
くららという名前は、くららが自分で決めたものだ。
くららを拾った斑目水緒は、水槽の前にたくさんの名前を書いた紙をかざして、好きなものを選べと言った。
くららはその中から、自分の意思でこの名前を選び取った。
くららが覚えている数少ない記憶のひとつ、かつて呼ばれていた名前がそれだったからだ。
***
くららは、かつて女子高生という生き物だった。
イバラシティの、偏差値で言うと下から数えた方が早いような高校に通うギャルだった。
別に地頭が悪いわけではなかったのだが、何故もっと上の高校を目指さなかったのかは、ぶっちゃけ覚えていない。
多分友人と同じ高校を選んだとかそんな理由だろう。その友人のことすらよく覚えていないため、真相は最早誰にもわからない。
くららの異能は、周囲にくらら自身を別種の生き物と認識させる、認識操作系のものだった。
悪戯好きなくららは時折異能を使い、同級生や教師を驚かして遊んでいた。
認識操作の効果はくららが異能を解除するか、相手に噛みつくかした時に切れる。ので、目の前まで近付いてから解除したり、親しい友人にはちょっと噛みついてやったりした。
この異能は認識操作系の中でも高度なもので、発動中は周囲の人間の視覚だけでなく五感全てを書き換え、触った感触や大きさまで『そこにいるのは人間ではなく、その生き物であると認識させる』ものだった。効果の大きさ故か異能を使うとかなり疲れてしまっていたが、くららは特に気にしなかった。
くららにとって異能はちょっと人を脅かして楽しむもので、ごく僅かな時間使えれば十分だったからだ。
高校生になってもその"遊び"をやめることはなく、特にお気に入りなのは夏場にヒョウモンダコに"変身"することだった。
何故ヒョウモンダコかといえば、模様が綺麗でカワイイから。
ネイルやヘアピンもヒョウモンダコ柄にするほど、くららは黄色に鮮やかな青の豹紋柄を気に入っていた。
異能を使って人をからかうのが好きな、ごく普通の女子高生。
その日常は、異能の暴走によって一変した。
ある夏の日。
いつものように友人達と浜辺で遊んでいたくららは、異能を使ってヒョウモンダコに"変身"した。友人達が目を離した隙に後ろから忍び寄り、一人の脚に噛みついた。
「いったァい! もー、またくららでしょ!?」
「ほんとしょーがないんだからぁ」
友人達は慣れたもので、笑いながら悲鳴の上がった方を振り返り――
一斉にその表情が凍りついた。
噛まれた少女の足元にいたのは、悪戯好きの友人ではなく、一匹のヒョウモンダコだったのだ。
***
いつもやっていることのはずだった。
もしかしたら、少しだけいつもより長く異能を使っていたのかもしれないが、無理をしたという感覚はなかった。
それなのに、突然視界が揺れるような眩暈がくららを襲った。
くらりとした感覚は一瞬だけで、すぐに意識は戻った。
何故だか息苦しいような気がして、ぱくぱくと口で息を吸おうとして、噎せた。
うまく、息が吸えない。
それから先のことは、断片的にしか覚えていない。
どんな顔をしていたかも最早思い出せない友人達の、悲鳴を上げて逃げていく後ろ姿。
悲鳴を聞きつけてやって来た警備員の、「ヒョウモンダコだ」という声。
くららは呆然としていた。
噛みついたら解除されるはずの認識操作が、解けない。
意識して解こうとしても、どうやら解けない。
その場にいる全員が、くららをヒョウモンダコとして扱った。
くららは確かにここにいるのに、大勢の大人達が行方不明になったくららという女子高生を探していた。
「わたしはここにいる」「くららはここにいる」といくら叫んでも、その声は誰にも届かなかった。
とにかく家に帰ろうとして、海から上がって歩いた。
そうして歩いているうちに、皮膚が乾いていることに気付いた。
――戻らないと、干からびてしまう。
そう思って、強烈な違和感に眩暈がした。
人間の皮膚が乾いているのは当たり前だ。
寧ろ、濡れていたことを不快に思わず歩いていたのがおかしいのに。
そこで初めて、くららは自分の手を見た。
鮮やかな豹紋が目に飛び込んできて、くららは意識を失った――
***
次に気がついた時、くららは海の中を漂っていた。
自力で海に入ったのか、誰かが海に戻してくれたのか。
わからないがとにかく海の中にいて、そのことに安堵していた。
きっともう、陸の上では生きていけないのだと、それだけは確信があった。
自分でも気付かないまま負荷の高い異能を使い続けて、ある時限度を超えてしまった。
それこそコップの縁から水が溢れるように。
そうして零れたものは、もう戻らない。
恐らくは、そういうことなのだろう。
暴走した異能はくららに対する認識全てを書き換えてしまった。
人。空気。海。ありとあらゆる物質。
今やこの世界の全てのものが、くららを一匹のヒョウモンダコとして認識していた。
声が人に届かないのは当然だし、人を死に至らしめる毒だって持っている。
今のくららは、そういうものだからだ。
そして書き換えられてしまった認識を元に戻すことは、くららにはできない。
何度試しても自分の意志で異能を解除することはできなかったし、噛みついて解除する方法も使えない。今のくららは、猛毒を持つ蛸なのだから。
一度だけ、誤って人を噛んだことがある。
不運な青年は息が止まる前に、確かにくららを見た。
小さなヒョウモンダコではない、今のくららの姿を。
彼の目を見て、くららは僅かに期待したのだ。
もしかしたら、自分の本当の姿を見てくれる人が現れたのかもしれないと、ほんの少しだけ。
彼が死んでしまった時、それほど動揺はしなかった。
悪いことをしたな。と、残念だな。が半々。それだけだ。
その頃にはもう、物事の判断基準もかなり人からは外れてしまっていたのだろう。
斑目水緒に拾われていなかったら、人の言葉や文化も忘れていたのかもしれない。
結論から言うと、斑目水緒はくららに噛まれても死ななかった。そういう異能であるらしい。
だから、彼にはくららが本来の大きさに見えている。
異能の影響が自身の認識にまで及んだせいで、今のくららの肌は黄色に青い斑模様だし、髪は触手のようにうねっている。
斑目水緒には、くららはそのように見えているはずなのに。異形の姿を彼はどうしてか普通に受け入れている。
くららに事情を説明することはできないから、斑目水緒はくららが人間だったことは知らないだろう。
運ばれた場所が大学の研究室らしいとわかった時は、研究対象にされるのかと身構えたが、どうやらそうでもない。観察はしているのかもしれないが、彼の姿勢はどちらかと言うとベタベタに甘やかす飼い主のそれだ。
正直鬱陶しさの方が勝るのだが、それでも。
くららから見た斑目水緒は、保護者であり、家主であり、いないと困る人間で。
この世で唯一、本当の自分を見てくれる人間だ。
だからこそ、研究室にあの大曲とかいう男が訪ねてきた時も、くららは様子がおかしいと見るや飛び出して、躊躇なく噛みついた。
恐らく男は死ぬだろうと思ってそうしたし、噛みついたことで自分の本当の姿が見えてしまったとしても、どうせ死ぬから問題ないと判断した。
そうしてしまってから、もしかして殺すのはまずかったかもしれない、と一拍遅れて思ったが。
結果的に男は姿を消し(多分異能だろう)、その生死はわからなくなった。気にはなるが、水槽から出て長く活動できないくららにはそれ以上確かめようもない。
だからこそ、もしももう一度あの男が訪ねてくることがあったならば。
今度こそ息の根を止めるしかない。
くららは何だかんだ今の生活を割と気に入っているのだ。
故に、それを壊そうとするものは排除する。
イバラシティにあっても――ハザマにあっても。
くらら
ごく普通の女子高生だった少女。
異能:"あなたに見えるわたしを信じて"
(トリック・ミミック・ハルシネーション)

[852 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[422 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[483 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[161 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[354 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[251 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[182 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[118 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[44 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[111 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
―― Cross+Roseに映し出される。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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エディアン 「・・・・・・・・・うわぁ。」 |
Cross+Rose越しにどこかの様子を見ているエディアン。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
ノウレット
ショートの金髪に橙色の瞳の少女。
ボクシンググローブを付け、カンガルー風の仮装をしている。やたらと動き、やたらと騒ぐ。
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ノウレット 「こんちゃーっすエディアンさん!お元気っすかー??」 |
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白南海 「・・・・・・チッ」 |
元気よくチャットに入り込むノウレットと、少し機嫌の悪そうな白南海。
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エディアン 「あ、えっと、どうしました?・・・突然。」 |
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白南海 「ん、取り込み中だったか。」 |
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エディアン 「いえいえいえいえいえー!!なーんでもないでーす!!!!」 |
見ていた何かをサッと消す。
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エディアン 「・・・・・それで、何の用です?」 |
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白南海 「ん・・・・・ぁー・・・・・クソ妖精がな・・・」 |
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ノウレット 「コイツがワカワカドコドコうるせぇんでワカなんていませんって教えたんすわ!」 |
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「・・・何かノウレットちゃん、様子おかしくないです?」 |
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白南海 「ちょいちょい話してたら・・・・・・何かこうなった。」 |
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エディアン 「え・・・・・口調を覚えたりしちゃうんですかこの子。てゆか、ちょいちょい話してたんですか。」 |
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ノウレット 「問い合わせ含め58回ってところっすね!!!!」 |
ノウレットにゲンコツする白南海。
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ノウレット 「ひいぅ!!」 |
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白南海 「いやそこはいいとしてだ・・・・・若がいねぇーっつーんだよこのクソ妖精がよぉ。」 |
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エディアン 「そんなこと、名前で検索すればわかるんじゃ?」 |
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白南海 「検索・・・・・そういうのあんのかやっぱ。教えてくれ。」 |
検索方法をエディアンに教わり、若を検索してみる。
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白南海 「――やっぱいねぇのかよ!」 |
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ノウレット 「ほらー!!言ったとおりじゃねーっすかー!!!!」 |
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白南海 「だぁーまぁー・・・れ。」 |
ノウレットにゲンコツ。
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ノウレット 「ひいぅぅ!!・・・・・また、なぐられた・・・・・うぅ・・・」 |
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エディアン 「システムだからっていじめないでくださいよぉ、かわいそうでしょ!!」 |
ノウレットの頭を優しく撫でるエディアン。
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エディアン 「ノウレットちゃんに聞いたんなら、結果はそりゃ一緒でしょうねぇ。 そもそも我々からの連絡を受けた者しかハザマには呼ばれないわけですし。」 |
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白南海 「・・・・・ぇ、そうなん・・・?」 |
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エディアン 「忘れたんです?貴方よくそれで案内役なんて・・・・・」 |
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エディアン 「あー、あと名前で引っ掛からないんなら、若さんアンジニティって可能性も?」 |
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エディアン 「そしたらこちらのお仲間ですねぇ!ザンネーン!!」 |
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白南海 「・・・・・ふざけたこと言ってんじゃねーぞ。」 |
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白南海 「まぁいねぇのは寂しいっすけどイバラシティで楽しくやってるってことっすねー!! それはそれで若が幸せってなもんで私も幸せってなもんで!」 |
こっそりと、Cross+Rose越しに再びどこかの様子を見るエディアン。
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エディアン 「さてあいつめ・・・・・どうしたものか。」 |
チャットが閉じられる――