
真夜中。
廃電波塔の鉄骨の端に立つ。
春らしい、昼の暖かさを残した風が気持ちいい。
耳の側を通り抜けて、かすかにひゅうと音がする。
静かな夜の空気を胸いっぱいに吸い込んで、深呼吸。
気が付いたらふらりと来てしまった、家の近くの電波塔。
高い場所からは、マガサ区とその先に広がる海が一望できる。
昼に登ったことはあるけど、夜に登ったことはない。
お日様の下では青々と輝いていた海も今は昏く静かで、
宝石を撒いたようなようなイルミネーションの輝く街との境目がくっきりとわかる。
空を見上げれば、地上の明かりを写し取ったような星空。
薄く流れる雲の速度は、上空の風の強さを物語っている。
きれいだなあ。
ぼくはしばらく、天も地もキラキラと光る海の底のような夜景を眺めた。
それからゆっくりと天を仰いで
風に身を任せる。
ああ、またやっちゃった。
この頃はやらないように気を付けてたのに。
文字通り加速度的に遠ざかる鉄骨――さっきまでぼくが立ってた場所――を見つめながら
いつもの恐怖と呆れと失望の混じった溜息が漏れた。
これは"飛び降りごっこ"。
昔ぼくがよくやっていた秘密の遊び。
いやなことがあったり、
むしゃくしゃしたり、
自分の気持ちをきちんと整理できない時。
高い場所に登って、飛び降りる。
当然このままだと死んじゃうから、
地面にぶつかる前に、異能で安全な場所に"跳ぶ"。
これをすると、胸の中のモヤモヤが少し薄れるんだ。
もちろんとんでもなく危ない事は判ってる。
こんなの遊びじゃない、普通はやっちゃいけない事。
だけど空中に身体を投げ出して、重力に引かれ始めるあの一瞬。
全身の血がすっと引いて、死が身近に迫る瞬間。
異能が間に合わないかもしれない。
途中の鉄骨にぶつかって、意識を失って、そのままかもしれない。
恐怖と不安で息苦しくなる。
どうしてこんなことを。
ばかだ。
やめておけばよかった。
当たり前すぎる後悔で胸がいっぱいになる。
心が恐怖と後悔ではちきれそうになると、ぼくは異能を使って高速で迫る死から逃れる。
そうした後はいつも手足はがくがく震えていて、
心臓はドキドキと煩くて苦しくて、
息も上手に吸えなくて、
ぼくは涙を流しながら蹲って咳き込む。
そうしながらぼくはほっとする。
こんなに死ぬことが怖い。痛い思いをすることが恐ろしい。
ああ、ぼくはまだ死にたくない。生きていたいんだ。って。
まだ死にたくはない。
まだ生きていたい。
死ぬのは怖い、
それに比べれば、今の苦しみなんてどうってことない。
だから、まだ、だいじょうぶだ。
ぼくはまだ、がんばれる。
昔に比べれば、今はずっと幸せなんだ。
ずっと同じ街に住んで、ずっと同じ学校に通ってる。
友達だって増えた。
昔の事なんて、笑い飛ばしてしまえばいい。
どうしてこんなにくよくよしてるんだろう?
ぼくが心配性なだけだ。
仕方ないなあ。
でも、みんなにもこんなことってあるよね?
ほっとしたはずなのに、家に帰ってもずっと怖くて眠れなかった。
ぼくは、これが『怖くなくなる日』がこわい。
だからもう、この遊びはやめようと思った。
もし、もしも。
何もかもがどうでもよくなって、怖くなくなって、へっちゃらになって、
ちょっとした気まぐれみたいに飛び降りて、
それでも何も感じなかったら。
次行く場所に誰かがいるとは限らないから。

[770 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[336 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[145 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[31 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
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白南海 「うんうん、順調じゃねーっすか。 あとやっぱうるせーのは居ねぇほうが断然いいっすね。」 |
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白南海 「いいから早くこれ終わって若に会いたいっすねぇまったく。 もう世界がどうなろうと一緒に歩んでいきやしょうワカァァ――」 |
カオリ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、橙色の着物の少女。
カグハと瓜二つの顔をしている。
カグハ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、桃色の着物の少女。
カオリと瓜二つの顔をしている。
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カグハ 「・・・わ、変なひとだ。」 |
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カオリ 「ちぃーっす!!」 |
チャット画面に映し出されるふたり。
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白南海 「――ん、んんッ・・・・・ ・・・なんすか。 お前らは・・・あぁ、梅楽園の団子むすめっこか。」 |
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カオリ 「チャットにいたからお邪魔してみようかなって!ごあいさつ!!」 |
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カグハ 「ちぃーっす。」 |
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白南海 「勝手に人の部屋に入るもんじゃねぇぞ、ガキンチョ。」 |
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カオリ 「勝手って、みんなに発信してるじゃんこのチャット。」 |
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カグハ 「・・・寂しがりや?」 |
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白南海 「・・・そ、操作ミスってたのか。クソ。・・・クソ。」 |
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白南海 「そういや、お前らは・・・・・ロストじゃねぇんよなぁ?」 |
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カグハ 「違うよー。」 |
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カオリ 「私はイバラシティ生まれのイバラシティ育ち!」 |
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白南海 「・・・・・は?なんだこっち側かよ。 だったらアンジニティ側に団子渡すなっての。イバラシティがどうなってもいいのか?」 |
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カオリ 「あ、・・・・・んー、・・・それがそれが。カグハちゃんは、アンジニティ側なの。」 |
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カグハ 「・・・・・」 |
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白南海 「なんだそりゃ。ガキのくせに、破滅願望でもあんのか?」 |
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カグハ 「・・・・・その・・・」 |
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カオリ 「うーあーやめやめ!帰ろうカグハちゃん!!」 |
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カオリ 「とにかく私たちは能力を使ってお団子を作ることにしたの! ロストのことは偶然そうなっただけだしっ!!」 |
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カグハ 「・・・カオリちゃん、やっぱり私――」 |
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カオリ 「そ、それじゃーね!バイビーン!!」 |
チャットから消えるふたり。
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白南海 「・・・・・ま、別にいいんすけどね。事情はそれぞれ、あるわな。」 |
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白南海 「でも何も、あんな子供を巻き込むことぁねぇだろ。なぁ主催者さんよ・・・」 |
チャットが閉じられる――