
「誤解しないでよね!私は大人なんだから暗闇も雷も怖くなんかな…ぎゃー!!」
稲光と轟音と共に建物揺らすような衝撃。ピンポイントで雷が落ちてくるから思わず仰け反りそうになると、ユカラが私をグイッと引き寄せる。
「分かった分かった。暗闇はともかく雷は怖いんだよな」
「そ、そ、そうじゃなくて、普段は雷なんて怖くないし!ただ…ぎゃあああ!!!!近い!!!!!」
強がり言ってみたけど、これユカラが居なかったらパニックになってたかも。
いや、まぁ半ばパニックになってる自覚はあるんだけど。
窓は外れるんじゃ無いかってぐらいガタガタしてるし、雷は雷属性のキャラの超必殺技か! ってくらい建物に降り注いでいる。
「まいったな…学校で寝泊まりも有り得るんじゃないか、これは」
ユカラが舌打ちする。
……どうしてこうなった。
朝のニュースで台風が接近するとは言ってた確かに。
最近のTVは「十年に一度の大きさ」とか「他に類を見ない規模の台風」とか「近年の〇〇台風に並ぶ最大瞬間風速」とかボジョレーヌーボーみたいだし、実際に来てみると温帯低気圧にすぐ変わっちゃう根性ない台風ばかりで正直、私は鷹をくくっていたのだけど。
まさか速度が早くなって、しかもこっちに軌道修正してくるなんて思ってもみなかったよね。
放課後。
ちょっと雨降っても車で帰るし関係ないやと雑務を片付けていると、雨音が少しずつ強くなっていって大きな雨粒が窓を叩いていた。
こりゃ、もしかしたら台風直撃しそうだし、早く帰らねばと科学準備室から出ようとすると出口のドアの所に何かユカラが立っていた。
「あれ?ユカラ、なんでまだ帰ってないの。はっ!まさか私を待って……」
「級友の部活の助っ人頼まれたから、手伝ってただけ。深雪もどうせ今から帰るんだろ?乗せてってよ」
うん、まあそうだよね。
外も雨だし私は車運転できるしな!
……いったい何を期待してしまったのだろう。
帰りを待っててくれる恋人とか想像しちゃって、まったく恋愛漫画の読みすぎだよ、とほほ。
外を見ると、雨は勢いを増して更には強い風。
車で帰るのもちょっと大変そうだなぁと思っていたら、空がいきなり光って雷が落ちた。
「やだねー雷。学校みたいなおっきい建物の中だと別に怖くないんだけど外に出るのはやだよね」
万に一にも直撃したら死んじゃうし、そもそも私は運が悪いからなあ。
「まぁそうだな」
「お、ユカラでも雷は怖いの?」
「怖いわけじゃないけど当たったらタダじゃ済まないだろ。外に出たくないのは同意だな」
私はそうだねと頷くと鞄を手にとった。
「おまたせ、じゃあさっさと帰宅してマグノリアちゃんの手料理を…」
帰ろうとして歩き出すと、背後からすごい衝撃と爆音。
映画の爆発シーンみたいに吹っ飛ばされそうな感じになった。
「ぎゃああああああ!!!!」
「うわ!」
つんのめって、ドアの縦枠に寄りかかっていたユカラの身体にがっしりとしがみついた。
カシャン。
あっ、後ろのドアから嫌な感じの音がする。
体勢を立て直したユカラがドアに手をかけたけど、ガタガタと音を立てるだけで開かなくなっていた。
「なんで鍵がかかってるんだよ…」
「えっまじで?もしかして今の衝撃で鍵が誤作動した!?」
私のせいかも。とちょっと思って怒られそうだと身構えていたけど、特にユカラは責めたりはしなかった。
「深雪、どうやって開けるんだコレ。」
「…………あ…この部屋…外からしか鍵かけられない仕組みだは…」
「………………………………は????」
ユカラが不思議そうにドアを見つめている。
そういうドアなんだし、閉まっちゃったものはもうしょうがない。
「内線は?」
「あ!そうだった。ユカラはこういう時も冷静だから助かるよ。えーと…7、6…うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
内線の受話器があった事を思い出して、電話をかけようとプッシュしてると、轟音と共にあたりが真っ暗になった。
「…停電したみたいだな」
「ユ、ユカラ…どうしよう、停電で電話が使えなくなっちゃった」
「……………これも深雪の不運のちからだったらスゴイね」
「偶然だよ!台風なんて自然現象じゃん!って、ぎゃああああ!!!」
部屋が暗くて稲光と轟音が私達を襲ってる様に錯覚する。
うろたえてしまって私はユカラにまたしがみついていた。
……で、最初の話の状態になってる訳である。
「泊まり…うっ…ほんと最悪そうなるよね…他の先生が帰るまでに停電が直らないと連絡つかないし」
「あと1時間くらい待っても状況変わらなかったらマグノリアにメッセージ送っておこう」
「………」
ユカラの言葉で、スマフォを職員室の机に置きっぱなしだった事を思い出した。
ゔっ、連絡先はデータとしてスマフォに登録してあるだけで、番号なんてまったく覚えてない。
ユカラのスマフォを借りたとしても、連絡できないじゃん。
……アホって言われるの確定的に明らかなので、とりあえず黙っておこう。
「深雪?」
「…心配かけちゃうよね」
「まぁ多少は。でも外に居るわけじゃないし大したことじゃないだろ」
「いや、そーじゃなくてさ…アズちゃんに…ほら、うちら二人っきりなわけだし…」
マグノリアちゃんに連絡入れたら、下手に隠したとしてもいつかバレちゃうだろうし。
密室に二人きりなんて、殺人事件かハーレム漫画ぐらいでしかお目にかかれない状況だよね。
私がアズちゃんの立場だったとしたら、状況知るだけでやっぱソワソワしちゃうよ。
「じゃあ心配かけないように電気の復旧を祈るしかないな」
「うん。帰宅した時にアズちゃんに対してやましいことが無かったと、ただの被災だったと胸を張…ぎゃああああ!!!」
いちゃいちゃ会話はさせないぞとばかりに、雷がガンガン落ちてきて爆音が木霊する。
あんまりにもビビっている私に、ユカラが聞こえるように大きめな声で言った。
「深雪、俺の膝に乗れ。俺と向かい合わせで」
「え!?なにそれエッチな誘い!?いて!!」
お姫様抱っこよりもレベル高いやつじゃないのそれ!?
ペシッとチョップをくらう。
「アホ。いいから乗れっ」
「こ、こう?」
戸惑いながら膝に座ると、ユカラが私の頭に腕を回して引き寄せるように抱え込んだ。
んん?どういう状態なん?
ユカラに耳とか塞がれてがっちりホールドされてるって事だけは分かった。
というか、これ密着し過ぎじゃない?
「どう?」
「やっぱりエッチじゃん!」
「おまえな…頭ン中エロいことばっかかよ」
うぐ。
図星だけど服着てなかったら、エッチするような姿勢じゃんかよ、大人の恋愛漫画で見た事あるし。
「ち、ちがうよ。そんなわけないじゃん」
「違わないだろ、耳年増が」
「だって!」
これは吊橋効果だ、錯覚してるだけだって己に言い聞かせても、頼れる相手が目の前にいるんだから甘えたくもなってしまう。
好きな人が目の前にいて抱きしめてくれてるんだから、我慢できるわけ無いじゃんか。
私はギュッとユカラの背中に抱きついた。
「ユカラとこんな体勢で二人っきりでいるんだから…仕方ないじゃん。言わせんなよバカ!」
「雷が怖いんじゃなかったのかよ」
「怖いよ…怖いけど、雷のことなんてどうでも良くなっちゃうくらい、こっちは今の体勢にドキドキしてるんだからね」
「意図とは違ってたけど結果的に俺の求めていた状態になったようで何よりだ」
今、求めてるって言った?
そりゃ雷が恐いどうこうより、このままずっとこうしていたいとか思ったけど……
「…マジで雷どころじゃなくしてやろうか?」
「はへ?」
私の返事をOKと受け取ったのか、ユカラが耳たぶをカプリとする。
思わず身体が跳ねると、今度はお腹の方から服の中に手が入ってきて、撫でるように背中に滑り込んだ。
ちょっと冷たい感触がくすぐったいというか、なんかもう力が抜けてく感じのアレ。
「ひゃっ!ちょ待てよ!が、学校だよ!」
「深雪のエロ脳に最適なシチュエーションだろ」
ちょっと待って、私がエロゲキャラみたいな扱いしないで。
そこまでエッチじゃないし!むっつりかもだけど!
「人を変態みたいに言わな…ふ、ぅんっ!や、く、くすぐったい、耳…くっ…ん…」
「どうくすぐったいの?」
「どうって…耳から、首まで、ぞわぞわって…」
見えないから余計になんかドキドキしちゃうし、そんな余韻に浸っていると、いつの間にか服を脱がされそうになっていた。
「暗闇で見えねえ」
「見られても良い下着じゃない…ユニク■の1980円のやつで…」
学校でこんな事になるなんて思ってないんだから、見られる前提のより快適なやつ選ぶじゃんそんなの。
「色気がないからコレをとっとと外す」
地道に日常をサポートしてくれる下着にひどい言いようである。
「あっ、だ、駄目、いや駄目じゃないけど、駄目かもしれない、やっぱり駄目でもない!」
どうせ私の胸みたってたいして興奮しなくない?
揉んだりして「深雪だし、こんなもんか」とか言ったりしない!?
つうか普通に恥ずかしくて死にそうなんだが。
「ちょっとおまえ黙ってろ」
「唇塞がれちゃうやつだ!?」
めっちゃ濃厚なキスを覚悟していると、ぱっと部屋が明るなった。
改めてユカラに脱がされかけている自分の姿を見つめると、ここは校内だって事を思い出して我にる。
「電気ついたな」
「そ、そうだね!?」
「じゃあよく見えるしコレとるよ」
いや、続けんのかよ!?
「ユカラ!内線!」
ブラを手で死守しながら、ユカラに電話を促した。
「あん?いやなのかよ」
「違うよ!い、嫌なわけないし。だけど次にまた停電になったらホントに帰れなくなって泊まりだよ!そんで朝に発見されて噂にあらゆるヒレがついて私は教師をクビになってユカラだって退学になるかもしれないんだよ!」
大使館からも強制的に送還されられちゃうかもしれない。
そんな事になったらアズちゃんにも、マグノリアちゃんにも会わせる顔が無いし。
「……………チッ、分かったよ」
舌打ちしつつも、私をユカラが開放する。
もう少しで先生と生徒の一線を越えてしまうところだった。
危ねえ危ねえ、私は深く息を吐いた。
落ち着いてから内線で職員室に連絡をいれると、鍵を持って来てくれた週番の先生のお陰で無事に帰宅の目処がたった。
雷も気がつくと少し遠のいたようで、これくらいの雨風なら運転して帰れそうだと私はホッとするのだった。
……でも、なんか思い返すと、もうちょっとあのまま閉じ込められていても良かったかな。
運転に集中しつつも、ユカラにちょっと話しかけた。
「…あのさ、ホントに嫌だったんじゃなくて、理性が勝たなきゃいけない時だったっていうか…」
「………………」
「その、ちゃんと落ち着ける時にだったら、続きもやぶさかではない的な?」
「………………」
なんか、ユカラからの返事が無い。
「ねぇユカラ、怒ってんの?…え!?笑ってる!?」
赤信号で停止したタイミングでチラッと見ると可笑しそうな顔してるぞ、何だよう。
「続きもやぶさかではない…」
私の言い回しが面白かったみたいで、反芻してきた。
あー、言い方が古くさかったね、そうだよね。
でもさ。
「……変な言い方したけど、ほんとのことだから」
「俺も続き、やぶさかではないよ」
「流行るなよユカラのアホぉ!」
この後、大使館に帰ってもやぶさかでないとユカラが使うので、その度に私が雷の日のことを思い出して、こっ恥ずかしくなってしまうのだった。
うう、ユカラのアホぅ。