
頭が重くて、ついでに痛い。痛いのは頭だけじゃなくて喉も。
夕方、昼寝から目が覚めたと同時にそんな感じで不快感が体を襲った。
ああまたか、と思う。
紛うことなき風邪症状。恐らく今日は、いや数日、外には出れないだろう。
まいったなとひとり零した。
Ⅷ. 日々は緩やかに紡がれて
年に数回は風邪を拗らせる。昔はそこまで引いたことが無かったのに事故を契機に、つまりは六年前からだ。
しばらくずっと入院生活をしていたのがダメだったのか、それとももしかしたら異能の発現が何か関係しているのか。
原因自体はよく分からないが、季節の変わり目だとか突然の気温の変化だとか、ちょっとしたことで人よりもすぐに寝込む。
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「熱もあるねえ、下がるまで明日からは外出ないようにしようね。 今日の晩御飯はお粥にしようか、私が作るよ」 |
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「はい、……いつも、迷惑かけてごめんなさい」 |
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「謝ることなんて何もないよ、迷惑じゃないさ。私が医者でよかった」 |
体温計が示す数字を確認した先生が、笑って頭を撫でてくれる。
いつものふざけた笑顔でも軽口を叩くそれでもない。風邪を引けば心細くなることを知っているからだろうか。
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「この前人混み行ったし何か貰ってきたかな」 |
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「斎さんにうつさないように気を付けます……」 |
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「あはは、風邪なんて引くときは引くし仕方ない。 それに病院で働いていたらいつでも感染リスクとは隣り合わせだし」 |
気にしない気にしないと撫で続けたままの先生が、続ける言葉といえば。
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「プレゼント、すぐに渡せないことの方が気に病んでるんじゃない?」 |
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「…………心は読まなくていいです」 |
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「命が健全な友人関係を築けているようで私は嬉しいよ」 |
言葉通りの嬉しそうな笑みをぶつけられるとなんだか腹が立って、そこにある枕でも投げようかと思ったけれど流石にやめた。
人混みに行った理由は確かにそれだ。友人の誕生日。祝うと伝えた日から随分と経ってしまっているから、早く渡したかったのだけど。
会って移すわけにもいかないし、そもそも体調悪い姿見せて心配もかけたくないし。
脳裏に大切な姿を思い浮かべながら、この話題を続かせて弄られるのも嫌で、代わりにと。
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「斎さんも、来月誕生日ですけど……欲しいものありますか?」 |
話を逸らすように投げかけた問い。まあこんなこと聞いてちゃんと答えてくれたことはあまりないのだけれど。
大抵は本気なんだかふざけてるんだかよくわからない、薄っぺらい言葉だけが返ってくる。
ので期待はせずに、話題が変われば十分程度で言葉を待っていたのだが、存外悩んだ様子で先生は口を閉ざしていた。
珍しい。
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「…………悩みますね?」 |
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「いざまともに考えると、欲しいものって分からないね」 |
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「毎年みたいに愛情くれたらうんぬんかんぬん言うんだと思ってました」 |
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「うん、いや言おうと思ってたけど」 |
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「けど?」 |
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「……そういうのももしかしたら、よくないのかもと」 |
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「え、すごく今更ですね」 |
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「ひどい」 |
溜息吐いて肩を竦まされたが、本当にだって今更な話だ。何年軽薄な姿を見てきたと思っている。
まあ、そうしたい理由が先生にも何かあるのなら、それは悪いことではないとは思うけれど。
とまで考えてなんだか、ぼんやりと気が付く。
変わっていくのだなと。おれも、先生も。
生きているから、当然だけれど。
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「まあいつも通りご飯作ってくれたらそれで十分だよ。 そんなことよりもう寝ておきなさい」 |
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「はあい、……あ、斎さん、ちゃんと自分のも作ってくださいよ」 |
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「わかってるわかってる」 |
本当かなあとぼやきながら、後ろまで着いていって確認するほどの元気はないので。
扉の向こうへと去っていく後ろ姿を見送って、枕に重い頭を沈めてしまう。
早く治ればいいなと瞼を落として、微睡に身を浸した。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――