
http://lisge.com/ib/talk.php?dt_p=2278&dt_s=568&dt_sno=1412016&dt_jn=1&dt_kz=12
今回の日記は上記からの続きとなります。
-----【Side イバラシティ】-----
自分が言い出し、助手の提案で始まった花見のはしごであったが、ここまで巡ってきた場所について、非の打ちどころのない体験となった。
空を染める藤、空と丘とをつなぐネモフィラ、どちらも日常で拝むことは難しく、非日常的な、得難い体験であると考える。
しかし桜は違う。見ようと思えば日常の延長線上に存在している。果たして締めがこれでよかったのだろうかという思いが頭の中を錯綜する。
それに今回の指定した場所、ロケーションは悪くないとはいえ辺り一面を桜で染め上げるような場所でもなし、何なら住宅街という日常の象徴のすぐ近くだ。……指定場所間違えたかな。
そんな思惑の中、車ははしご最後の会場である堤防に到着する。すっかり日も暮れて桜並木は街頭に照らされているが、……暗い。
んん、やはりロケーション間違えたか。ここに来てこのミスは取り返しがつかないのではないか。少しだけ焦りながら桜に近づき、看板が目に入る。””騒音・宴会禁止 河川事務所””
宴会……。宴会ではない筈だ。騒ぐ予定もないし、お酒も持っていない。そしてなるほど、住宅街が近く、こういった管理が行き届いている。だからこそこうも人がまばらなのだろう。
そうなるとこのロケーションにも少しだけ自信が出てきた。それに、桜自体は見事なものだ。木を見上げてそう思う。
「さて、空とか丘とかを染め上げるほどじゃないけれど、どうかしら? 私の情報網も捨てたものじゃないでしょ?」
「そうですね……そうですね」
「……むう、何か言いたそうね」
「いや、綺麗だなと思って……あ、いや、桜が。桜が綺麗だなと思って……」
反応が芳しくない、やはり暗すぎたか。それとも先の二か所に比べてやはり見劣りが……。
チラリと助手を見ると目が泳いでいる。反応に困っているような反応、……やはり失敗だったのだろうか。
ぐるぐると思考が円環を描こうとしているさ中、助手が口を開く。
「白状するとですね、実は僕、あんまり花見って興味無いんですよ。興味もないし縁もない」
「昼も言ってたわね、それ」
「笹子さんはどうですか? 花見って」
「そうね、こんな機会でもなければ、私も同じだったかも。でも今日は楽しかったと思ってるわ、今も進行形でね」
「奇遇ですね。僕もこんな機会でもなければ桜なんか見てなかったですよ」
芳しくない反応の違和感の正体がわかった。
恐らくはロケーションではなく、花見という行事そのものに何か一言あったのだろう。
だが、それも今のやり取りと今日の見事な花々の前で些事となった。
サァと音を立てて桜の花びらが舞う。不意に肌を撫ぜる春の夜風が心地よい。
「それで、どうかしら。まだ負けたって思ってる?」
「……いや、もう負けてませんね。勝ってますよ。勝ったことに気づいた僕はさっきからずっと勝ち続けてます」
「そう、よかった。それじゃあもし、また、負けたって感じるようなことがあったら言ってみて頂戴」
歩みを早めて一歩先に立つ。そうして振り返って
「その時はまた、勝ってるってことに気づかせてあげる。私で良ければ、ね。」
クスクスといたずらっぽく笑う。そうして、
「何だって一人で考え込むとうまくいかないものよ。二人なら、大体のことは笑いあえると思わない?」
----------
「それにしても、もう春だっていうのに結構冷えるわね」
「川沿いですし、まだまだ日が暮れた後は肌寒いですよ……風邪引いてもいられないですし、そろそろ帰りますか」
「……そうね。そうしましょ。リラックスのための花見で体調崩すなんて、元も子もないものね」
帰路につき、徐々に車が近づく。ある程度歩いたところでふと助手が立ち止まり、
「えっと……あー。あのですね。これはちょっとタイミング逃しっぱなしで別に忘れてたわけじゃないことをご理解いただきたいんですが」
「? なにかしら、何か忘れるようなことあった?」
そう言って助手がカバンの中から何かを恭しく取り出す。
花見、桜……まさかお酒?いやいや車で来ているのにそれはないはずだ、であれば何だろうか。
差し出された何かを受け取る。割とズシリと感じる重さだ。
「遅れましたが、これ。ホワイトデーのお返しです」
「え、あー、そんな気を使わなくて良いのに……これ、ここで開けても良い?」
「あんまり揺らさないでくださいね。崩れるので」
「……? 分かったわ」
渡されたものから丁重に包みを取り箱を開けると可愛らしい装飾を施された瓶が現れる。
洒落た形状の瓶の中には、何やら液体が満たされ、色とりどりの花が可憐なグラデーションを形作った一品。
こういったものがあることは聞いたことがある。
しかし、何と呼んだか……と考えていると答えはすぐに贈り主の口から告げられた。
「ハーバリウムです。上の紫は藤の花、続いてネモフィラ、そして桜……とまあ、今日のフルコースをギュッと」
そう言われてハッと気づく。可愛らしい瓶の中に藤から桜へ、今日という一日のグラデーション。
現れた贈り物に何故だか不意に涙が出そうになった自分の気持ちに疑問符を浮かべて、ぐっとこらえる。
「あ゛、……コホン。ありがとう、これすごいわね。……えっと、うまく言葉にできないけど、本当にうれしいわ」
「何も思いつかなくて。ホワイトデー売り場も終わっちゃってましたし……良かったです、喜んでもらえたみたいで」
キラキラと、そしてニコニコと顔を綻ばせて瓶を眺め、桜を見上げ、そしてまた瓶を見る。
ほっとくといつまでもそうしていそうな彼女であったが、ふと一陣の風が再び二人と桜の花を撫でる。
舞い上がった花びらに綺麗だという感想を抱くとともに、風が明らかに寒気を帯び、時の経過を告げる。
「ええと、じゃ、改めて帰りましょうか。帰るのに改めても何も無いかもしれませんが」
これまで縁のなかった花見、それもハシゴであったが、首尾は上々。
今年のこの光景を忘れないようにしようと、心に誓いながら。
そして、二人は再び歩み始めた。
-----【Side ハザマ】-----
微睡から目を覚ますような感覚で意識を取り戻す。
流れゆく記憶、刻まれた風景、発した言葉。
偽りであると断じるにはあまりにも鮮明で、
そして、少しだけ惜しいと感じてしまった。
感傷に耽っている場合ではない、戦闘の準備をしなくてはならない。
しかし、しかしそれでも-----
----------
前回此方に意識が戻った際に行った休息と補給の提案は正解だったと評価できそうだ。
運のいいことに今回声をかけた二人は此方に快く協力をしてくれ、
そのおかげもあってか、守護者と呼ばれる存在を撃破し、拠点を開放することができた。
立ち寄ったキャンプ地での補給も滞りない。
順風、とまではいかないが良い巡りがこちらに来ているのだろうか。
余裕があるときにこそ考えを巡らせなければならない。全ての物事には原因がある。
何故物事が好転していくのか、考えてみる必要がありそうだ。
……考えるまでもなく、答えは既に持ってる気がしないでもないが。
ここで6時間、あの街ではもう何日も過ごしている。
そして同じだけの記憶の積み重ねをあちらも持っている。
そしてここでも、あちらでも、これまでに背くような行為が一度でもあっただろうか。
理解した、などとは口が裂けても言えない。
しかし、理解しようと思うことは、今の私にもできるのではないだろうか。
心の色が変わっていくのを、少しだけ自分でも感じる。あの日のグラデーションのように。