
熾盛天晴学園(しじょうあまはらがくえん)高等部、通称ハレ高。
2年の担任の先生が臨時の長期休暇をとる事となった為に、非常勤教師として暫く化学の先生を務める事になってはや1週間。
ジェイド王国の教師資格で高校の授業も教えられるとはいえ、最低でも大学卒業の関係で22歳からしか教師になれない所に、教師歴2年の21歳の私が入って来たせいで学校でもちょっと騒ぎになったっぽい。
やれ飛び級だとか、天才少女(?)だとか学園に噂がたったらしく、普通に錬金アカデミー卒業しただけの私に変なプレッシャーかけるのはやめて欲しい。
さらに、奇しくもユカラやアズちゃん達のクラスの副担任まで頼まれてしまったので、必然的にユカラやアズちゃんと学校内で接する機会が増えるのだった。
学校で呼んでもらう名前は、本当はジェイド王国で名乗っているウルドが正しいのだけど、イバラシティだとちょっと浮いてしまうので佐藤深雪で呼んでもらう事に校長先生とは話をつけておいた。
佐藤って苗字はハレ高の教師にも多いらしく、名前で呼ばれる方がデフォとなったものの、ユカラやアズちゃんと話すときについついタメ口になってしまうので、なんか色々あって「みゆちゃん先生」が生徒達のニックネームになってしまったようだ。
(※詳しくはアズちゃんとユカラの前回の日記を参照のこと)
「いやあー、深雪先生も新任当初は緊張なされていたでしょー。少しは慣れましたか?」
職員室で小テストの問題を作っていると、隣の席で数学担当の太田(ふとだ)先生が、タオルで顔の汗を拭いながらニコニコと話しかけて来た。
太田先生は私よりちょっと年上の弾性……じゃなかった男性教師で、学生時代にバスケットボールの選抜に選ばれたとかいう本人の話からは想像できないぐらいの某バスケ漫画の安西先生な体格。
エアコンの温度は、私からしてもちょっと暑いかなぐらいのエコな温度設定なもんで、太田先生には暑すぎる温度なのだろうなあと拭う汗と、卓上扇風機のフル稼働がその様子を物語っている。
「そうですね。元々教師は経験があるので、すこし勝手は違いますけど大体慣れました」
手書きの小テスト作りを、珍しそうに覗き込む太田先生。
「おっと、そうでした!俺も教師歴としては3年程度ですから、深雪先生と同期みたいなものですね。はっはっは。先輩づらしてお恥ずかしい」
何か額押さえて照れてるので、愛想笑いで返しておいた。
「……ところで、センドウやジルフェと同居しているという話は本当なんですか?あっ、いや、うちのクラスの生徒達が噂をしてましてね、たまたま耳にしてしまっただけなんですが」
センドウとジルフェと言われて、一瞬誰の事なのかと呆けてしまったけど、ユカラとアズちゃんの苗字だよなと思いだしてコクリと頷いた。
「はい。元々私の都合でイバラシティに来る事になったので、センドウくんもジルフェさんもその応援で一緒に。でも、年齢的には学生だし高校に通った方が良いって話になりました」
「そうでしたか、だから住居が大使館なんですね。車で一緒に通学して来るのも納得です」
団扇をパタパタあおぎながら、私の話に相槌を打つ太田先生。
心なしか目が輝いてる様に見えたけど、今の話で何かいい事でもあったのだろうか。
「ということは、センドウとはあくまでも生徒と保護者の関係という事なんですね。安心したというかなんというか」
「うーん。いや、センドウくんとは幼馴染なので、保護者という方が体裁ですね。大使館に戻れば二人共成人扱いなので……その辺りの区別が曖昧になってしまうのは良くないなとは」
私の言葉にポトリと扇子を落とす太田先生。
ん、何か変な事言ったかな?言ってないよな?
自分の言葉を反芻しておかしくないか確認してみる。多分、変なことは言ってないはず。
「深雪先生……知ってるとは思いますが、校則以前に生徒と教師の交際はかなり危険ですよ、万が一があったら」
「は、何でそんな話に。万が一とは?」
「えっ、そういうお話なのかと。なんだ、びっくりした。あっ!この事は誰にも言いませんよ、俺口固いですから!」
団扇を拾い直して慌てて席につく太田先生。
「いや。まぁ、そうですね……誤解されるのは良くないので、学園内での二人への接し方については慎重にしようと思います」
小テストのコピーをとるために立ち上がると、なんか太田先生も教科書やプリントを抱えてついてきた。
「私はこれから授業ですけど、太田先生もですか?」
「ええ。丁度隣のクラスなので、途中まで一緒ですね」
何か行動を監視されてるみたいでやりづらいなあと思いつつも、一緒に教室に向かう事にした。
休み時間なので生徒達もまだ廊下でワイワイガヤガヤしているのだが、私と目が合うと挨拶をしてくれるのが律儀だった。
「みゆちゃん先生こんにちはー、太田先生もこんちわ」
すっかり例のあだ名が浸透したようで、最早訂正するのも疲れるので此方も挨拶を返す。
「こらぁ、お前らー!深雪先生に変なあだ名付けるんじゃないぞ」
太田先生が怒るので、私はびっくりして手をヒラヒラとさせる。
「太田先生、別に大丈夫ですよ。わたし的には結構気に入ってるし」
まぁ、そんな気に入ってる訳では無いけど、他に変なあだ名つくよりはいいし、赤縁眼鏡とか。
「そ、そうですか。分かりました。お前たち、年が近いからって深雪先生にあんまり馴れ馴れしくするなよ」
「えーっ。はーい」
不満そうな顔をしつつも、一応返事をする生徒達。
なんだろうなあ、太田先生の気遣いが疲れるんだけど。
そんな事を思いながら歩いてお互いの教室に入るために分かれると、ちょうど廊下でユカラとアズちゃんが話している姿が見えた。
なんか楽しそうに話している二人の姿が、とても青春してて私には眩しい。
「あっ、深雪ち……みゆちゃん先生来たよ」
私の姿に気づいたアズちゃんがニッコリと手を振る。
「ジルフェさん、センドウくん。そろそろチャイムが鳴るから、教室に戻る準備をしてね」
私がそう言うと、二人はきょとんとした顔をしてお互いに顔を見合わせていた。
「深雪、悪いもんでも食べたのかな?」
「違うよ、ユカラくん。きっと職員会議で何か言われたんだよ……いつもより元気なさそうだし」
変な心配をされてしまって、普段と違う呼び方だった事に気づくだった。
「いや、まだ昼休み前だし変なものとか食わないから。アズさんも心配させちゃってごめんね、職員室での呼び方のままだった」
苦笑いする私に、アズちゃんがホッとした表情になった。
「そっか。それならいいけど、何か不安なことがあったら相談してね」
「深雪……先生も誰かに絡まれてるなら、俺が話つけとくよ」
ん、私のほうが心配される側になってんだけど?
「ありがとうアズさん。ホントに大丈夫なんで。あと、ユカラくんは何か物騒だからそういう言い方はやめなさい」
ぺしっと出席簿で頭を叩こうとすると、軽く避けられた。
こんなところでまで戦闘スキルを発揮するなよ。負けず嫌いか。
「分かった。深雪……先生にも事情があるんだろ。ここでは言われた通りにする」
おっ、何か素直に言うこと聞いたぞ。
大人になったなユカラ。
「宜しい。じゃあそろそろ教室に……」
私が言いかけると、ユカラが教室に戻る間際に耳元の近くで囁いた。
「大使館に戻ったら、その分は……覚えてなよ」
「なっ!?なにを!?」
私が慌てて叫んでしまって、アズちゃんがびっくりして駆け寄ってきた。
「先生、大丈夫?ユカラくん、何かびっくりさせたの?もー、後でちゃんと言っておくね」
「あっ、大丈夫、大丈夫……アズちゃんが心配する話じゃないから」
すっかり素になってしまった私は、一度深呼吸してから教室に入るのだった。
うおお、覚えてろよユカラのアホぉ。