この日記は前回の続きなので、前回を見てない人は、そっちを先に見てね！

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首を潰され、頭が外れた哀れな女……いや、今はただの肉塊が、地面に伏せている。
ちょうど、足元に転がっている首から上に、儂は、腕を伸ばす。

両腕で優しく抱き上げる事はできない。いや、たとえ、できたとしてもやらぬが。
千切れた片腕は激痛を訴え、垂れる血液の量は長らく放置して良いものではないだろう。

それでも、今は、狩った獲物を愛でていたい。

乱れた金の長い髪を掴み、首を目線の高さまで合わせる。
虚な瞳が、儂の姿を映す。

……嗚呼。この手で狩った獲物を、一条瀬織の大切なものを、壊すことが出来る。
仄暗い悦びに唇を歪めながら、少女の首に微笑みかけ。









口吸いを終えれば、更に首を掲げあげ、滴り落ちる体液を唇に受ける。
広がる鉄の香は、儂にとっては芳醇で甘美な果物のよう。
体液を啜り、傷口より齧り付ければ、肉も、筋も、食い千切る。

咀嚼して、飲み込んで。

これで、ルーシー・チャールトンは、儂と、ひとつになった。



刹那。



無数の、金属が、氷が、植物が、刃となって。
頭上より、降り注いだ。

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喉が焼ける。
視界は歪み、意識が鈍る。

わずか数分の間に、事態は一変した。

この腕につかんでいた首はそこらに転がっている。
片腕に留まらず全身は傷に及び、辺りは吹き出した血によって穢れている。

事態の異常さは、怪我のみに留まる事はなく、
視界の歪みも、意識の混濁も、体内より至るもの。

明らかな毒物の反応……口にしたのは、ルーシーではあるが、
ただの人間の血肉が毒物に変化することはあり得ない。

そもそも、この攻撃は、誰からなのか。

死体は、異能を使わない。
では、首を飛ばしても尚、あの娘は生きて……？

目線を向ければ、首のない身体を抱き抱える一人の女の姿。

帽子を被り、胡散臭い笑みを浮かべる、長い耳の女は
出会った際から、小娘の近くをうろついていたが。
争いになった際に手出しはしてこなかった為、逃げたとばかり思うておったが。

儂の獲物を奪うとは、万死に値する。

伸ばした手は、相手に届くことはなく、
代わりに、虚空より生み出されたものが手の甲に突き刺さる。

苦痛に顔を歪ませている間に、その身体は女によって遠くへと運ばれていく。

儂の手を貫き、張り付けるように地面に刺さった其れを抜く。
再び、あの獲物を横取りする輩に、迫ろうとして。

膝が、折れて、再び地に伏せる。

本格的に、毒が回ってきたか、体の自由すらきかない。
その間にも、狩りの成果は奪われ、儂の周囲、全方向に生まれる、凶器が。

一斉に、息の根を止めるべく、この身に降り注ぐ。
逃れるだけの脚力はもう残されておらず、儂の身体はそれらに────。









儂の肌を、肉を割く筈であった其れらは、
黒い炎の中より現れた異形の骨によって、すべて、吹き飛ばされる。

その炎の先、森の奥より出ずる……
女の、存在。
其れを見た瞬間に込み上げる、抗いがたい衝動。









　

「何を」




「しているんだ」













喰らいたい。
その喉に食らいつきたい。
柔肉を犬歯で引きちぎって、溢れ出る血液を啜りたい。
一欠片の肉片も残さず、すべて儂のなかに。

渇望は止まらない。
得た獲物を半端に食らった反動か、飢えが、渇きが、止まらない。

こちらへと近づく鳳念の姿を、地べたに這いつくばりながら見上げ、
もうまともに動く事すら出来ずとも、唯一の儂の願いは消えることはない。


儂が、ぴくりと指を動かし、手を伸ばすのを見て。
見下ろすその女は、くしゃりと表情を歪めるも、その手を……、ではなく。
儂の身を、異形の腕で抱え上げてくる。

抱えられる行為が酷く屈辱を覚えるも、その腕を振り解く力すら残ってはいない。


絞り出した声は、相手に届かない。
いや、聞こえていないふりを、しているだけかもしれぬが。

儂に向かってくる、正体不明の異能攻撃を交わしながら、ぐ、っと地を踏み込んで。
樹々の隙間を縫い、大きく、跳躍する。

一気に、狂気の森から抜け出して────。

▲	透 「その話、いま関係ある？」

	透 「私は君と話してるんだよ。 鬼がどうとかって言われても……ああ、関係あるから教えてくれたの？」

	透 「瀬織ちゃんのことなら手に取るようにわかるよ。 私も恋をしているからさ」

	透 「君の恋は、いつからか呪いに変わった。 恋が呪いと似ているのも、わかっているつもりだよ」

	透 「寝ても覚めても、夢中で想い続けてる。私はあの子のすべてが欲しい。 もともと自分の一部だったものが、無理矢理引き裂かれてるみたいな感じがするの」

	透 「なのにあの子は、私なんかの思いどおりにはなってくれない。 私の気持ちも知らないで、目いっぱい振り回してくれるんだ」

	透 「たまんないよね！！」

	透 「………だから何度でも魅せられて、夢中にさせられる。 私のコイビトは世界で一番カワイイの―――すごく、ものすごく素敵な子なんだよ」

	透 「……………」

	透 「平安の歌仙、平左兵衛佐貞文卿は天下無敵のイケメン王子様。 人呼んで「平中」。あるとき彼は、左府殿に仕える女官に恋をするの」

	透 「彼に口説かれて、情を交わさない女はいない。 けれど、その女官―――侍従だけは違った。思い通りにならなかった。 今風に言うなら「おもしれー女」ってやつかな」

	透 「侍従に軽くあしらわれるたび、平中の恋はますます燃え上がる。 その恋はやがて、彼の心身さえも蝕みはじめる始末―――」

	透 「生きるか死ぬかの瀬戸際で、彼のココロはボキリと折れた。恋を捨てることにしたんだ。 侍従の醜いところを暴き立てて、百年の恋から覚めようとしたの」

	透 「それで、どうしたと思う？」

	透 「侍従の汚物を力ずくで奪ったんだよ。とっくに手遅れ。正気の沙汰じゃないよね。 恋の呪縛から逃れて生き延びるには、そうするしかないと考えた」

	透 「汚物の収められた箱の中。彼が目にしたものは――― ………丁子の香水。昏い水面に浮くものは、かぐわしき沈の香細工。 追い詰められた末の苦し紛れの蛮行さえも、侍従の掌の上で踊らされていただけだった」

	透 「平中は最期にさだめを悟り、甘美で愛おしい極上の呪いを受け入れることにした。 侍従にあらん限りの賛辞を捧げた彼は、恍惚のうちに発狂して死に果てるの」

	透 「平左兵衛佐貞文卿。人呼んで「平中」の物語………」

	透 「私は自分だけの侍従を見つけた。この恋を抱えて生きていく」

	透 「………それで、何だっけ。人間をやめて、恋を捨てられました？」

	透 「嘘だよそれは。順番が違う。因果が違う」

	透 「君は恋を捨てたくて人間をやめた。最愛の人に蛮行を働いたんだ。 うん、だいぶ見えてきた気がする……つまり、」

	透 「―――最初のひとりは、君の想い人だった」

	透 「なのに、どういうわけか君の恋はまだそこにある。 君はまだ恋をしている。そんな運命を背負わせた人を、今も想い続けている」

	透 「九相図の無常をもってしても、君の恋は消し去れなかった。 それでどうなったかといえば……終わりなき呪いと苦痛が残っただけ」

	透 「もう何のために人を食べてるのか、わからなくなってるんじゃない？」

	透 「私は君を理解する。正体を解き明かす。 あの子がなぜ君を憐れんだのか。どうして君に殺されたのか。 理由を暴く。答えを知る。一片の謎も残さない」

	透 「耳が痛い？ 不愉快？？？ 何言ってるの？？？？」

	透 「甘ったれたこと言ってくれるよね」

	透 「苦しくても我慢して。これが私の弔いなんだよ」

▲	トマ子 「……それなりに、やり取りはしたからね。あの人の人となりは、知ってるつもりだよ。 ……貴方の言う通り。こんな私達の狼狽える姿は、そこまで楽しいとは思わないよ」

	トマ子 「……そっちから、そんな事を言ってくるとは思わなかった。 まさか、もう飽きた？それとも……何かあったのかな。 何時でも、構わない。何処だろうと、可能なら今すぐにだってそっちに行くつもりだよ、私は」

	トマ子 「……人を喰らう、殺す以外で、何かやることがあるなら待つよ。 そこまで気を利かせてくれるのなら、こっちもそれなりに合わせるくらいはしてあげるけど……」

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