
前回免許を無事……かどうかはさて置き、取得した私は車を買いに行くことにした。
自分の好みでも良いのだけど、ユカラやアズちゃんの通学にも使うので、皆で選んだほうが楽しいし二人も誘おう。
早速、休みの前日の夕飯時にユカラとアズちゃんに提案してみる事にした。
「明日さ、早速車を買うのにお店回ろうと思うんだけど、ユカラとアズちゃんも一緒にどうかな?」
「別にいいけど、俺とアズが付いていく意味あんの?」
「私も予定は無いからOKだよ。どんな車になるのか、一緒に選んだ方が楽しいんじゃ無いかな。通学でも乗せて行って貰えるんだし」
ユカラの質問にアズちゃんが私の答えを代弁してくれたので、うんうん頷いて肯定する。
「そっか。分かった、準備しておく。マグノリアは行かないの?」
「あっ、マグノリアちゃんも一緒にどうかな?来てくれるなら嬉しいけど!」
私の誘いに、マグノリアちゃんはニコニコとしつつも首を横に振った。
「お誘いありがとうございます、深雪様。私は車のことはよく分かりませんから、あまりお役に立てないとか思います。大人しくお留守番させていただきますね」
「そっか、残念。まぁぶっちゃけ、私含めてみんな車のことそんな知らないと思うんだけどねー」
マグノリアちゃんの気が変わってくれないかと、さり気なくひと押ししてみる。
「皆さんがお出かけしてる間、代わりに大使館のお仕事を済ませておきますね」
「うっ。マグノリアちゃん天使か……お土産買って帰るから、留守の間は宜しくね」
「はい、気をつけて行ってらっしゃいませ」
マグノリアちゃんは誘えなかったものの、ユカラとアズちゃんは来てくれる事になったのが嬉しい。
館長のロケットさんを連れて行くのも気が引けたので、一人で車を見に行くハメにならなくて安堵するのだった。
翌日。
朝食をみんなで食べたあと、早速近くの自動車販売店へ行ってみる。
「いらっしゃいませー、本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付のお姉さんの爽やかなスマイル。
「あっ、車を探してるんです。なんかこう、いい感じのやつを買いたいかなって」
「いい感じの車……ですか。取り敢えず担当者を呼びますので、そちらのソファーでお待ちください」
ゆったりしたソファーに案内されて、ユカラを中心にアズちゃんと私が隣に座る。
受付のお姉さんがお茶を持ってきたあと、担当の20代後半ぐらいのお兄さんが色んなパンフレットを持ってやって来た。
「いらっしゃいませ。いい感じの車をご購入希望との事ですが、お客様の主な用途などを教えて頂けますか?」
「ええと、この二人を通学で送るのにいい感じの車を探してて、何かありますかね?」
いい感じの車って自分で言っておいて、どんな車だよと内心ツッコミつつ担当さんに答えた。
「なるほど。それでは少し広め車内の方が宜しいですね。こちらのこれと、この辺りがお客様にオススメですが」
営業さんの話を聞いてるうちに、なんか売れ筋の人気のやつを買う話になっていた。
「決まったのはいいけど、これ俺とアズがいる意味あった?」
ユカラが責める訳でも無くポツリと呟く。
「私もあんまりよく分からなかったけど、一緒に車の色とか内の色も決められたから、きっと役に立ってるよ」
アズちゃんのフォローに、ユカラも「アズがそう言うなら」と納得した。
「それでは納車日ですが、人気車種なので2ヶ月待ちになりますね」
「えっ、すぐ乗れないんですか。そこに車ありますよね?」
私が近くにある試乗車とダッシュボードの上に書いてある車を指差すと、担当さんは困ったように苦笑いした。
「あれは試乗車ですので、売り物では無いんですよ。カラーも違いますし、オプション等も異なって云々」
色々説明を受けて、すぐ買えない事は変わらないという事は理解した。
「それなら人気のない車ならすぐ乗れるんじない。人気ない車はどれ?」
「こらぁ!なんて事を言うんだユカラは。すみません、すぐ乗れそうな車はありますか?」
担当さんにペコペコ頭を下げて聞くと、またまた苦笑いされてしまう。
「すみません。人気のない車種はその分あまり作ってないので、受注生産となりまして。早くて1ヶ月先になります」
「そ、そうですか。直ぐに車って買えないんですね。ちょっと出直して来ます」
その後、自動車販売店を幾つか回ってみたものの、やはりどこも受注生産らしく、1ヶ月は最低納車にかかるという答えばかりだった。
「まぢか、車ってすぐに買って乗れないだなんて……」
一度、喫茶店に入って作戦会議。
アズちゃんと私がコーヒーフロートを頼むとユカラも「じゃあそれで」というので、みんなしてコーヒーフロートを飲んでいる。
男なのにクリームソーダとかコーヒーフロートを頼んでも、別に恥ずかしくないタイプなんだなユカラは。
ユカラの周りの視線をあんまり気にしない所は、たまにトラブルの元になるけど、こういう時には強いなと思った。同じものを頼んでみんなで味わえる事は普通に嬉しいし。
「深雪ちゃん、今のスマフォで色々調べたら中古車屋さんなら早く納車できるみたいだよ」
「そんな板みたいなものを指で触るだけで、色々調べられるんだ?アズはすごいな」
「ユカラくんだって覚えればすぐにできるよ。SNSが使えるようになると便利だから、分からなかったら教えてあげるね」
「ありがとう。その時はお願いするよ」
二人のやりとりをニヤニヤと眺めていると、こっちの視線に気づいたアズちゃんが照れながらスマフォの画面を私に見せた。
「あっ、深雪ちゃん、これだよ」
教えてくれた中古車ショップは、イバラシティでもけっこう大きい所だった。
『すぐ乗れる。何でも揃う。カーショップコトノハ』
「何かドンキみたいなキャッチフレーズだけど、それだけ車が沢山揃ってるのかな。ここから近いみたいだし、覗いて来ようか?」
二人からもOKをもらったので、コーヒーフロートを飲み終えてから中古車屋さん『カーショップコトノハ』に向かうのだった。
中古車屋さんの店先にはあるわあるわ車が沢山。
なんか年式とか車の名前とか書いてあって、ダッシュボードの上に値の描かれたパネルが乗っかっている。
車の予算は大使館の公費から落ちるから値段は気にしなくても良いのだけど、お買い得!とか表示されてるとホイホイつられてしまいそうである。
「丸いのとか四角いのとか車がいっぱいだね。全部見て回ったら大変そう」
アズちゃんが呆気にとられた様に辺りを見回していると、ユカラが何か見つけたのか指を指した。
「あの車とかどう?クマが襲ってきても平気そうだし」
ユカラの指を指した先には何かパイプとか尖ったものとか付いていて、コンテナには錦鯉が描かれている所謂デコトラが置いてあった。
ちょっと待って、学校にデコトラで乗り込むとかロックすぎるだろ。
「いくらイバラシティが田舎でもクマは出ねーわ。いやまあシカとかイノシシは出るけどさ。それにトラックは、私の免許だと乗れないんだなー大きすぎて」
「そうなんだ?じゃあ通学で乗ってるバスも無理だね。ぶつかった時に負けないヤツがいいよ、アレとか」
と別の車を指差すと、海外のHの頭文字のついた巨大なジープ。
「おいおい、ハマーじゃねぇの。あれどう見ても車道はみ出すデカさじゃん。というか何でぶつかる事前提なの?私の運転が下手くそだって言いたい訳?」
「別に……強い車の方がカッコよく見えるから」
「ユカラはあーゆーのがカッコイイと思ってるのね。そうか、理解した」
とても男の子らしい理由だった。
何かトラクターとかダンプカーも好きそうだよな。でも通勤で流石に乗っていくのは、ゴツ過ぎて勘弁だぞ。
ユカラと私がやたらデカい車を見ながらあーだこーだ言ってる間に、アズちゃんは自分の好みの車があったみたいで「見つけたよー」と呼ぶ声が聞こえた。
アズちゃんが選んだ車は、パステルなカラーのスライドドア付きのワンボックスカー
かわいくて確かに便利そうだったけど、よく見ると売約済の札が付いていた。
「あっ、これかわいいかも……でも、売約済だね。先に買う予定のお客さんが居るみたい」
「そっかー。いいなって思ったんだけど……こっちも売約済?って書いてあるね」
似たような感じのワンボックスカーにもやはり売約済の文字。
やっぱり人気のある車種は売れちゃうんだなあ。車探しって実は結構難しいのでは?
いいと思ってもボディに傷があったり、内装が汚れていたりとなかなかちょうど良い感じの車が見つからない。
「ようこそ!カーショップコトノハへ!私は店長の御欠(おかき)と申します。どんな車をお探しですかな?」
オールバックに細目の黒いスーツを着た店員さんが、どこからともなく湧いて現れた。
あれっ、この人教習所に居た男の人じゃない?名前はちょっと違うけど。
「あっ、はい。なんかいい感じの車を探してるんですけど……かっこよくて、ちょっとかわいい感じの車はありませんかね?」
具体性に欠けた提案をする私に、御欠さんは両手を振り上げて高らかに笑う。何でだ?
「素晴しい!お客様にご希望にピッタリなスポーツ・ユーティリティ・スポーツが御座いますぞ!さぁさ、ご照覧あれ!」
案内された先には、大きなターンテーブルの上でウインカーをピカピカさせてる車がゆっくりと回っていた。
「本日入ってきた新古車でディーラーで試乗車として使われていた走行距離僅か5km!SUVのマニュアル6速車でございます!その名はCHR!(シーエイチアール)」
「わぁ、何だか凄そうだよ深雪ちゃん」
アズちゃんも興味深そうに、何かスタイリッシュな車をキラキラした目で見ている。
「CHRとはコンパクト・ハイ・ライダーの略……でありながら、クロスハッチ・ランナバウトの意味を持つ、都会派のお客様のなんかいい感じのニーズに答えた、何かいい感じのSUVとなっております!」
なんだこの人、トヨタの回し者か?
とはいえ確かにあまり見たことのない先進的なデザインだし、色合いは黄色でちょっとかわいいのに車は全体的にカッコイイ。
ついでに言えば、そんなに車は大きくないけど車高は高いから、運転するときに視界も操作性も良さそうだった。マニュアル6速というのも何かマニアックでいい感じかも知れない。
「見た目も強そうだし、良いんじゃない?深雪、これにしたら?」
ユカラも気に入ったっぽい。
アレコレ悩んでるといつになっても決まらないし、日記の文字数も残り500しかないし、更新日は今日までだし、締切の8時も近いのそろそろ決めないと日記が未完になってしまう。
「そうだね、これにする。あの、このHRVって車は直ぐに納車できますか?」
「HRV(エイチアールブイ)はホンダの車ですねぇー!CHRで宜しかったですかな?勿論納車も直ぐにいたしますぞー!」
「あっ、それ。そっちです。それなら、買いますこの車」
車の名前なんて、アルファベットばっかりでよく分かんねぇし。
何はともあれ、新しい車をようやく手に入れたのだった。
「深雪ちゃん、通学の時にみんなでこの車に乗って行くんだよね。一緒に通って学校で噂されたら恥ずかしくないかな?」
「何か今、好感度低いときの藤崎詩織みたいに聞こえた。人の噂も75日って言うし、誤解は解けると思うから何とかなるよ」
「アズと深雪に学校で何か言ってくるヤツが居たら、俺が話をつけておくよ」
ユカラが安心させる為にアズちゃんに言った台詞が寧ろ物騒だった。
「ちょっと、ユカラ!学校で暴力はダメだからね?停学になっちゃうよ」
「話をつけるだけだよ。こっちから先には手を出さない。それならいいだろ?」
「それならいいけど……学校ではちゃんとみんなと仲良くやってよ?」
「分かってるって。一応学生手帳の校則は読んだから」
ちょっぴり不安になる私だった。