
フェデルタはゆらりとのぼる煙をぼんやりと眺めている。
紫煙を燻らせる事に気を揉むことがほんの少しだけ減った。
協力者との関係で迦楼羅とグノウとわかれて挑んだ守護者との戦い、こちらは無事に突破したが向こうは堅牢な守りに攻めあぐねてしまったらしい。
暫くは別行動を余儀無くなる。これについては、勝手な行動と批判されることは無いと思いたい。
一応、通信で状況くらいは把握出来るが。
「……はあ、」
時間にして15時間。半日以上あれやこれやと翻弄されている。そろそろ、もう少し自分達の為に行動する必要があるだろうか。
煙草を短くしながら、視線を巡らせていると一人と目があった。かと、思えば相手は笑顔で軽く手を振ってくるので、片手をあげて応えた。
ノジコ、と呼んでいる少女はCrosse+Roseでずっと話をしている相手だった。
感受性が高く物怖じもしない、くるくると表情を変えながら話す様は、見た目以上に子供っぽく感じる事も多い。
不思議な魅力のあるこの少女にフェデルタはなんとなく興味があった。
異能はあれど、吉野俊彦を通じて見るイバラシティは平和な場所だ。存在をかけた戦いに順応するのは難しいだろうと、フェデルタは思っていた。
だからこそ、彼女が守護者と戦う前に訪ねた。戦う事についてを。
「……え、大丈夫? 戦いとか、出来るのかよ」
守護者に負ければ足止めになってしまう。だから、フェデルタがイメージしてたのはそれなりの手練れの姿だ。
しかし現実は喧嘩とも無縁そうな一般少女で、ハザマにいる時点で戦闘行為と無縁ではなかったと思いつつも、思わず疑問が口をついて出た。
「大丈夫大丈夫!わたしだって異能は使えるし、実際今までもハザマでやってこれたしねっ!」
帰ってきた第一声は想像してた通りだった。けど、それだけで大丈夫といえるのか、と続く疑問を口にする前にノジコは、ハッと表情を変えた。
「あっいやでもおじさんたちの『だいじょーぶ』のレベルと、わたしたちのだいじょうぶのレベルが違っている可能性、あったりしちゃう……!? あ、あれ!? これって大丈夫なのカナ……!?」
先程までの自信たっぷりの様子があっという間にどっかに消えて不安げになっていく。見てて飽きないな、と思う反面こういった相手に対してどうやって接するのが正解かというのをフェデルタはいまいちわかっていなかった。
「ノジコちゃん、とりあえず事実だけでも伝えてみたら?」
そこでフォローに入ってきたのは、ノジコと一緒のハザマを進んでいる相棒の"自転車"だ。ノジコにいさめるような言葉をかけると、ひとりでにハンドル部分がくい、と曲がってフェデルタに向く。
「えーと、僕らは戦闘訓練も何も受けた事のない、かわいい一般市民と一般自転車なんだけど、何回か決闘のマッチングはしたことあるし、まあそれでピンピンしてる程度には大丈夫大丈夫~」
「あ~……そういう感じっ! です! でも、そうやって気にかけてもらえたのはすっごく嬉しかったわ!」
欲しかった答えは自転車がほぼ出してくれた。
ここまで無事にいれたのは運がよかった可能性もあるし、ワールドスワップの影響もあるかもしれない。けれど、一般人と一般自転車にすれば、確かに及第点か、と納得しつつ無意識にタバコに手を伸ばしていた事に気付いて、手を止めた。すっかり人前で吸うのを遠慮する癖がついたらしい。
「……まあ、お前らが大丈夫っつーなら、大丈夫なんだろうけどよ……その、急にこんな場所で戦えって言われて、怖いとかねえのかよ」
次に浮かんだのは純粋な疑問だ。戦闘訓練もしていない一般市民が、突然よくわからない生き物やら守護者とかいう相手と戦う事への恐怖心。未知なる恐怖もあるが、攻撃されれば当然痛いし怪我もする。回復の手段があるとしても、そこに対して恐怖はないのだろうか、と。
「うーん、そう聞かれちゃうとなあ~……えっとえっと」
「……」
困ったような雰囲気でノジコが返す言葉を考えているのをフェデルタは黙って見ていた。
「コワイとか、悩んじゃう部分もあると思うんだけど、でも……」
「でも?」
「前にもおじさんに話したみたいに、わたしたちすごく不思議な体験をしてると思うの! 視るものだって色々あるし、それ自体はすっごく楽しくて、ワクワクしちゃうっ! それこそ、こんな面白い世界のことを、イバラシティに戻ったら全部忘れちゃうなんてもったいないカモ……って思うくらい」
すらすらとノジコの口から出てくる言葉にフェデルタはぱちり、と瞬きをした。彼女が今、この状況を本当に楽しいと感じているという事はフェデルタの感覚でいうと正直理解はあまりできない。ただ、それに対して忌避感がある訳でもなく単純に驚きが勝っている。
「うーんだから、こわごわと、わくわくが、ちょうど良く喧嘩してるくらいのカンジ……かしらっ? つまりこれって大冒険だわだわっ!」
キラキラという形容詞が似合う程に楽し気に話すノジコの姿に、フェデルタは少しだけ聴く相手を間違った気がしていた。彼女は確かに一般市民だが、その感覚やメンタル面は恐らく一般市民より強い気がする。感受性が高く、物怖じしないといった印象は間違いなかったのだろうけど、想像以上だったともいえる。
「冒険はねっ、やっぱりちょびっとだけコワイことに挑むから、冒険だと思うのっ♪ みんなで力を合わせて世界を救うなんて、ホントのお話の中のことみたいだと思わないっ!?」
「……今の所、救える予定経ってないけどな」
更新される情報を見る限りではイバラシティはずっと劣勢だ。ノジコも自覚はあるらしく、そうなんだケド、と眉を下げた。そこから、すう、とゆっくり息を吸えば纏っている空気が少しかわった。
「でも……。わたしがそうでも、みんなはそうじゃないかもしれない」
静かに告げられた言葉にフェデルタは目を細める。ノジコは、そうじゃない誰かを思うように赤い空を軽く見上げた。
「すっごく怖い思いをしながら戦っている人たちもいるかもしれないし、なにかな……。わたしが戦うことそのものよりも、そういう人たちが、今も心をきゅうきゅうさせてるかもしれないことの方が、ずっと怖くて、悲しく感じちゃうカモって……わたしそう思うの」
「長い~~~~~~~~~~~~~~~~」
自転車がうーん、と唸っているというのが何故か見てわかる。不思議なものだと思いつつ一瞥して、改めてノジコに視線を向けた。
自分よりも、人を思う事をこの少女は自然に出来ている。そして、それが彼女の強さになっている。それはフェデルタが望んでも、手に入れられないものだった。だから、とても羨ましく感じる。
「……強いな、お前は」
「え?」
「……なんでもねえ」
「……? あっだからね! わたしは倍がんばっちゃお~! って思うし、全然平気!」
「わかったよ。……ありがとな」
「……一服の余韻も持たせてくれねえのかよ」
煙草がひとつ灰になる。吹き抜ける風が灰を飛ばし、気配を運ぶ。
あれだけ会わなかった侵略者側からどうやら目をつけられたらしい。溜息ひとつ吐いて、軽く伸びをした。
自分はいつもそうだった。出来事ではなく、そこに関わる人に意味を見出す。きっと、そういう性格なのだろうとようやく理解した。
地面を踏みしめれば土埃と一緒に火の粉が舞う。気配の主をねめつけるその瞳の奥に、炎がひとつ揺らめいた。

[860 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[431 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[492 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[171 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[369 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[274 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[193 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[134 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[47 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[116 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[1 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[24 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[72 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
暗い部屋のなか、不気味な仮面が浮かび出る。
マッドスマイル
乱れた長い黒緑色の髪。
両手に紅いナイフを持ち、
猟奇的な笑顔の仮面をつけている。
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マッドスマイル 「――世界の境界を破り歩いてはその世界の胎児1人を自らの分身と化し、 世界をマーキングしてゆく造られしもの、アダムス。」 |
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マッドスマイル 「アダムスのワールドスワップが発動すると分身のうち1人に能力の一部が与えられる。 同時にその世界がスワップ元として選ばれる。スワップ先はランダム――」 |
女性の声で、何かが語られる。
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マッドスマイル 「・・・・・妨害できないようね、分身。」 |
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マッドスマイル 「私のような欠陥品でも、君の役に立てるようだ。アダムス。」 |
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マッドスマイル 「・・・此処にいるんでしょ、迎えに行く。 私の力は覚えてる?だから安心してね、命の源晶も十分集めてある。」 |
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マッドスマイル 「これが聞こえていたらいいけれど・・・・・可能性は低そうね。」 |
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マッドスマイル 「絶対に、見つけてみせる。」 |
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マッドスマイル 「そして聞こえているだろう、貴方たちへ。 わけのわからないことを聞かせてごめんなさい。」 |
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マッドスマイル 「私はロストだけど、私という性質から、他のロストより多くの行動を選ぶことができる。」 |
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マッドスマイル 「私の願いは、アダムスの発見と・・・・・破壊。 願いが叶ったら、ワールドスワップが無かったことになる・・・はず。」 |
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マッドスマイル 「・・・これってほとんどイバラシティへの加勢よね。 勝負ならズルいけど、あいにく私には関係ないから。」 |
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マッドスマイル 「アダムスは深緑色の髪で、赤い瞳の小さな女の子。 赤い服が好きだけど、今はどうかな・・・・・名前を呼べばきっと反応するわ。」 |
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マッドスマイル 「それじゃ・・・・・よろしく。」 |
チャットが閉じられる――