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ニレリア 「こうしたことが何度行われてきたかはしらないよ」 |
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ニレリア 「でも、少なくともこの日を迎えるのは4回目だ」 |
ニレリアの手でライターが回る。指に挟んだ煙草に火を灯すと、ポケットの奥へと消えていく。
甘い花の香りの中語られる言葉はどこか現実感がなくて、まるで夢の話をしているようだった。
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ハイネ 「……4回目だって?」 |
自分でたどりついた結論のはずなのに、どこか遠くの世界の話をしているように感じた。
今日と言う日を迎えたのが4回目だという。確信はあった。だが、この言葉を聞いてなお実感がない。
自分の記憶という根拠が欠けているのだから、どうしても腑に落ちないのは仕方のないことだろう。
これはあくまでも現実から計算で予想したものだ。真実を知る術は、ニレリアの言葉しかない。
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ニレリア 「そう、4回目の終戦記念日さ。こうしてハイネがたどり着いたのは初めてだけどね」 |
もちろん毎回アプローチは違うんだよ、とニレリアが笑う。
紫煙を吐き出してこっちを見るその表情には安堵の思いが見て取れた。
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ハイネ 「何故教えてくれなかった。いや、これまでの様子を見るに伝えようとしてくれていたのだな」 |
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ハイネ 「それだけの回数を繰り返してしまうくらいだ。普通に伝えても意味はなかったのだろう」 |
これは教えてもらうまでもなく気付いていたことだ。
僕らはどうやら普段の営みの中で、自分で考えているようでいて考えていない部分がある。
ただ一定のルールの中でだけ自由に動くことができて、そのことに疑問を感じていない。
だからニレリアが戦争を始めると言った時、誰も何も疑問を示さなかった。
そしてそのことに、誰も違和感を持たなかった。
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ニレリア 「その通りさハイネ、色々考えていてくれて嬉しいよ。じゃあさ、今日を終えた僕らはこの後どうなるかは分かるかな」 |
ニレリアが問うてくる。だが、その答えは既にわかっていたことだ。
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ハイネ 「やり直すことになる。5回目の戦いが始まるのだろう。……どこからかはわからないな。ニレリアが王になった日か、もしくは、ニレリアが戦争を始めるなんて言い出したあの日か」 |
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ハイネ 「あの時は急に言いだしたから驚いたんだ。何故かそれをおかしいとは思っていなかったわけではあるがな」 |
ニレリアは笑って、そしてため息をついた。吸い殻を灰皿に押しつけて、座っていた机の奥へと滑らせる。
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ニレリア 「そう、初めから失敗だったんだよね」 |
そう言うと、抱えたカエルの頭を撫でた。この数年で随分と大きくなったそれは小型犬ほどのサイズがある。
確かに感じる年月に、少し安心する自分がいた。
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ニレリア 「王になった時、この世界のルールを定めた。王の仕事ってね、それだけしかないんだ」 |
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ニレリア 「世界のルールを定め、この世界がより良くなるように導く。あとはそのルールにそって この世界を良くしていくんだ。うまく行かなかったら、どこからかやり直す。 そうして少しずつ最適な道を探りながら、この世界は大きくなってきた」 |
この世界は繰り返している。それはニレリアが王になってからのことではないらしい。
これまでに幾度となくこの世界は修正されて、理想の選択肢を選ぶように調整されてきた。
それにしては、なんとも停滞した世界が生まれたものだと思わないわけではないが。
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ハイネ 「それが王の役割ということか。この閉じられた世界のルールを定め、世界を発展させるすること」 |
発展というよりは、延命と言ったほうがいいのかもしれない。
この世界の動きは小さい。完全な停滞の先にあるのは、死と同じだ。
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ニレリア 「違うよハイネ。発展させるのは君の役割さ。子供の頃から頑張って目指してきた王の資格だけど、どうやら王は、あくまでもこの決められたルールの中で、そのルールを自分の好きなように弄る権限があるだけみたいなんだ。」 |
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ニレリア 「しかも、決められるのは最初の一度だけ。定めた後は僕らはただ役割に従って行動し、おかしいことなんて何もないと思いこむ。定めたことは覚えているんだけどね……法の下には王も平等なんて、ここではやめてほしかったな」 |
ぴょん、とカエルが跳ねて床へと飛び降りた。
ニレリアが王になってから、一気にこの世界が変わったのはそのせいで、しかしそれから変わらなかったのもこのせいだ。幾度となく試行する樹形図のような世界のうち、分岐のルールを一個書き換えるだけしか、僕らには許されていない。
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ニレリア 「まぁでも、一人が定めたルールなんて、どうせ大したことはできなくて絶対停滞する。そしたらそこから先に進めないだろ。だから、意図的に流れを壊すのが君の役割なんだ」 |
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ニレリア 「一個人がいとも簡単に死を克服するなんてのも、本来そこで死ぬはずの人を生きながらえさせることで、予期しない流れを作り出すためのものなのさ」 |
そこまで言うとニレリアは、再び煙草に火をつけた。
滑らせた灰皿をひっぱり戻して、灰に視線を落としたまま続けた。
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ニレリア 「先代は、王になる前はこのことを知らなかったみたいだね。彼は平和を願う人物だったから、のんびりのどかな世界を作った。でも、おかげで全然次の後継者がでてこなくってさ。あれで世界の衰退は決定的なものになった。僕らは今更、外の世界に追いつけないよ。もし、王になる前にこのルールに気付いた者が居たとしたらまた違ったのかもしれないね」 |
この世界を変えようと思ったら、王になってからでは遅い。
せいぜいただの思いつきで、自分が好きな世界を作って終わりだろう。
もしかしたらそういう短絡的な思いつきを幾度となく繰り返すような、そういう意図もあったのかもしれないが、
結局そうはならなかった。
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ハイネ 「だが、実際は王になる前にこの世界の仕組みに気付くきっかけがあった。ルールから外れる存在があったからだ。そうだな、ニレリア」 |
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ニレリア 「そうだね。僕らは決められたルールのなかで、初めに決めた役割を繰り返すだけの存在でしかないけど、おかしいと教えてもらったことはおかしいとわかるんだ。これは代替わりのためのシステムであって、そして恐らくはこの世界を良くするための、ハイネみたいな存在の行為に対応するためだと思う。自発的変化の要素を取り入れるためにわざとそうしてあるんだ」 |
誰がそう決めたのやら。と、首をすくめて見せた。今となってはわからない、この世界の始まりを思う。
仮に神という存在が居たのなら、最後の最後まで面倒を見てほしかったものだ。
ここは既に廃棄された箱庭。それでもこんな仕組みがあるものだから、滅ぼうにも滅べない。
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ニレリア 「普通はそもそもおかしいと感じる原因すらないし、またすぐ元に戻っちゃうんだけどね。僕には姉さんが居たから」 |
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ハイネ 「あぁ、そうか。もはや名前すら思い出せないが、彼女は……一度死んで、役割から開放されたのだな。だからこの決められた世界の不純物としてニレリアの道標となった」 |
うーん、と顎に指を当ててニレリアが悩む様子を見せた。
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ニレリア 「少し違うかな。人は死んでも役割からは開放されない。繰り返すたびに同じ人と出会うからね。」 |
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ニレリア 「姉さんは”物”になったんだよ。ハイネ、あれは人みたいだけど人じゃない。名前も中身もない、ただのオブジェクトだ。姉さんは僕の持ち物になったから、僕の一部だったから、僕はそれがおかしいと気付けなかった。」 |
ニレリアの姉だけがこの世界の外に出ることができた理由に納得がいった。
この世界は物の出入りがある。繰り返すのは人の営みだけだ。
そうでないものは自由に行き来をして、繰り返す世界の中でこの世界を前へと進めていく。
恐らく初めにこの仕組をつくった者は、人の営みにしか興味がなかったのだろう。
だから繰り返すこの世界にいつしか飽きてしまって、この世界のハザマにずっと残されることになった。
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ハイネ 「……そうか、彼女はきっかけだったのだな。人としてルールに戻したはずなのに、実際はそうならなかった。だからそこに綻びが生まれた。初めに彼女があって、あとはニレリアとこうして互いが道標になった。」 |
歯車が欠けたのだ。
この世界にあるべきものと、違うものがそこに見えているから矛盾に気付く。
ニレリアが外の世界とこの世界を比べておかしさに気づこうとしたように、彼女は間違いなく道標だった。
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ハイネ 「この力の限界、不完全さ故に」 |
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ハイネ 「……いや、与えられた役割が新たな流れを作り出すことであるとするならば、それは違う。これでは、ただ単に世界に矛盾を招くだけだ。修復できないほどの矛盾を与えるようなシステムがこんなに長く続くわけがない」 |
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ハイネ 「……そうか、ならばまさか、まだ完治していないとでも言うのか」 |
思い当たることがあった。
自らの異能、不死鳥の聖灰の力について。世界を動かすほどの力を与えられていながら、この不完全さはあまりにもお粗末だ。
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ニレリア 「そうだよハイネ。不死鳥の聖灰は恐らく、自分が認識したものにしか効果がない。だから力を使った時、ある一定のレベルまでしか巻き戻らないんだ」 |
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ニレリア 「銃とかを再生してもさ、材料まで巻き戻ったりしないだろ。本来なら、もっと先があるはずなのに」 |
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ニレリア 「全てはハイネの認識次第だ。ハイネが認識してないものがあったから、姉さんは不完全なところまでしか巻き戻らなかった。」 |
おかげでこうして色んなことに気づけたんだけどね、とニレリアが笑う。
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ニレリア 「……ハイネに傷を治してもらった時、ずっと考えてたんだ。ずっと綺麗な音がするのはなんでだろうって。多分、響くものがあるからなんだよ。僕には空洞があるんだ」 |
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ハイネ 「そこに収まるものが、まだ認識できていない、この世界で人である証だと言いたいんだな。外からは見えなくて、人を人たらしめるそれぞれに固有の物。肉体を器とするなら、その中身だと」 |
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ニレリア 「そう。多分僕の場合は1/4だけ、姉さんの場合は全部が欠けていた。頭を砕かれたからね。それがどこにあるかなんてみんなそれぞれ別のことをいうけれど、僕らの場合はきっとここにあったんだよ。」 |
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ニレリア 「王の力は人の為のものだ。だから多分そのせいで、僕の定めたルールは最後まで完遂されなかった」 |
だから僕らはこの世界から外へと出ていけない。
定めたルールの一部だけが実行され、これまで幾度となく繰り返してきたように、
一歩も前に進まない世界を繰り返す。
でも、もしかしたらまだ先があることに気付いた。
その鍵は、とても近いところにある。
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ニレリア 「そうだよハイネ。僕らに必要なのは不死鳥の中身なんだ」 |
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ハイネ 「不死鳥の本体、核……魂。そうか、足りなかったものはそれか。それさえ元に戻れば、この戦いは終わる……!」 |