
あれから三日経った。自転車は相変わらず微妙に調子が悪いし、宿題はまるきり手を付けていない。ゲームはだいたいやり尽くしてしまっているし、今月のコミックスは別段目を引かれるものもなかった。
友達と遊ぶ約束にしたって、学校が無ければ取り付けるのも難しい。携帯はまだ持たせてもらっていないので。
総じて、現時点での夏休みはものすごく退屈だった。──あの夜以外は。
「……あ”-----っ」
頭に過った記憶の色を思い出さないよう、十一歳と十一か月にもなって扇風機に声をぶつける。
髪を巻き上げる風は粘ついていて、お世辞にも心地いいとは言えなかった。
昼間なので、もちろん家には俺一人しかいない。社会人という生き物には夏休みが存在しないのだ。
出来れば一生社会人になりたくないな、と思う。……早死にしない限り無理なのは、百も承知だけれど。
そして、俺一人しか家にいないと言うことは、昼飯は自分でどうにかしなければいけないということだ。
うだうだとしながらフローリングから身を起こす。起こして、それだけで包丁を持ち上げる程度のやる気すらも損耗してしまった。
それでも、育ち盛りの体に空腹の魔の手は迫る。たとえ、カップ麺を昨日に食べきってしまったような荒野の只中であったとしても──いや、だからこそ、食欲は一層膨れるのだろうか。
閑話休題。
五分ほどクソほど元気なお日様の下を歩くのと、三十分余りの調理工程を天秤にかけた結果、俺は外食を取ることにした。
のろのろとマジックテープの財布だけをポケットに突っ込む。買い替えたばかりのスニーカーは、まだ踵が少し硬い。
死体のような足取りでなるべく陽射しを避けることを最優先に、道中唯一の交差点まで。
「や、奇遇──コラ」
踵を返した。掴まった。
人の衣服だからと伸びるのも厭わず小学生の襟元を握り締めているのは、三日前のあの女だ。
前見た時とまるきり一緒の、セーラー服にパーカーの恰好だった。明るいところで見ると何かスカート短いな。暑いんだろうか、やっぱり。
「何も逃げることないじゃん。お姉さんに会えてうれしー! って喜べよ」
吊り上げられ、揺らされる。喉元の柔肌と化学繊維が擦れて小さく呻きが漏れた。
振り払う、のは分が悪い。自転車をぶん回す握力だ、ちょっとやそっとの抵抗では俺の首が締まって御終いになる。それかシャツがぼろきれになるか。
大人しく両手を上げて降参が一番手早い気がする。というか早くご飯を食べたい。
「……わーい」
「宜しい」
丸出しの棒読みでも釈放してもらえた。彼女の中ではポーズというものが大事らしかった。
──何でこのタイミングで、こんなところで会うんだよ。思い出しかけたのを振り払ったとこなのに。
口には出さず、ただ運命的な不可視に胸中でだけ怒鳴りつけ、視線を信号機へと向ける。
片側三車線の大通りをコントロールするそれは、変わったばかりで暫くは青色を灯しそうになかった。
「で。買い物かな、少年。お目当てはゲームかな」
当たり前のように、旧知のように、ローファーの爪先で歩道の縁石を小突きながら、彼女は世間話を切り出した。
夜の細路地で不良に絡まれた少年Aと、助けに入った少女A程度の関係は、世間話をするのに果たして真っ当な距離感なのだろうか。
考えたって信号が変わるまでに答えは出そうにないから、返事だけは返しておくことにした。
「……ご飯食べに行くんだよ。そっちは何、補習? はないか。鞄も何も持ってないし」
「お、名探偵ぃー。……ん? いま暗に補習しなきゃいけないほど馬鹿に見えるって言われた?」
気のせいだよ、と手を振る。それならいいや、と頷いた。見えると言うか、真実馬鹿だ。
ぱっぽーぱっぽーと、横断歩道の誘導音が、蝉時雨の中で間抜けに響く。沈黙の続く十数秒、陽射しに焼かれた肌が汗をゆっくりと吐き出していく。
「ボクはね、ただの散歩さ」
音の雨に紛れるように、遅れて答えがやって来た。
勿体ぶった割には味気ない答えで、呆れたような視線をつい向けた。
緋色の瞳と、視線が噛み合う。
「夏っていうのは短いくせに面白くて綺麗なんだ、部屋で過ごしても仕方ないだろ。今は今しかないんだぜ?」
随分とロマンティックで詩的なクセに、照りつける陽射しを忘れそうなほど、確かな熱がその瞳には灯っていた。
あんまりにも熱くて、見るものを焦しそうな──何より、彼女を薪とするような熱だ。
ぱちりと、長い睫毛が視線を切った。熱が溶けていく。
「しかしそっか、御飯か。どうせならお姉さんが奢ってあげよう。感謝するがいいわふははー」
「……あ。うん」
「反応もうちょっと合っても良いと思うんだけど!?」
信号が青になる。ローファーが一歩先に行く。スニーカーは張り付いて動かない。
対岸の陽炎が、ファストフードの看板を揺らした。

[842 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[382 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[420 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[127 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[233 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[43 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[27 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「・・・・・おや、どうしました?まだ恐怖心が拭えねぇんすか?」 |
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エディアン 「・・・何を澄ました顔で。窓に勧誘したの、貴方ですよね。」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
落ち着きなくウロウロと歩き回っている白南海。
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白南海 「・・・・・・・・・あああぁぁワカァァ!! 俺これ嫌っすよぉぉ!!最初は世界を救うカッケー役割とか思ってたっすけどッ!!」 |
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エディアン 「わかわかわかわか・・・・・何を今更なっさけない。 そんなにワカが恋しいんです?そんなに頼もしいんです?」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
ゆらりと顔を上げ、微笑を浮かべる。
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白南海 「それはもう!若はとんでもねぇ器の持ち主でねぇッ!!」 |
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エディアン 「突然元気になった・・・・・」 |
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白南海 「俺が頼んだラーメンに若は、若のチャーシューメンのチャーシューを1枚分けてくれたんすよッ!!」 |
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エディアン 「・・・・・。・・・・他には?」 |
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白南海 「俺が501円のを1000円で買おうとしたとき、そっと1円足してくれたんすよ!!そっとッ!!」 |
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エディアン 「・・・・・あとは?」 |
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白南海 「俺が車道側歩いてたら、そっと車道側と代わってくれたんすよ!!そっとッ!!」 |
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エディアン 「・・・うーん。他の、あります?」 |
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白南海 「俺がアイスをシングルかダブルかで悩ん――」 |
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エディアン 「――あー、もういいです。いいでーす。」 |
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白南海 「・・・お分かりいただけましたか?若の素晴らしさ。」 |
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エディアン 「えぇぇーとってもーーー。」 |
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白南海 「いやー若の話をすると気分が良くなりますァ!」 |
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白南海 「・・・・・・・・・」 |
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白南海 「・・・・・・・・・あああぁぁワカァァ!!!!!!」 |
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エディアン 「・・・あーうるさい。帰りますよ?帰りますからねー。」 |
チャットが閉じられる――