
あれからいくつかの試練を乗り越えて、ニレリアはこの国の王となった。
先代はどうするのかと思えば、証だという王冠を嬉しそうにニレリアへと手渡し、
そして、すぐに居なくなってしまった。
引き継ぎなどあったものではない。一体普段どんな仕事をしているというのだろうか。
これからどうするというニレリアの問いに、彼は実家に戻って農業をすると口にしていた。
この国に王族は居ない。
過去には居た時期もあったらしいけれど、だいたいは一代限りのものだ。
だから、王の役目を終えた者は元の生活に戻るか、どこかに居なくなるらしい。
だからというか、この国の在り方はその時々の王の施策によって大きく異なる。
子供の頃のことだからよく思い出せないのだが、これは全部ニレリアが教えてくれたことだ。
気付けば先代の横に並んでいたはずのメイド達も居なくなっていて、
あとにはただ、ニレリアの持つ王冠だけが残されていた。
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ニレリア 「ハイネ、見てよこれ。中々良いデザインでしょ」 |
試練から数年、僕らも歳をとった。
ニレリアが王になってからしばらくたって、この国は戦争へと一気に舵を切った。
僕らは今戦乱の最中にあり、そして開戦から数年たった今、それを終えようとしていた。
これまでにも領地を取り合う小競り合いは頻繁に起きていたのだけれど、
戦闘向けの異能者の再編と、外の世界からの銃火器の流入により、それは加速していった。
王になって早々、ニレリアはこの世界から姉を送り出したらしい。
今思うに、彼は王になる前からずっと、こうすると決めていたのだろう。
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ハイネ 「悪くないデザインだな。どこの鍛冶の作だ?」 |
ニレリアの手の中に、銀色の銃が光る。この銃も元々は外の世界のものだ。
この世界での戦闘は外の世界とは大きく様相が異なり、銃火器は通常ほとんど見かけない。
一度の戦闘に投入される人数が少なく、装備に統一性がないことが多い。
機械化の遅れから、外の世界と比べれば旧式な、剣や槍そして弓が主力だった。
布のローブに身を包み、杖を持った魔法使いスタイルが十分に戦闘用の装束として通用するのだから、
相当なものだろう。
そんな世界だから外の世界の標準的な装備は、まるで神が創ったものだとして神器と呼ばれたくらいだ。
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ニレリア 「銃じゃないよ。そっちもいいけど耳のほうさ。知る人ぞ知る東方のアクセサリーメーカー、IVNYANのピアスだよ。この春の新作でね、中々手に入れるのが大変だったんだから」 |
2016年最新カタログと書かれた黒塗りの本を投げてそう口にする。
ニレリアの左耳には同じ色の十字のピアスが光っていた。
ページをめくって同じものに目を落とす。それなりの値段がするそれは、
恐ろしいことに右手に光る銀色の銃よりも高かった。
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ハイネ 「また外の世界の物か。一体どこでくすねて来たのやら」 |
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ニレリア 「正規品だよ!武器を仕入れる時についでにさ」 |
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ニレリア 「あまり口が広くないから、他のは手に入らなかったんだけど、たまたまね」 |
そう言って笑うニレリアの服はまたお洒落になっていた。
2015年製だというそれは、この場にはどう考えても似つかわしくない。
こっちは支給されたTシャツで頑張っているというのに、酷いものだ。
きっと足元のカエルに着せている服のほうが、給料よりも高いのだろう。
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「ゲコ」 |
本来、外の世界の服を目にすることは稀だ。
洒落たシャツを身にまとったニレリアも、見方を変えれば全身神器染めなのだから贅沢なものだと思う。
そんな世界だったから、ニレリアの指揮の元、少なからず外との繋がりを得た僕らとの差は歴然だった。
今日まで続いたいざこざも、全てはこの狭い世界の中だからこそ成り立っていたことなのである。
他国にもそれぞれ王となる者が存在したはずだけれど、彼らの考えはわからない。
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ニレリア 「この世界も、外の世界と同じように徐々に機械化が進んでいるけど、デザインセンスは外国のほうが良いのはハイネも知る通りさ。やっぱり東の国はセンスがいいよね。武器のほうも少しづつ強くなってきてるし、異能を追い抜くかもしれないよ」 |
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ニレリア 「まぁまだ力不足でも領地を維持するには十分!まぁその点、僕らはよそよりうまくやっていると思うよ」 |
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ハイネ 「そうだな、驚くほどうまく進んでいる。何故こんなに上手く行っているのか……わからないがな」 |
驚くほどにこの戦争はスムーズに事が運んだ。
ニレリアに戦略的な才能があったことも驚きだったが、あまりにも他の国の動きが遅すぎたのだ。
こちらが強くなれるのだから、相手も同じ手段を持っていると考えるのが普通だ。
だが、相手は何もしてこない。このような状況下になっても、行動が戦前とほとんど変わらないのだ。
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ニレリア 「……」 |
しかしそれは、ニレリア以外の全てに言えることだった。
驚くことに、僕らは外の世界を良く知らない。そして何故だか、それをおかしいとは思っていない。
自分だってニレリアに教わり、そして話している中でようやくおかしいと気付いたほどだ。
一つ気付けば他にも気付く。そのはずなのに、思考に連鎖性がない。
僕らはまるで、意志のない人形のように動くのだ。
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ハイネ 「……」 |
違和感に気付くにはきっかけがある。
それは恐らく会話の中にあって、普段の流れとは異なるもののせいだ。
きっかけが無ければ、僕らは身近な変化にすら気付けない。
ニレリアが姉のことを当然だと思っていたように。
だからきっと、ニレリアは外の世界の話をする。
この世界とは大きく異なる、外の世界。それを目指して、この世界を統一しようとしている。
正常な世界と比較することで、自分達のおかしさに気付こうとしているのだ。
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ハイネ 「煙草なんて吸っていたんだな」 |
感じたかすかな熱に視線を向けると、紫煙を吐き出すニレリアの姿があった。
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ニレリア 「ん、最近はじめたんだよ。これもIVNYANと同じ国のものでさ、ハイネも気に入ると思うよ、吸うと落ち着くんだ」 |
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ハイネ 「……花の香りがするな。知らない花だが」 |
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ニレリア 「なんでも聞いた話だと、この香りのする花が咲き乱れる丘があってね、見た目も中々素晴らしいらしいんだよ。青色で、あぁ、いや、材料はもっと違うものらしいんだけどね、なんて言ったかな」 |
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ハイネ 「そうか。そんなに綺麗なら、いつか見に行ってみたいものだな」 |
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ニレリア 「……!それはいいね!僕も一緒に見に行きたいな」 |
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「ゲコ」 |
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ニレリア 「もちろん君もだよ」 |
花の香りがする。初めて嗅ぐ花の香りだ。
これは、これまで嗅いだことなかったものだ。
この世界にはどこにもない、青い花の話。
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ハイネ 「あと少しだからな、全部終わったら見に行きたいところだ」 |
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ニレリア 「まぁまだ暫くかかりそうだけどね。これが終わっても、まだ先があるからさ」 |
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ハイネ 「……」 |
ニレリアが王になってから、僕らは外の世界を目指した。
けれど、現状は何も変わっていない。
僕らは終始敵を圧倒している。けど、不思議なことに何も変わっていない。
しかし今日大きく世界が変わる。
戦争が終わるからだ。
だから一つ、聞いておかねばならないことがある。
外の世界を知った時、一人だけ置いていかれないために。
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ハイネ 「なぁ、ニレリア」 |
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ニレリア 「どうしたのさハイネ」 |
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ハイネ 「ニレリアに外の世界のことを教えてもらってから、考えていたことがある」 |
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ハイネ 「この戦争ももうじき終わる。それもニレリアが手に入れた外の世界の力によるものが大きい。この力がなければ、こんなにも簡単に、この世界を統一することなんてできなかっただろう」 |
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ニレリア 「急にどうしたのさ、今更褒められても何も出せやしないよ」 |
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ハイネ 「ニレリアは、東の国はセンスが良いと言ったな。強力な武器もあり、異能を追い抜くかもしれないと」 |
ここまで外の世界をアピールされてようやく思い当たるのも不思議なことではあるが。
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ハイネ 「何故外の世界は、こんなにもこの世界の先を行く」 |
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ニレリア 「それは指導者の違いが大きいんじゃないかな。先代の選んだ政策はこの世界を停滞させるものだったし、それを変えたくて僕も王を目指し――」 |
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ハイネ 「この世界と外の世界の差は、数十年やそこらの差じゃない。人ひとりが寿命いっぱいサボったからといって広がるような差じゃないだろう」 |
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ニレリア 「……」 |
これまでずっと、これが普通だと思っていた。
外の世界の話を聞いた時も、そういうものだと自然に思い込んでいた。
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ハイネ 「これまでにも、この世界と外の世界に物資の出入りはあった。こうして銃を手に入れていることから見ても、それは難しいことじゃない。それなのに、ニレリア以外は誰も、外の世界を目指さない。この世界が気に入っているからと言ってしまえばそれまでだが、果たして本当にそれだけか」 |
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「……」 |
ニレリアは笑顔でこちらを見つめている。椅子に座り、カエルを抱えてただこちらを見ていた。
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ハイネ 「初めは外の世界独自に決められたことだと思った。そんな数字が出てくるとは思わないからな」 |
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ハイネ 「だがニレリア、先程のカタログを渡したのはわざとだな。この結論を正しいと思わせるためにわざと投げてよこした」 |
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ハイネ 「2016年というのは、未来の話だなニレリア」 |
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ハイネ 「一体この世界は、何回この時代を繰り返している」 |