
―― 2020.5.10
■コヌマ区の呪術の真相
狐の術ではなかった。それどころか狐も呪術の対象となっている。
コヌマ区の呪術は『理不尽が全て検体Cに矛先が向く』。誰が何の目的で行ったのかは今のところ不明 だったが、雪のおかげで主犯者であろう人物は特定することができた。
主犯者は、十中八九検体Cの母親である。
それと、一つ一つ紐解けば、ある可能性が浮上した。
■家庭崩壊についての考察
検体Cの異能の代償で家庭崩壊が起きた、と考えていたが偽である可能性が高い。
父親からの電話。内容は借金を背負わされた。そのため夜逃げをすることになった。狗神付きは家系である。つまり、どちらかの親が少なくとも狗神付きに関する異能を持っている可能性は高い。
では何故このタイミングで家庭崩壊が起きた?
そもそもこれは本当に家庭崩壊なのか?借金を背負わされたとあるが、第三者を巻き込むほどの力があるのか?
可能性として。
・母親の異能の代償 つまり、呪術を成就するために発生した代償である
・仕立て上げただけであり、家庭崩壊は恣意的なものである 財を全て両親が持ち逃げし、検体Cは施設へ押し付けた
この、どちらかであると考えられるだろう。
気付いてしまった。というよりも、理解してしまった。
ボクには大切な誰かが居た。それが誰かは、どんな名前だったか、それは何も思い出せない。ただ、存在したという事実を認識した、それだけで。
どうして『いないこと』になってしまったのか。
どうして『改変』されてしまったのか。
それは認識することも、探すための手がかりもどこにもない。それどころか、疑おうとしてもするりするり、掴めない糸のようにすり抜けてしまって疑問すら抱けない。
欠けた、左手の薬指があった場所を見つめる。
きっともう、二度と楽器を使うことはできないのだろう。久しぶりにハープを弾こうとしたけれど、上手く指が動かない。
随分と、ボクは心の状態は手の動きと直結しているらしい。思わず苦笑を漏らした。
アイが分からない
恋心もなかったことにされたから
アイを知りたい
正しく認識できている感情も分からない
ボクの恋心は、随分と穏やかなものだった。春の静かな漣だと、そう思った。
熱く、燃え盛るような心をいくつも見た。焦がれて、強い想いを抱いて、己の身を灰にしてしまいそうな強い心をいくつも見た。
尊い、と思った。霊力として、人を想う力として。それは、何にも勝る原動力だと思った。ううん、それは人として最も尊い感情だと思う。
ボクにはそれが分からない、らしい。
友愛も、親愛も、恋愛も、親子愛も、そこの差が分からない。
クラリッサへ。
キミとの約束は守るよ。なるべく、長生きする。
キミの思う『長生き』と、ボクの思う『長生き』の差はきっと結構あるんだろうな。ボクはどちらの物差しの長生きかは言っていない。つまり嘘は言っていない。
こういうとき、随分と自分は卑怯だと思う。ずれた真の言葉を繋いで、本題の真の言葉を隠す。いつもこうやって、誤魔化してきた。これが案外通用する。最も、今回どのくらい通用したのかは分からないけどね。
ごめんね。ボクは親友をほっとけないから。どれだけ耳を塞いでも、どれだけ心を閉ざしても、もう一度頑張ろうと思っちゃうくらいには、ボクは親友を助けたいみたい。
あと、どのくらいになるかは分からないけれど。『長生きできる間』は、よろしくお願いします。
冴さんへ。
あのとき誕生日をお祝いしてくれてありがとう。それから時々1人の女子として気にかけてくれるのはとても嬉しい。
そういえば、男の人との友人は本当に少ない。そもそも友人と思ってもらえているのかも分からないけれど。こちらに来る前に何人か知り合いができたけど、逆に言えばそれだけだ。
キミは、どっちなんだろう。イバラシティの人なのか、アンジニティの人なのか。どちらであっても、キミにとって幸せな未来が迎えられることを祈っています。
1-4の皆 特に常夜さんへ。
あのとき、弱音を聞いてくれてありがとう。無視しないでくれてありがとう。
力の性質上、普段弱音を吐き出すことはできない。悪い精神干渉を起こしちゃうから。正の言霊を扱うことに特化して、負の言霊を扱うことは投げ捨てたから。だから、抑え込むことができないの。吐き出したあのとき、異能が発動する状態じゃなくて本当によかったと思う。
常夜さんの、守ってあげるという言葉は不思議と説得力がある。理由も分かったけど、それにしたってあの説得力、というより力強さは凄いと思う。どうかその気高いまま、強いままのキミで居てほしい。
このクラスに1年居られるかどうか分からないけれど、居られる間は仲良くしてほしいです。
なずみへ。
あのとき、ボクの告白を断ってくれてありがとう。本当に、心から安心できた。
綺麗な恋心で終わることができる。決して満たされない想いだけれども、少なくともボクは■■■として、人の想いを繋ぐ者として綺麗なままで終えることができる。
きっとキミが別の誰かと結ばれても、心から喜ぶことができるだろう。
きっとキミがボクを憎むことになったとしても、それを受け入れることができるだろう。
特別になりたい。一番になりたい。そう在れるのなら、向けられる感情はなんだっていい。ただいなくならなければそれでいい。
きっとこれは、皆の言う恋心ではないのだろう。きっとボクは、キミをかつての大切な人の、■■■として在るための代用品としてしか見ていないのだろう。
だけど。ボクはそれを、恋と呼びたい。
この心を、恋と呼んでいたい。
恋と呼んでいれば、最後まで満たされない想いを抱いていられたなら。
この心は決して満たされない。
覚悟はできた。ボクにとっては初めてで、外側から見れば二度目の特別意識。
大好きだよ、なずみ。
塞いでいた耳を開こう。
ほら、世界はこんなにも声であふれている。
何にも乱されることなく、美しく在れるのなら。
永久に咲くことが叶わないのなら。
ボクはもう、これ以上望むものはない。
―― 『とある海巫女の手帳』より
著 ツワォツ・エトパァイエ
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いたち 「……!おいなり様、ちわわちゃん!」 |
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ちわわ 「!いたちじゃねぇか、お前もこっちに来てたのか!」 |
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おいなり 「いたち!?どうして貴方もこちらへ!?」 |
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いたち 「ご、ごめんなさい、その……実はこっそり、おいなり様の分霊を飛ばすあの術、あれについてきちゃったの……私も一緒に行きたかったから…… おいなり様、ごめんなさい、勝手なことしちゃって……」 |
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おいなり 「いえ、いいのです。貴方様がご無事であれば……よかった……」 |
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いたち 「うう……ありがとうございます……ただ、一つだけ聞いてもいいかな…… なんで……」 |
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いたち 「何でイバラシティの私はあんな過激派なの???」 |
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肩ポン |
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肩ポン |
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いたち 「なんで……どうして……確かに私はおいなり様のお傍に居たいって、ずっと願ってるし離れる気もないけど……なんで、どうして……ちわわちゃんに危害を加える気なんてこれっぽっちもないのに……というかなにあのおいなり様に近づくやつは皆殺す精神怖い……過激派怖い……やだ……あんなのが私なんてやだ……」 |
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ちわわ 「あぁ……可哀想に……お前もイバラシティの洗礼を受けてしまったんだな……恐ろしいよな……どうして……あたしたちは……平穏に暮らすことが、許されない……」 |
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おいなり 「こんな世界があるなんて……僕たちは仲良く生きていけるはずだったのに……どうして……もう後ろで謎のピエロが笑ってますよこんなの……」 |
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いたち 「しかも個人的にすっごい納得できないことがあるの。怒られそうだけどいい?」 |
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いたち 「ちわわちゃんとおいなり様が許嫁になってるの全力で意味わかんない。」 |
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ちわわ 「それな。」 |
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おいなり 「許しがたいですよね。 ……いや、まあ、その……わたくしめはちわわ様に惚れて告白して見事玉砕したことがございますが……え、それ、そこですか?」 |
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ちわわ 「いやだってあたし花梨一筋だし。」 |
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いたち 「今は仲良く幸せに暮らしているのに。」 |
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おいなり 「胃が痛い。とても胃が痛い。どうしてここで修羅場が起きているのですかわたくしには分からない。これもあれも全部イバラシティが悪いんだ。」 |
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ちわわ 「畜生イバラシティめ!!絶対に許さねぇからな!!」 |
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いたち 「私の愛する人を奪ったイバラシティ!!私も絶対に許さないから!!覚悟してなさいよイバラシティ!!愛する人を奪った罪は重いのよ!!」 |
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いたち 「…………」 |
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いたち 「……どっちの味方だっけ?」 |
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ちわわ 「イバラシティ。」 |