
夜花は"特別"だった。
当代の幻月は…正真正銘、本物の巫。
かつての白月にもそれが存在したのかどうか断言はできない。
存在したという記録が無かったから。
それらが残っていれば、あるいはすべてを解明できたのかもしれない。
「亡骸の海が見えました。」
「抽象的…ね。何かわかった?」
「いいえ……はっきりとは。」
─── 夜花の力を借りても待宵の伝承の全ては解明できなかった。
許しをもらって直接待宵窟の調査もしてみた。
さすがに底の見えない深淵までは調べられなかったけど──。
中にある社の周辺には何かが居たような痕跡も見つかった。
ただ人のものとするにはやはり少々噛み合わない。
数多ある他の伝承と同じく──諸説あり、と結ぶしかなさそうなのは残念。
こういった本物の怪異に纏わる民間信仰や伝承を読み解くのが、本来の仕事なのにね。
ただ、わかったこともあった。
人は夜と月の神の怒りに触れた。
待宵窟を穢したからなのだろう。
遺体を投げ込んだとする伝承…これは、史実だ。
─── 夜花が視たのだから。
流行り病のせいで遺体を投げ込むようになったのか。
遺体を投げ込むようになった後発生した病を呪いとしたのか。
本当に死者が甦ったのか…あるいは何かをそう表現しただけなのか。
真実は、未だ深淵の闇の中だ。
だから、アタシは生きた伝承を観察することにした───
夜花たちは人とほぼ変わらない姿をしているけれど、いくつか大きく違うところがある。
まず驚いたのは、老いがわかりにくいこと。
違う種族の年齢を外見で判断しづらいことと同じ理屈なのかしらん、と最初は思った。
そして、白月はみな夭折であったこと。
それは人と比較して…ではなく、彼らの天寿と比べて。
本来、神に近い彼らは人と比べれば大幅に長寿だということは辛うじて判明した。
だが、それもどのくらいかはっきりとはわからない。
彼らは老若男女関係なく自滅しうる力を持ち、それが原因で命を落としていく。
天寿を全うした者がいるのかどうかも残っていない。
調べれば調べるほど記録など残すはずもないと思い知らされた。
白月の信奉した神は、かつて人に交わった己の神性を除こうとしている。
あの姿も力も奇跡などではなく、そのための呪いである──そう結論がついた。
これは、彼らにとって絶望の引金になるだろう。
信奉する神は、人どころか自分の子らすらとっくに見限っていたのだ。
「そうすれば勝手に後始末ができるってわかってるのね。
………神様って本当に意地が悪いわ。」
「だからこそ、残せなかったんでしょう……。
でも、もう私達は例外が存在しないくらい血が濃くなってしまいました…。
いくら自分達で身を守っても、人の心までは止められませんから。」
「そうね…。」
とにかく白月には記録というものが異様に少なかった。
それなのに力の根源である黒狼の存在は理解している。
そして慣習として一族を守ろうとする行動も染み付いている。
つまり、意図的に真相は隠されていた…ということだ。
恐らくかつての幻月たちによって。
神に与えられた力でその真意を知り、それが自分達を否定する…。
なんという皮肉なのだろう。
幻月といえば………
「夜花、アナタの妹にはその力は無いの?」
「…………。
真理、どうか私の願いを聞いて下さいませんか…。」
「なぁに?改まっちゃって。アナタのお願いなら最大限頑張っちゃうわよ。」
夜花は、妹を預けたいと言った。
あの子は一番絶望に近いところに居る。
"私"を捨て"ヨナ"という生き方を選んだあの子──
このままこの地に留まり真の幻月になってしまえば
白月という柱を失ったヨナはきっと黒狼に喰われてしまう…と。
それを視たのだと。
未来視に映ったということは、近い将来そうなるということだ。
過去視も未来視も決して万能の千里眼ではない。
絶望を塗り替えることができれば、この未来は覆すことができる。
アタシは観察の延長として、その頼みを引き受けることにした。
連れて行ってあげればいいのよ、もっと明るくて暖かな世界に。
あの子は自分達の他に、もっと外の世界を好きになってくれるだろう。
── それに、これで何か…糸口が見つかれば、夜花たちだって。
東の方には異能が発現し使い手の集まる島があると聞く。
そこなら、夜菜はきっと…もっと人らしく生きることができるだろう。
黒狼の存在を"異能"として。
「…珍しいね、マリがタバコを吸うなんて。」
「…………たまーに、ね。」
その先に待つのが希望なのか、それとも更なる絶望なのか…それはまだわからない。