
「誤解しないでよね!私は大人なんだから暗闇も雷も怖くなんかな…ぎゃー!!」
光ると同時にピシャーンと轟音で落ちる雷に叫ぶ深雪を、俺はため息交じりに抱き寄せた。
「分かった分かった。暗闇はともかく雷は怖いんだよな。」
「そ、そ、そうじゃなくて、普段は雷なんて怖くないし!ただ…ぎゃあああ!!!!近い!!!!!」
深雪の声を打ち消すかの様な雷鳴と振動に、深雪は身体をビクビクさせながら俺にしがみついてきた。
闇の中ガラスに打ち付けてくる強い雨、短い間隔で落ちる雷。
「まいったな…学校で寝泊まりも有り得るんじゃないか、これは。」
─何故こんなことになったのか。
ニュースで台風の接近を知ったのは今朝だ。
直撃はしないものの深夜からこの辺が雷雨になると予報で見た俺達は帰宅したら一応雨戸を閉めたり停電に備えたりしておかないといけないなどと話していた。
登校すると級友から部活の助っ人を頼まれ、今日はアズには先に帰宅してもらうことにした。
午後6時、部活を終え外を見ると結構な雨だった。
どうやら予想よりだいぶん台風の進行が早かったらしい。
帰り支度をし玄関まで出ると深雪の車が目に入った。
深夜まで雨が降らないと聞いていた俺は傘を持っていなかったので深雪の車で帰れば濡れずに済む。
そう気づいた俺は、深雪が居るであろう科学準備室に足を運んだ。
科学準備室に入ると案の定深雪がいて、ちょうど仕事を終えたところだった。
俺を乗せていくことを二つ返事で了承した深雪が片付けをしているのをドアにもたれ掛かり待つ。
外に目をやると雨はますます勢いを増したようだった。
光ってから割とすぐに雷鳴が轟く。
やや近くに雷が落ちたようだ。
「やだねー雷。学校みたいなおっきい建物の中だと別に怖くないんだけど外に出るのはやだよね。」
「まぁそうだな。」
「お、ユカラでも雷は怖いの?」
「怖いわけじゃないけど当たったらタダじゃ済まないだろ。外に出たくないのは同意だな。」
深雪はそうだねと頷くと鞄を手に取る。
「おまたせ、じゃあさっさと帰宅してマグノリアちゃんの手料理を…」
そう言いながら近づいてきた深雪の背後、窓から強烈な光が差し込んでくる。
と同時にピシャンと、まるで空が割れたかのような音と下から響いてくる振動。
かなり近くに落雷したようだ。
「ぎゃああああああ!!!!」
「うわ!」
落雷に驚いた深雪が悲鳴をあげ俺に勢いよくぶつかってきた。
咄嗟のことに体勢を崩しよろめく。
カシャン。
俺の背後から、聞こえた音。
ドアに手をかけ動かそうとするがドアはガタガタと音を立てるだけで開かなかった。
「なんで鍵がかかってるんだよ…。」
「えっまじで?もしかして今の衝撃で鍵が誤作動した!?」
やれやれとため息を付きながら、鍵を開けようと探すが見つからない。
「深雪、どうやって開けるんだコレ。」
「…………あ…この部屋…外からしか鍵かけられない仕組みだは…。」
「………………………………は????」
呆然とする深雪。
後から聞いた話だが生徒が閉じこもって悪用しない様、そういう風になっているらしい。
「内線は?」
「あ!そうだった。ユカラはこういう時も冷静だから助かるよ。えーと…7、6…うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
深雪が受話器を手に取り操作しようとした時、二度目の落雷が襲ってきた。
轟音と共に急に視界が暗くなる。
「…停電したみたいだな。」
「ユ、ユカラ…どうしよう、停電で電話が使えなくなっちゃった。」
「……………これも深雪の不運のちからだったらスゴイね。」
「偶然だよ!台風なんて自然現象じゃん!って、ぎゃああああ!!!」
部屋が暗くなったことで稲光がより一層強烈に感じる。
雷に怯えた深雪が俺にしがみついてきた。
ここまでが冒頭につながる話だ。
「泊まり…うっ…ほんと最悪そうなるよね…他の先生が帰るまでに停電が直らないと連絡つかないし。」
「あと1時間くらい待っても状況変わらなかったらマグノリアにメッセージ送っておこう。」
「………。」
深雪が腕の中で急に静かになる。
どうしたのかと思い視線を落とすと神妙な面持ちだった。
「深雪?」
「…心配かけちゃうよね。」
「まぁ多少は。でも外に居るわけじゃないし大したことじゃないだろ。」
「いや、そーじゃなくてさ…アズちゃんに…ほら、うちら二人っきりなわけだし…」
ああ、そういうことか。
「じゃあ心配かけないように電気の復旧を祈るしかないな。」
「うん。帰宅した時にアズちゃんに対してやましいことが無かったと、ただの被災だったと胸を張…ぎゃああああ!!!」
ひときわ激しい落雷に深雪は震えながら俺の腕の中で小さくなってしまった。
「深雪、俺の膝に乗れ。俺と向かい合わせで。」
「え!?なにそれエッチな誘い!?いて!!」
驚く深雪にチョップをかます。
「アホ。いいから乗れって。」
「こ、こう?」
戸惑いながら俺の膝に座った深雪の背と頭に腕を回し自分の方に抱え込む。
目は光が見えないよう、耳は雷鳴を大きく聞かずに済むよう、しっかりと深雪の顔を俺の肩に埋めさせ、俺の手で耳を塞いだ。
「どう?」
「やっぱりエッチじゃん!」
「おまえな…頭ン中エロいことばっかかよ。」
呆れて問うと深雪は狼狽えて否定する。
「ち、ちがうよ。そんなわけないじゃん。」
「違わないだろ、耳年増が。」
「だって!」
深雪がぎゅうと俺の背中に手をまわす。
「ユカラとこんな体勢で二人っきりでいるんだから…仕方ないじゃん。言わせんなよバカ!」
深雪の顔が熱くなっていることが、耳を抑えている手から伝わってくる。
「雷が怖いんじゃなかったのかよ。」
「怖いよ…怖いけど、雷のことなんてどうでも良くなっちゃうくらい、こっちは今の体勢にドキドキしてるんだからね。」
「意図とは違ってたけど結果的に俺の求めていた状態になったようで何よりだ。」
その時、再び落雷でピシャンと大きな音が聞こえる。
深雪は悲鳴こそあげなかったが身体を強張らせた。
「…マジで雷どころじゃなくしてやろうか?」
「はへ?」
間の抜けた返事をイエスと受け取り、深雪の耳を啄みながら服の中に手を入れ背中を撫でる。
「ひゃっ!ちょ待てよ!が、学校だよ!」
「深雪のエロ脳に最適なシチュエーションだろ。」
「人を変態みたいに言わな…ふ、ぅんっ!や、く、くすぐったい、耳…くっ…ん…」
「どうくすぐったいの?」
「どうって…耳から、首まで、ぞわぞわって…」
はぁっと吐息混じりに答える深雪の背中から上へと手を滑らせ深雪の服を捲くりあげる。
「暗闇で見えねえ。」
「見られても良い下着じゃない…ユニク■の1980円のやつで…」
慌てながらどうでもいいことを言う深雪を雷光が照らす。
その一瞬で色気のない下着が見えた。
「色気がないからコレをとっとと外す。」
「あっ、だ、駄目、いや駄目じゃないけど、駄目かもしれない、やっぱり駄目でもない!」
「ちょっとおまえ黙ってろ。」
「唇塞がれちゃうやつだ!?」
深雪が完全にてんぱったところで、ぱっと視界がクリアになる。
俺の目の前には、服を捲くりあげられ下着を顕にし顔を真赤に染めた深雪が居た。
「電気ついたな。」
「そ、そうだね!?」
「じゃあよく見えるしコレとるよ。」
「ユカラ!内線!」
ブラに手をかけたが深雪に手を抑えられる。
「あん?いやなのかよ。」
「違うよ!い、嫌なわけないし。だけど次にまた停電になったらホントに帰れなくなって泊まりだよ!そんで朝に発見されて噂にあらゆるヒレがついて私は教師をクビになってユカラだって退学になるかもしれないんだよ!」
一気に捲し立て深雪がはぁはぁと息を切らす。
「……………チッ、分かったよ。」
舌打ちしながら深雪の服をおろす。
深雪が俺の膝から降り大きくはーっと息を吐き脱力した。
深呼吸した後に内線を使うとすぐに鍵を持った教師が現れ俺達は無事に車に乗り込むことができた。
運転しながら深雪がぽそっとつぶやく。
「…あのさ、ホントに嫌だったんじゃなくて、理性が勝たなきゃいけない時だったっていうか…」
「………………。」
「その、ちゃんと落ち着ける時にだったら、続きもやぶさかではない的な?」
「………………。」
「ねぇユカラ、怒ってんの?…え!?笑ってる!?」
黙っている俺の顔を、赤信号で停止したタイミングでチラッと見た深雪が驚く。
いやだってさ…
「続きもやぶさかではない…」
妙にツボった言葉を笑いながら反芻する。
うっと言葉に詰まった深雪だが、運転席の窓の方に顔を向けつぶやく。
「……変な言い方したけど、ほんとのことだから。」
「俺も続き、やぶさかではないよ。」
「流行るなよユカラのアホぉ!」
雷雨の帰路だったが、そこからは大使館に着くまでずっとにぎやかな車内だった。