
頬を叩かれた。
それはダメ。と。
ずきんと頬が痛む。
ああ、そうだ。そうだった。
・・・
この子は、このいい子は私じゃない『紗織』と呼ばれる子を助けたいんだった。
ねがい
私の呪詛を認めるハズなんでない。
「結局、結局そうだ、結局私のことなん――」
あれ?
「痛、あれ、これ痛い」
なんか頬がめっちゃ痛い。あのビンタめっちゃ痛い!!
「――ちょ、あ、ごめん、凄い頬痛い。タンマ! 二分、二分だけ、待って!!」
喧嘩を売ろうとした相手に痛みを耐える時間を懇願するという間抜けな私に、少女当たり前のようにこくりと頷いた。
「いーよ」
何この子めっちゃ優しい。
///
――閑話休題――。
///
「ん、じゃあ、続き、どうぞ」
「ありがと。……ああ、やりづらいなぁ!!」
異常に痩せ細った少女は、頭を掻きながら立ち上がる。
頬を叩かれた時に生まれた妬みや怒りは、瞬発性の高いモノだ。頬の痛みが鎮まるまでしっかり三分間。時間を置くことによって、「八つ当たり」という現実を否が応でも客観的に感じてしまう。
「でも――」
ゆっくりと、深呼吸をする。
「――私と、きみは、きっと敵同士なんだね」
羨望と、諦めと、嫉妬と、自棄と、色々な感情が心の中を蠢いている。
ソレをしたという記憶も自覚もなかった。だが、幼い少女と話して、己の心を問うて彼女は気付いたのだ。
――私は、恵まれた私を殺し、今も殺そうとしているのだ――。
と。
一度気付けば、それはもう止まれなかった。
それを救おうとするこの幼い少女が許せない。そんな感情を抱いたのは嘘ではない。
そして相対する少女も応えるように、言葉を口にした。
「紗織おねーちゃんに、私が好きな人に、害を為す、なら、それは、私の、敵」
ずきんと。彼女の心が痛む。
この僅かの邂逅の中で得た温かい筈のモノが彼女を苛んでいく。
だがそれは分かっていたこと。無理矢理に飲み込み、嫉妬と羨望だけで並行世界の己を呪った自分への力とする。
「じゃあ、君を」
「ユーキ。そう、呼んでね」
「――――――!」
端的に名前を告げられ、平静を装っていた彼女の表情は歪む。
それは泣きそうな、怒りにかられた、それでいてナニカを求めた言葉にならない表情だった。
金髪奇襲。
そんな名前で呼ばれ続けた少女の感情が爆発した瞬間、世界は赤く染まった。
///
この空間は、『全て』が存在して『全て』が存在しない場所。故に、何もないと思えば何かがあると思えば存在する。
・・・・・・・・・・
それが在ると信じる事さえできれば。
人は、荒唐無稽な事を信じることができない。
誰かが観測してくれなければ信じられない。
リアリティがなければ信じられない。
そこに記録がなければ信じられない。
経験がなければ信じられない。
だからもし孤独にこの空間に人が一人放り込まれれば、「己という存在」を消失して消えてしまうだろう。
そんな空間で、金髪奇襲という少女の意志のみで生まれた『赤い世界』。それは前向きなものでは決してなかった。
・・・
彼女の過去と、彼女の『誰も助けてくれなかった』という絶望。そして幸せになれた並行世界への羨望。
それらが彼女のリアリティや固定概念を吹き飛ばし、この空間を侵したのだ。
そんな世界で振るわれる彼女のチャクラムは絶対死を纏った概念の得物だ。
そして、ユーキを襲うのは彼女だけではなく、この世界そのものとなっていた。
避けるユーキの足元はぬかるみ。
避けるユーキを惑わすように霧が生まれ。
避けるユーキを阻むように廃墟が突如生まれる。
先ほどと同じようにチャクラムを受けようとして振るった木刀は既に両断された。
惜しげもなく手元に残った柄をチャクラムにぶつけて逃げるユーキは――
「すごい!」
――左目を桃色に輝かせ、その口元を笑みの形に歪めてチャクラムを必死で避けていた。
時には足元の正体不明のぬかるみに、汚れも気にせずに手を浸してしゃがみ込み。
時には直感だけで死角から襲い来るチャクラムを側転して躱し。
時には突如生えた建築物を足場に跳び。
時にはただただ全力で跳び跳ねて。
・・・
この世界全てが殺しにかかっているというのに、ユーキは笑って避けていた。
そこに黒い短剣の力は関与していない。
黒い短剣の力をを行使するほどの暇もないし、そもそも使う気がユーキになかった。
相対する金髪の少女はこの場にいる。
建築物やチャクラムに阻まれて遥か遠く。だが、そこれは物理的に殴れる場所にいる。
ひっぱたかなくちゃ
――なら、私自身が殴らなくちゃいけない――。
黒い短剣の悲鳴が聞こえたような気がしたが、ユーキは気にも留めず回避運動を続け、その身は気付けば斜めに生えた廃墟の中腹を駆けていた。
ユーキの脳裏に、自身の直感と経験が『これ』は罠だと警告をするも、現実的にこうしなければチャクラムの餌食になっていた。つまりは、追い込まれたのだ。
今一度、攻撃を躱すために廃墟を蹴り、ユーキが身を翻したそんな時だった。
「――これで、終わり」
金髪奇襲の声と共に、突如として廃墟は消失した。
突如足場を失ったユーキは、あとはただ重力に任せて堕ちるしかない。
それをチャクラムで仕留める事など、金髪奇襲にとっては容易い事で。
涙を流していた事など、当人は気付くこともなく、ただそのチャクラムを放った。
//
「――――え?」
それを見て、彼女は呆けた。
紅に染まった薄暗い陰鬱な世界だったはずのその空間に、光が差していた。
チャクラムを、ユーキが苦し紛れに黒い短刀で弾いたのは別にいい。
だが、その背後に見えるものは金髪奇襲に戸惑いを抱かせていた。
――そんなものが、あるはずがない――。
何故ならそこは彼女が支配した、彼女の中の絶望に染まった世界。
・・・・・
そこを照らすものなどある筈がない。
――なのに――。
空に、空中を翻るユーキの背に聳える満月は、紅の世界を優しく照らしていた。

[860 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[431 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[492 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[171 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[369 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[274 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[193 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[134 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[47 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[116 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[1 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[24 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[72 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
暗い部屋のなか、不気味な仮面が浮かび出る。
マッドスマイル
乱れた長い黒緑色の髪。
両手に紅いナイフを持ち、
猟奇的な笑顔の仮面をつけている。
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マッドスマイル 「――世界の境界を破り歩いてはその世界の胎児1人を自らの分身と化し、 世界をマーキングしてゆく造られしもの、アダムス。」 |
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マッドスマイル 「アダムスのワールドスワップが発動すると分身のうち1人に能力の一部が与えられる。 同時にその世界がスワップ元として選ばれる。スワップ先はランダム――」 |
女性の声で、何かが語られる。
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マッドスマイル 「・・・・・妨害できないようね、分身。」 |
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マッドスマイル 「私のような欠陥品でも、君の役に立てるようだ。アダムス。」 |
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マッドスマイル 「・・・此処にいるんでしょ、迎えに行く。 私の力は覚えてる?だから安心してね、命の源晶も十分集めてある。」 |
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マッドスマイル 「これが聞こえていたらいいけれど・・・・・可能性は低そうね。」 |
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マッドスマイル 「絶対に、見つけてみせる。」 |
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マッドスマイル 「そして聞こえているだろう、貴方たちへ。 わけのわからないことを聞かせてごめんなさい。」 |
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マッドスマイル 「私はロストだけど、私という性質から、他のロストより多くの行動を選ぶことができる。」 |
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マッドスマイル 「私の願いは、アダムスの発見と・・・・・破壊。 願いが叶ったら、ワールドスワップが無かったことになる・・・はず。」 |
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マッドスマイル 「・・・これってほとんどイバラシティへの加勢よね。 勝負ならズルいけど、あいにく私には関係ないから。」 |
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マッドスマイル 「アダムスは深緑色の髪で、赤い瞳の小さな女の子。 赤い服が好きだけど、今はどうかな・・・・・名前を呼べばきっと反応するわ。」 |
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マッドスマイル 「それじゃ・・・・・よろしく。」 |
チャットが閉じられる――