
過去回想「血涙流るるは」
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閑話:研究者あるいは
さて、この声の記録も最後になるだろう。
ここも変わってしまった。
当初は『治療の為の薬を作る』ことを目的としていたはずだったのだがな。
いや、変わったのは俺か。
子を集め、被検体にしているこの所業が許されるとは思っていない。
許されたいとも思っていない。
だが、現在も残っている……残ってしまった被検体No.3については悪いことをした、とは思っている。
思うだけだ、一度賽を振ったのだ、降りることは俺が許さん。
過程で失われた全てに対して、傲慢にも俺ができることはそれだけだ。
感傷が過ぎたな、まあいい。
つまるところ、俺はこの音声を最後に命を落とすだろう。
組織の方針転換と、それに従わないものの排除。
出来れば、被検体No.3の行く末を見たいとも思っていた。
薬が完成したその後、親からも私たちからも解放された、彼を。
次の担当は、やれやれ、あいつか。
『三番』などと呼ぶのだろうな、彼を。個人的に好きではないのだが。
……どの口が言えたものか、というところだな。
さて、いまさらながら俺は口にするが、俺は魔法というものも齧っている。
隠していた故、我が悍ましい同僚共も知らんだろう。
その観点で見るならば、被検体No.3の異能は未完成だ。
否、完成することは恐らくないのだろう。
何故なら、あれは元々"魔力を燃料に"動くものだ。
だが彼の容量はすでに埋まっている。
当然だ。
あの異能は"多機能すぎる"。
自身の持つ"何か"を不完全ながら魔力へと変換する機能。
自身のイメージと……下手をすればアーカーシャに記されたそれに接続しているかもしれない。
限定的な世界の共通意識の参照機能。
魔力を原材料に、参照したイメージを元に有機体および仮想体を構築する機能。
極めつけは、今の状態から逆行するのではなく
自己の形という型に当てはまらない部分を除外することで自己の保全を行う機能。
最後に至っては、正常な動きをすれば疑似的な再生を行いかねん。
……故に、彼には魔力を保持できる容量がない。
大別して四つもの機能を搭載してしまったその身は、魔力を受け入れるだけの余剰がない。
故に、本来は緊急時に使われるであろう体力から魔力への変換機能を常に使っているわけだ。
強力な能力に対して、燃費という枷が掛けられた状態は、彼にとっては良かったのかもしれんが。
ふう、最期だからと今まで隠していたことを口に出せた。
悔いはあるが、何、良い人間ではなかった自分だ。
自分勝手も甚だしいが、このような心持で死に至れるのなら、恵まれているのだろう。
私の遺体が残るとは思えんし、死を惜しむような者もいないのは、なんとも言えないが。
さて、この音声データは適当なところに置いて置こう。
見つかればよし、見つからなくても……どうせ私は死者だ、気にすることもない。
……ノックの音か。
では去らばだ世界。
よい夜を。
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二人は異形の腕を振るい合う。
その度に互いの体から赤が零れ落ちる。
力では研究者が勝れども、少年は文字通り命を賭けて獣を相手に生き延びた。
経験では少年が勝っていた、だからこの行為は互いの命を削り取り続けるだけのもの。
このままでは、結末は互いの死しかない。
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どうしてこうなったのか。
何が原因だったのか。
自分が両親に売られたことか。
何故売られたのか。
自分の持つ何かが足りなかったから。
何が足りなかったのか。
己を通すだけの力が、足りなかった。
産みの親に依存しないと生きれない自分が弱かった。
この場から逃げ出すことができない自分が弱かった。
唯一の話し相手に、守られてしまった自分が弱かった。
だから強くなければならなかった。
だけどもう時は過ぎ去った。
少なくとも彼女は終わった、自分もここまで行き着いた。
でも、まだ終わってない。
この世界にいる顔も知らぬ誰かは、きっと目の前にいる奴がいたら、自分と同じようになる。
それを、許すのか。
この自分は許すのか。
俺は、許すのか。
答えは、既にある。
止める、そう決めた。
その為の手段を、この俺は知っていた。
だから、そうする。
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少年の異形の腕から音が響く。
内から開くように現れたのは、炎に包まれた腕。
鋭い爪を持つそれは、炎の精霊を模したそれ。
「はははっ! その腕は知っているよ! ただのこけおどしだってことも!」
研究者は笑う、嗤う。
まさに少年の異能は見た目だけを模倣するそれ。
故にこけおどし、という評価は正当だっただろう。
ただ、もしこの場に既に命を落とした、少年の前々担当者がいたのならば口にしただろう。
「は……あ……?」
その結果は"出力が足りていない"だけだと。
「なんで……、僕の腕があぁぁぁぁぁ!?」
肉の焼ける匂いが立ち上る。
研究者の異形の腕は燃え上がっていた。
転げまわるようにして慌てて火を消そうとする彼に、少年は迫る。
真に、炎を纏う両腕と共に。
それは少年の胴をも焼く。
だが少年は痛みに慣れている、慣れてしまった。
だから少年の動きは鈍らない、自身すらをも焼く灼熱の腕を振り被るその動きすらも。
「は、ははは、ははははははっ! 形振り構わない! ああ、そういうことだろう! 君!」
火を消して立ち上がった研究者は向かってくる少年を視界に入れ、笑う。
心底、愉快だと雄弁に語る哄笑。
自身が傷つくことも恐れず、否、それこそ求めたものだと。
「なんでそうなったのかはわからない。だけど、まだ終わらない、終われないなぁ!」
叫ぶ声に少年は答えない。
この時の少年は知っていた。
自身の異能に適した燃料を自分は用意ができないと。
代用品しか自分には用意ができない。 ・・・・
その代用品ですら、体力を消費して生み出してきた。今までは。
つまるところ単純な話だった。
少年が、疑似的な魔力に変換するのに消費するのは自身が持っているのなら何でもよかった。
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例えば知識。
・・
例えば記憶。
・・
例えば自我。
少年がもつあらゆるものが変換の対象。
今までは回復するであろう体力を主な原材料としていただけ。
だがこの時になって、目の前の相手を妥当しなければならないという意思を抱いた少年はそれらを削り、炉にくべた。
その結果、代用品とはいえ今までよりも大量の燃料を獲得した異能は本来の姿の一部をさらけ出した。
故に、少年の両腕は灼熱を宿す。
少年が得たこれまでを燃やしながら。
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次回日記へ続く