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透 In principio erat Verbum. 「はじめに言葉ありき」 |
旧き啓典の書き出しは、こんな言葉からはじまる。
神の言葉が世界を創った、という意味だ。
研究所の近くの街の教会で、日曜日のミサのあとに神父さまが教えてくれた。
この言葉には、大切な秘密が隠されている。
世界が言葉を創ったのではない。言葉が世界を創ったということ。
言葉が先で、世界が後だ。
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透 「世界があって、ヒトが生まれて、言葉が生まれた」 |
―――私もそう思っていたけれど、正しい順序はこう。
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透 「言葉があって、ヒトが生まれて、世界が生まれた」 |
言葉が私たちを人間にした。
ヒトなるものに定義を与えるとすれば、言葉を使うものがヒトだ。
現生人類であるホモ・サピエンスに属するかどうかは、あまり関係がない。必要条件ですらない。
姿かたちがまるっきり似ていなくてもいいのだと思う。
淡島ちゃんはメカメカしいロボだし、ニフパパはふさふさのネコチャンだ。
しらくちゃんは鯨で、かっちゃんもロボみたい。瀬織ちゃんはおっぱいがでっかいです。
それでもヒトだ。私たちと何ら変わりなく、同じ存在だと思う。
言葉は、私たちが手にした最初の魔術でもある。
言葉が世界にカタチを与えた。
人智による世界創造。はじまりの魔術だ。
未知なるものが溢れかえる原初の混沌に、私たちは言葉を当てはめていった。
知らないモノに出会えば、新しい言葉を与えた。
言葉を与えてしまえば、既知の言葉との親和性が生まれる。
たとえどんなに拙いものであれ、説明ができるようになるということだ。
言葉は混沌を駆逐した。混沌を司る無貌の神性は、耳目に代わる七孔を得て死んだ。
観察して推し測り、仮説を立てて検証し、やがては理解に至る。
ヒトはそうして、未知なるものへの畏怖を克服する術を得た。暗闇を掃う光を手にした。
言葉はそれ自体に繁殖能力があり、その生存圏たる言語空間に空白を残すことを許さない。
言葉は私たちに寄生し、進化を促し、今この時にも際限のない繁殖を続けている。
遥か昔に誰かが発した最初の一言こそ、もうひとつのミトコンドリア・イヴ。
私たちを人間たらしめ、世界を創った原初の魔術だ。
そして言葉は、人間を自由にもした。
私たちは居ながらにして、遠い異国で千年前に起きた事件のことを語り合える。
きっと一生出会うことのない、珍しい生き物のことを知ることができる。
江戸時代の絵師たちが自由闊達に空想の象を描いたように、言葉がヒトに翼を与えた。
世界最初の歴史家の一人、ミトレスのヘカタイオスは『世界を巡る旅』という書物を書いた。
自身の旅の経験や伝聞を集めて、世界各地に住む人々のことを言葉で記した。
ヘカタイオスはもう一つの代表作『系譜』の中で、神と人とをつないでみせた。
古代ローマの博物学者プリニウスは皇帝の側近でもあって、世界各地の総督を歴任した。
彼自身が超一流のコスモポリタンであっただけでなく、彼は世界中に協力者を得て言葉を集めた。
未知なるものに言葉を与え、
世界のすべてを言葉に変えようとした。
プリニウスの頭脳は世界帝国の最大版図さえも呑み込み、文字通りに世界を創造してみせた。
彼の言葉は世界そのもの。世界創造の大魔術。その偉大なる再演だった。
言葉の繁殖力の前には、時間や空間の隔たりはまるで意味をなさない。
それどころか、言葉は私たちに新たな繁殖方法を与えた。
meme
文化的遺伝子の媒介だ。
言葉は情報のプロトコルであって、言葉だけがココロに直に作用する。
私たちは想いや知識、経験を言葉に変えて、他の誰かに託すことができる。
事実に解釈を与え、自分なりのモノの見方を広めて、共感者を増やすことができる。
プリニウスの世界は古代ローマが滅びた後も受け継がれ、現代まで続く西洋文明の基盤となった。
そんな大げさなたとえでなくても、たくさんの先生たちの言葉が私自身を形づくった。
ヒトは自身の口で語り得るもの―――誰かから受け継いだ言葉でできている。
私にもパパとママがいて、そのまたパパとママにもご先祖様がいるのと同じように。
私たちの考えることは、むかし誰かが考えたこと。
言葉はつまり、肉体的な交合によらない繁殖行為を可能にした。
血縁によらない親子関係―――師弟の絆を生みだし、血縁関係の後付けさえも可能にした。
たとえばそう、パパがママに結婚してください!って言ったみたいに。
私たちは、言葉という魔術を使って自分自身を複製できる。
物語はつまり、文化的遺伝子の結晶体だ。人のココロを変性させる言葉のパッケージでもある。
神話や伝説は、人はどうあるべきか、という根源的な問いへの解答例として提示されてきた。
私たちは、言葉を介して世界に触れる。
言葉で知覚し、理解し、共感に至る。言葉は血液のように心を満たして循環している。
つまりは、このココロさえも言葉でできていると言っていいのかもしれない。
言葉の集成が物語であり、物語の集成が人間性の根源となる。
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透 「…………だとすれば、私の試みるべきは」 |
私を織りなす物語に、私なりの解釈を加えて託し続ける。
そうして、鮎喰透の文化的遺伝子を数限りなく埋め込みつづければ―――。
いつか終わりを迎えるはずの、この絆を永遠のものに変えられるかもしれない。
この試みは、誰にも読まれることのない千夜一夜の物語。
シェヘラザードが生き延びるためにそうしたように、私もおとぎ話を語ってみよう。
私たちは恐ろしい戦渦に巻き込まれていて、明日も無事でいられる保証なんてどこにもない。
いつ死んでしまうかもわからないところまで、同じでなくてもいいのだけれど。
私は彼女に、
白波白楽に物語を伝えることにした。
いつか私に、優しい誰かが―――これまでに出会った、たくさんの人々が語り聞かせてくれた様に。
この世界に生きた、全ての人から託された生命の歌。存在の証明。歴史の果実。歩みの軌跡。
私を織りなす色彩のひとひら。大切に思う言の葉で、君の花かごを満たせる様に。
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透 「親愛なるあなたへ。心からの愛をこめて」 |

[844 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[412 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[464 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[156 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[340 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[237 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[160 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[97 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[41 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[17 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
ぽつ・・・
ぽつ・・・
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
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白南海 「・・・・・ん?」 |
サァ・・・――
雨が降る。
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白南海 「結構降ってきやがったなぁ。・・・・・って、・・・なんだこいつぁ。」 |
よく見ると雨は赤黒く、やや重い。
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白南海 「・・・ッだあぁ!何だこりゃ!!服が汚れちまうだろうがッ!!」 |
急いで雨宿り先を探す白南海。
しかし服は色付かず、雨は物に当たると同時に赤い煙となり消える。
地面にも雨は溜まらず、赤い薄煙がゆらゆらと舞っている。
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白南海 「・・・・・。・・・・・きもちわるッ」 |
チャットが閉じられる――