
ついに、と言えば全くもってそう、けれどもどうあってもこれは避けられなかった。今なら誰もがそう言うに決まっている。
会議室の白い壁に大写しになった荒廃した景色。それを見つめる白衣を着た集団。何故か今日のドレスコードは白衣で、全員に着用が義務付けられていた。
「白衣とかいつぶりだ?マジで年単位かも」
「生物って白衣着ないんですか?」
「バケガク系じゃなきゃ滅多なことなきゃ着ないよ」
「えーっ!!解剖のときの血とかどうするんスか!?」
「ヘタクソだろ、それ」
学生の喧騒。チョークの粉避けに着ていた国語の先生がいたとか、生物の先生は実験の前の日には汚れてもいい服装で来るように言うとか、ただただそういうことばかりで盛り上がっている。
白衣の真意は、一言で言うと威嚇だ。
【鈴のなる夢】という怪異は、白衣に紐付けられ、白衣に殉じ、白衣を嫌う。より正確に言えば、白衣を着ている相手を嫌う。……ということになっている。手段を選ばなければ着るだろう。一度映った姿では着ていなかったようだが。
「でもなんか、白衣って憧れっすよねー、そういうのないっす?」
「ボクにとってはただの装備品だからな……特に何か思うことはな……あるな。白衣とは即ち威嚇であり、立場の顕示だ。ボクにとっては」
「着てなきゃただのチビだからな」
「クレールめ。よく口が回るな……いつでも無茶振りをしていいんだぞ?」
ザッザザ――と、スクリーン代わりの壁にノイズが走る。
壁に向き直る。そこに、人影が映ろうとしていた。
大きな一対の角。右側の先端は折れている。
健康な人と言うには青褪めている、白磁のごとき肌。
微かに重力に対抗し、それはそこに浮かんでいた。色の違う目が、映像越しにこちらを見た。
『悪趣味なドレスコードだな。それが君の答えか?』
「然りだ。我らが呼びかけに答えてくれて大変感謝しよう……【鈴のなる夢】よ!」
『招待を受けた覚えはないんだけどな……』
『あ、大日向先生だ。やっほー』
紫筑大学には技術はあったが、それを確実に送り込める手段は欠けていた。
異世界へ渡るというのは、ひとつの賭けのようなものだ。少なくとも、元の世界ではそのように定義されている。黎明の世界樹エーオシャフトと呼ばれることもあるこの世界――正確に言えば、積層構造の世界の寄り集まり――は、滑り落ちることは簡単だが登ることはひどく難しい、上下の概念のある世界だ。独立しているように見える世界は界脈(と適当に名付けられている)で接続されていて、上部の世界ほど発展し文明が高度であり、下部であるほど滅びが近い――というのが通説だ。要するに、一本の木のような概念だ。その頂端ほど日が当たり、影に落ちれば恵みはない。
故に世界は常に新生し、常に滅んでいる。その生と滅びを、大いなる“根”に仕える神の御使いたちが拾い上げたり、拾い上げなかったり、戯れに神が回収したりする。この世界に現れる怪異、あるいは神秘は、同程度のテーブル上に存在する世界から迷い込んだか、意図的に紛れ込んだものであるとされているが、細かいことは何も分かっていない。世界学とは言うが、まだまだ手探りで、例えるのなら徒歩で海沿いを歩いて測量し、地図を作ろうとしているようなものだ。それも、常々変化するものに対して。
故に決定打が存在せず、運任せじみた方法が取られ続けている。縦の移動の習得は紫筑にとっては義務だったが、完全な、百パーセントの成功率のものではない。今現在で六割ほどだ。
そこに、絶対に所持者の言うことに従い、世界の間を悠々と超えていくものが出されたとしたら、飛びつかない理由があるだろうか?
「久しぶりだな、パライバトルマリン。そして嬉しいぞ!ボクと再び会話しているということは即ち」
『うん、うまくいっている。そういうことになるね』
「その通りだ!あの気に食わない男に一泡吹かせてやれるな」
モノクロともセピアとも言い難い色調の向こうで、色違いの目が不愉快そうに細められる。
大日向は笑みを絶やさなかった。――ここは研究者の戦場だ。
「さて!お初にお目にかかる。私は紫筑大学第四学群神秘研究科怪異対策類教授、実務班班長の大日向深知だ。どうぞよろしく」
『……その手の畏まった挨拶はあまり好きではないんだ。できればそれきりにしてくれ』
「言われずとも二度はない。このクッソ長い肩書き喋るだけで疲れるからな」
理屈としては簡単で、難易度としては実験器具の入手が最悪だった。
自由自在に世界の狭間を抜けていく、既に改造された生き物にさらなる改造を施し、データ収集能力と通信機能を持たせて放つ。抜け道めいた“一度訪れている”という事実を利用し、ぴったり同じ拠点に辿り着かせたら、あとは調査対象が戻ってくるのを待つだけだ。
パライバトルマリンの“貸与”は、ここで有益な情報が確保できなければ恐らく一度きりになる。価値のあるものほど手元に置きたがるコレクターであり、自分が動くことなく金銭を稼ぐことをよしとしている店主に捕まってしまった以上、これからずっと扱き使われるに違いないし、ことあるごとに借りることになりかねない。
「ボクらの要求は簡単なことだ!君のデータを取らせてほしい。それは何故か?ボクたちに必要なものだからだ。君の影で、君を利用して暗躍する悪!それを破壊しなければならない」
『俺を利用したいと。そういうこと』
「間違ってはいないな。当たり前だが、もちろんタダなんていうことはない。然るべき対価を支払い、何か希望があれば協力しよう。それが取引というものだ」
『……』
ほんの少し首を傾げたのを見、大日向は口で畳み掛けるのをやめた。恐らく思考に入っている。
対価という言葉を出した瞬間、その目の色が変わったのを見た。何かを求めているのなら、この話に乗らないことはないだろうとも、確信していた。
――狭間のあの不気味な赤に比べたら、ずっとずっと破格だからだ。
『質問があるんだけど』
「もちろん。望むだけ聞いてほしい」
『それは、ひとつ?』
「ふむ。……あなたがどれだけのものを出すかにもよるな。釣り合わぬと判断したら、いくらでもだ。出すだけ損はさせない、そういう自信がこちらにはある」
腕を組んだ姿を見つめていた。
言葉に嘘偽りはない。そのためにあのユッカ・ハリカリというクソ野郎と手を組んでいるし、そのために知識の蓄積がある。そして、手足がある。
『……乗るには乗ろう。ただ、聞きたいと言うか……』
「ふむ?」
『聞いてから検討したいことがひとつある』
視線が来る。
『神秘研究科怪異対策類と言っていたけれど……君たちは、呪いには詳しいのかい』
「呪いか。ほぼホームグラウンドみたいなものだな」
少しばかり驚いた顔をしていたに違いない。彼と呪いというのは、まるで無関係だと思っていたからだ。
『……では、それを対価のひとつとして要求することは?』
「可能だ。呪いについての知識、そういうことだな」
『ああ』
後ろに向かって視線をやると、察したように二ノ平が立ち上がり部屋を出る。データベースにアクセスするためのデバイスを取りに行ったのだろう。
さて呪い、呪いとはどういうことか。呪いにも種類があり、世界のことよりよっぽど厳密に定義されている。
「一言に呪いと言っても様々なものがあるのだけれど……」
ひとつ。神秘、あるいは怪異が、無差別に、存在しているだけで振りまくもの。振りまいているものにその意識がなければ対策は難しく、超自然的な祟り、ここから先に入るべからずという伝承として残されるもの。
ひとつ。何らかの理由で虐げられた神秘、もしくは怪異が、敵意や復讐心を以て、特定の人間を呪うもの。ナントカ様の祟りだとか、呪いだとか、そのように呼ばれたり、伝承として残っていることが多い。
ひとつ。人間が人間に対して悪意を持って実行した“まじない”を、神秘、あるいは怪異が本当のものにしてしまうもの。都市伝説や噂話として処理されることが多い。
おおよそ、大日向たちの知る呪いは三つに分類される。何れにせよ、神秘もしくは怪異が関連する事案であるため、研究室には山のようにデータがあった。これらのデータの蓄積は、蓄積されているだけで力となる。類似した事例を発見できれば、解決のでの手順を大幅に指縮めることができるからだ。
『俺ではない。俺を呪っているものがあるとするなら、それはこの世界の理だ』
「……では君の同行者かな?」
『……正直本意ではないけれど……そういうこと、あるじゃないか。外面、体裁、そういったもの……』
そうして彼は、呪いが“私”を食い破ってくる、と言った。
『いい気分なんて欠片もない。そもそも、すぐそこを歩かざるを得ない人間の挙動が変で、ああそうですか、って言えると思うか?』
「ふむ。興味深い……成り代わり型かな。もう少し詳しい話を聞かせてくれ。あなたも研究者なら知っているはずだ、」
『好奇心は猫を殺す。少し待って』
デバイスアームを装着して戻ってきた二ノ平と、いくつかの文献を持ってきた紀野たちが会議室に再訪したタイミングを狙ったかどうかは知らないが、その声は、冷たく鋭く響く。
『――“不死王の呪い”』
「……不死王?」
言葉通りに取れば、要するに不死性のある怪異から与えられた呪いだ。そして食い破ってくる、と言った以上、一度はその肉体に触れられている。
そして呪いと言うのであれば、単なる不死では終わらない。
『死後、その肉体と魂が予約されているらしいと。そしてそれを喰らいながら……生きるというのは変な話だ。死に向かうと言ったほうがいいな』
「アンデッドの亜種か。検索!」
「今しています。アンデッド系は該当が多いんですが……」
「高位で知性があるものに絞れ。王を冠するくらいだからな」
『……さっすが。専門の人たちは早いね』
大判の本を広げ、手元で捲りながら、大日向はにいと笑った。
追いかけていたものから面白いものが零れ落ちてきたのだ。そこに乗らないと言う選択肢はない。
「好奇心は猫を殺すが、猫は九生あるともいう。このチャンスを生かさずしていつ生かす?」
『……全くそうだけど、俺のデータを取るとかいう話は?』
「研究者は移り気でなあ」
『俺の知らないタイプの研究者だよ』
大日向が座っていたキャスター付きの椅子を引き、西村がスクリーン代わりの壁の間に立った。不死王とやらにお熱になったボスに代わって、聞かなければならないことがあったからだ。
「すいません、ボスがあの調子なので代わりました。ひとつ確認を取らせてください」
『面倒なタイプのボスは大変だね。それで、確認とはなんだろう』
「パライバトルマリンから【望遠水槽の終点】の話は聞いていますか?――個人名としては、ユーエですが……」
『……聞いている。それが何か』
ぴりと空気が張り詰める。
睨まれたな、と思っている間に、すらすらと口が動いた。
「私たちは彼女を利用しているものを追っています。それが真の目的です。故に、それに対してあなたがどう出るか……それが今回の通信の目的だったんですが……」
『何もかもひっくり返しちゃったのはこちらだ。気にしないで。それについては少し決めかねているから、呪いについて情報を得てからまた連絡するよ』
悪いけど動くからまた、と言う声がノイズ混じりに聞こえ、壁に映されていた赤色は帰路いさっぱりなくなってしまった。

[842 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[448 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[201 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[400 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[325 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[240 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[174 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[96 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[142 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[131 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[251 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[32 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[110 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[62 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[72 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[55 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[27 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[46 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[23 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
―― Cross+Roseに映し出される。
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カオリ 「ちぃーっす!!」 |
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カグハ 「ちぃーっす。」 |
カオリ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、橙色の着物の少女。
カグハと瓜二つの顔をしている。
カグハ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、桃色の着物の少女。
カオリと瓜二つの顔をしている。
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カオリ 「あ、よかった今度はいたいたー!!」 |
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「・・・ん?あぁ、団子屋の。」 |
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エディアン 「あらおふたりさん、お元気そうで!」 |
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カグハ 「元気・・・・・ちょっと大変かも。」 |
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カオリ 「そっちこそ留守にして何してたのー?」 |
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カオリ 「・・・ぁ、そうそう見て見て!これっ!!」 |
着物の裾を上げ、脚を見せる。
表面がドロドロし、変色している。
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白南海 「・・・ぉ、おい・・・何だよそりゃ・・・・・」 |
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カグハ 「どろどろあし~~~。でも痛くないよ?」 |
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エディアン 「いや・・・・・痛くないって言っても・・・この先どうなるか・・・ もうずっと団子を作り続けているんですか?」 |
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カオリ 「そうだよー!!たまに危ないお客さん来るようになったけど。」 |
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カグハ 「案内人さんたちは、平気・・・?」 |
ふたりの全身をじーっと観察するカグハ。
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白南海 「今んとこ平気だが、なぁ・・・・・痛くねぇとはいえ見てらんねぇぜそれは。」 |
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カオリ 「大丈夫大丈夫!イバラシティじゃ何ともないし!!」 |
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エディアン 「酷くなってきたら言ってくださいね?・・・ほら、もう隠して隠して。」 |
ふたりの裾を戻すエディアン。
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白南海 「言ってくれって・・・・・言われて何かできんのか?」 |
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エディアン 「上司に訴えます!」 |
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白南海 「上司・・・・・大量の虫を寄越す上司ねぇ。」 |
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