた。もし自分たちがやるのであれば、相応の準備をして、徹底的にやるということもまた。
(――要するに、判断ミス。あるいは、持っていた組み合わせの問題)
そこまで言われると、残念ながら“知的好奇心が勝つ”ようにできていた。難易度高い方が燃えるタイプかと言われれば、場面を限ってそう。具体的に言うと、自分の頭脳と記録で対抗できる範囲内のことなら、そう。例えが極端だが、運動に対してそういうものは一切働かないが、これは今のところはまだ、知識の戦いだった。
(傷を閉じるために必要なこと……契約の解除。もしくは、『ノーライフキング』の無力化)
気に食わない。
生を諦めているように見えるか、と問われたら、答えはイエス。当然すぎる一択だ。自分の手を汚さないために、あるいは主人を悲しませないために、そう言った――スズヒコはそう解釈している。あの言葉は当に記録に落とし込んだから、何度でも、いくらでも、再生することができる。
『もし、傷が……この呪いが私を食い破って出てきたら、私を殺してくれると約束してください』
自分で死ぬ手段も選べないのか?
不死王ごと死んでやる手段は模索しなかったのか?
契約するときに“覚悟”をしなかったのか?
それともその問いかけそのものが、もはや人ではなかったと言えるあのときの自分が、異質だったのだろうか?考え始めればキリはなく、そしてここにいるまでに答えが出るような問題でもなかった。
丸一日経ってしまった、という事実に、両手を見つめる以外のことができない。残りの時間で強引にでも、この世界を出ることができるのか、ルールの裏をかくことができるのか、――まだ分からない。
(もしかしなくても……必要なことは俺が一度、食ってしまうことだろうか?)
例えばの話だ。病原体『ノーライフキング』が存在したとき、それに取れる手段はいくつかある。
まずは切除。まあ、これはあまり褒められた手段ではないだろう。単なる切除で終わるような呪いなら、とっくにそうしているはずだからだ。
次に、何らかの治療。『ノーライフキング』の情報が必要になってくる。対症療法として傷を塞ぐこと、もしくは『ノーライフキング』そのものに踏み込んでいくこと。エンブリオとの契約の感覚は記録として残されているが、自分の経験だけをベースにするには不安がある。というのも、メルンテーゼには後入りしたからだ。初めから歩いていたはずの彼らから、何らかの参考になる記録が欲しい。契約を紐解いていき、少しずつ引き抜く作業があるとするなら、複数人の経験があったほうがいい。症例、と言うのも変な話だが、知識と記録は力だということだ。
(……いや、多分主人が許してくれるか分からないな……)
どのみち一人で頭を回していたところで何も解決せず、何よりタダではやってやらないことを心に決めていた。所詮は他人、今この場においてだけ共闘を約束した他人なのだ。
他人のためにわざわざ労力を割き、賭けのようなことをする人間は、狂人か研究者かの二択だと思っているし、研究者は大抵の場合狂人だ。
故にあのように問いかけたし、その答えは未だ聞いていない。ただ、いつ答えが返ってきてもいいように、ずっとこうして考えている。思考リソースを複数のことに割いても問題がないくらい、自分の力が復調していて、研ぎ澄まされているということだ。それは即ち、いつこの世界から旅立っても問題はない、ということも示していた。一度乗り込んだ戦いから簡単に身を引くつもりは欠片もないが。
並列思考の隅に入り込むように、白くて長い生き物が目に入った。パライバトルマリンだ。
「先生」
「……何?」
「ぼく、おじさんに持って帰ってもらって向こうで情報を送ってこようと思うんだー。向こうのほうが、電波いいからね」
「電波なんだ……」
大日向先生はそう言うから、と続けて、パライバトルマリンはもうすぐそこに見える花畑を見つめた。青い花がちらちらと見える。
「お花畑、気をつけてね」
「……? 特段気をつけるようなことはない。どうして……」
ざわめき。
「気をつけてね」
「……」
全てを、見透かしたかのように。
その生き物はすうとその場を離れて消えてしまった。スズヒコはその先を見つめ、立ち尽くしている。
「――ここで、決着をつけろというのか?」
一人の女が、笑顔を作って立っている。
貼り付けたような、口元だけが笑った笑顔。その瞳は深く青く、光を映してはいなかった。
同じ薄緑の髪が揺れ、緩やかに振り上げられた剣先が弧を描く。
噛み砕いたはずの貝を見つけて、スズヒコは苦い顔をした。
「いや。つけるような決着なんてないよ。――お前は何だ?」
『わたしは』
幻覚にしては鮮明に、幻聴にしてははっきりと。
『お父さんのことを恨んでいるのよ』
それは、そう言ったのだ。
『お父さんは……わたしを置いていった。わたしを置いて、お姉ちゃんだけを連れて行ったの。どうして?』
あのとき決めたこと。双世界バイポーリス(そう呼ばれていると知ったのは後々だが)で、界渡りをすると決めたとき、どうしても下の娘を連れて行くことができなかった。それは彼女の体質、体調に拠るもので、苦渋の決断であった。父が学問の都市に行くのだと言った時、上の娘はじゃあ行く!と二つ返事でついてきた。必然的に、娘たちは、父と母のもとに一人ずつ。離れる形にはなってしまったが、連絡をよく取り合うと約束して。それに従い、そのようにしていた。あの世界は文化レベルの異なる二つの世界が融合した珍しい世界で、故に国境――界境と呼ばれていた――を跨ぐと、生活様式は大きく変わる。電話が当たり前の世界と、精霊や魔術を使った一方通行の通信が主要な通信の世界の間で、等しいラインで取り交わすことができたのは手紙だけだった。
『わたし、悲しかったのね、とても。いつの間にか……何も、連絡をくれなくなった。お父さんも、お姉ちゃんも』
――事実だ。
段階を踏んで、正確に言えば下の娘がこちら側の空気に耐えられるようになったら、そのとき全員で暮らそうと約束していた。だから、先に出向いていた。はずだった。
国交悪化。断絶。差別。逃亡。そして、死。全てを、決して投げ出したわけではなく、いつか繋がりが生まれるように、何もかもを組み立てて、実行し、そして死んだ。
「……ユーエ……」
『ねえ、お父さん……どうして?』
悪いことは重なる。けれど、一人の力ではどうしようもないことを前にして、自分が逃げ出さず、全てを完遂したことだけは、死ぬ前のほぼ唯一の誇れることとして、ずっと握りしめて“生きて”きた。
そして、それは精算してきたはずだ。あの本の世界で、全てを精算し、全てを引き受け、そして送り出した。
『それは、幸せなユーエじゃなくて。一人ぼっちのユーエ。一人ぼっちのまま大人になって、誰とも会わなかったユーエ』
思い返す言葉。それは、去っていった生き物の言葉。
精算をしないまま、ここまで追ってきた?どうやって?
『電話のひとつもくれなくなった。わたしは』
男の顔にほんの少し眉根にシワが寄るのと、獣の爪が女の身体を引き裂くのはほぼ同時だった。
違和感が確信へ変わり、ほぼ同時にそれは怒りへと昇華される。利用されているものを追っている、という言葉を思い出している間に、引き裂かれた身体が再生していく。――いつだかに見たナレハテのように、粘ついた物体には目まぐるしく鮮やかな色彩が奔っている。悪趣味な色――悪意に満ちている色。草原に転がった顔の眼窩から眼球が零れ落ちた。
『……あはァ……アハハ、ひどいや……ひどいことを、するのね』
「お前は誰だ?」
眼球を拾い上げ、詰め込むのとほぼ同時。その詰め込まれたものの代わりと言わんばかりに、薄暗い霧が吹き出す。獣の眼を以てして確認できない何かがいる。低く唸り続ける音の反響で、辛うじて定位ができた。
『あはは、アハハ!!これはこれは初めての御照覧かな?』
「あまり不愉快なことをすると切って殺すよ」
『今でもすればいいのに。やっぱり娘を殺すことには抵抗がおありで?』
「……」
ゆうらりと立ち上がった姿は、どこからどう見ても娘の立ち姿とは程遠かった。だらりと垂らした手の先に癒着した剣が花を散らし、藍色の目がこちらを捉える。ぎょろりと目玉が回転して、別の色に変わった。
「別に殺しても一向に構わないんだけど……そうやって喧嘩を売ってきた時点で何か仕込んでいるに決まっている」
『おやおやこれはこれは。お見通しというわけか、さすがは“先生”』
娘の姿をした怪物は、口角をにやりと上げて笑うと、その弧をそのままにして、こちらに一歩近寄った。
即座に概念としての長物を握り込むと、光すら吸い込む暗黒の棒が現れ、それが瞬時に色を纏った、ここで殺すのなら、これを剣か刀にでもしてまえばいい。それだけのことだ。
「……あまり人のことを誂わないほうがいいと習わなかった?義務教育の敗北かな」
『さあねえ。ところで“お父さん”、とっておきの情報があるの』
「……不愉快だ」
『俺は外の世界から来た。今すぐにでも帰れる』
握り込んだ手に力がこもる。それは渇望している事象で、もう何時間か前の自分なら飛びついていたに違いないだろうことだった。
一呼吸置く。一呼吸置いて、それを見た。薄緑の中にかすかに金色が混ざっていて、目の色も明るい。ただ、これが何かは判別できない。恐らく出会ったことがなく、そして似たようなものにも遭遇していない。
『どう?“お父さん”。情報をくれるだけでいい。わたしがここから出してあげる……この、否定の世界から。わたしはお父さんを否定しない。わたしはお父さんがどうなったとしても否定しない。その代わり、ほんの少しでいいから……』
それは紛れもなく甘言だ。
けれど、間違いなく不審で、即座に信じるには何とも言い難い。
『あなたの力をほんの少し。それだけでいいの!それだけで、お父さんは許されるの――もちろん、誰にも内緒。誰にも内緒で考えてくれたら、その約束は守ってあげる』
人の気配を感じると、それは花々の中に埋もれるように崩れて消えていった。
迷うことはなかった。けれども、ただただ不愉快だった。

[837 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[454 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[498 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[203 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[406 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[325 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[245 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[182 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[98 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[148 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[135 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[266 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[32 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[123 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[67 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[81 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[62 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[34 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[49 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[68 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[51 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[0 / 100] ―― 《荒波》強き壁
―― Cross+Roseに映し出される。
 |
白南海 「さてと、今回は――」 |
 |
マッドスマイル 「今回のゲストはマッドスマイルちゃんでーすッ!!!!」 |
 |
エディアン 「・・・・・・は?」 |
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
マッドスマイル
乱れた長い黒緑色の髪。
両手に紅いナイフを持ち、
猟奇的な笑顔の仮面をつけている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
突然チャットに現れるマッドスマイルちゃん。
 |
マッドスマイル 「はぁい皆さんごきげんよう!元気してますかー!!?」 |
 |
白南海 「いや・・・・・そんな感じだったっすか?お前。」 |
 |
エディアン 「まぁ偽物でしょう。誰です?ふざけてるのは。」 |
疑いの目で見るふたり。
 |
マッドスマイル 「本物ですよ!ホ・ン・モ・ノ!! 人前で話すの慣れてなくて黙るかもしくはこうなっちゃうんですぅ!!」 |
 |
マッドスマイル 「アダムスのお話をしたくてやってきたもので! 私が干渉している間は急にチャットが閉じられたりはしませんから。」 |
 |
エディアン 「ほう、アダムスですか。・・・いいですよそんな話は。 さっさとお帰りくださいませ、マッドスマイルさん。」 |
 |
白南海 「いやいや、ありがたく聞かせていただきますァ。 勝機は多いに越したことねぇっすわ。」 |
 |
エディアン 「・・・・・・・・・」 |
不満そうな顔で腕を組むエディアン。
 |
マッドスマイル 「現在確認されているアダムス・・・・・ですが!」 |
 |
マッドスマイル 「表情のない不気味な笑い、あれは偽物ですっ!! 造られしものアダムスは私と同様に人らしい動作をしまーす!!イエーイッ!!」 |
 |
マッドスマイル 「急造品なのか、全く似てない出来栄えですね!!!! アダムスはもっと愛嬌のある可愛い子なんですからね!!!!」 |
 |
白南海 「・・・見た目は同じなんすか?」 |
 |
マッドスマイル 「見た目は近いです!そこはよく似せたものですねッ!!」 |
 |
マッドスマイル 「ただ私もまだ見つけられていませんので・・・」 |
 |
マッドスマイル 「・・・・・そうです、見つけられてないのですよ!!!!!!」 |
 |
マッドスマイル 「事は済んだので帰りますね!!色々限界です!!!!!!」 |
チャットから抜けるマッドスマイルちゃん。
 |
白南海 「・・・・・そりゃ、仮面も付けらぁな。」 |
 |
エディアン 「まったく脅威を感じませんね。」 |
チャットが閉じられる――