
――とある昔話
どうして、私たちはこうなんだろう。
初めて私に意識というものが芽生えた時。
目の前には、笑みを浮かべる白衣の人物たちとたくさんの機械があった。
私たちは『調整』をされて生まれてきた。
目的は、最初はわからなかったけれど。
周りの白衣たちが、私たちを『かみさまのいれもの』と言っていたことを覚えていた。
きっとそれは、白衣たちが欲しいモノ。
―――それが手に入れば、こんな日々は要らなくなる。
私たちのまっさらな頭に与えられたものはほとんどなかった。
後は、能力の検査と強化。
薬を打たれ、頭が痛くなる。
私たちは、言葉もわからないまま痛みに泣き叫ぶ。
それを見て白衣が嗤う
重たい機械が頭に乗ってきた。
すぐに、真っ白な頭の中がかき回されるような感覚に泣き叫ぶ。
それを見て白衣が嗤う
変な模様が書いてある床の上に縛り付けられる。
裸の胸に、
怖い鋭い機械が突きつけられて。
私たちの胸に入り込んでくる。
その激烈な痛みに、泣き叫ぶ
それを見て白衣が嗤う
白衣たちは、何かする度に忙しなく指と目を動かしていた。
怖い、怖い。けれど、どうしようもない。
一人、私の隣にいた『私たち』が白衣に指を向けられる。
私たちが入れられている水が赤くなり。泡で覆われ。
引き裂く様な叫びと共に、見えなくなる。
後に残るのは、長い筒に入れられた、水だけ。
ああ、あの指を向けられれば。
これは終わる。
もう、かみさまなんて要らない。
そう、思っていたのに。
私たちに言葉は与えられず、自由な時間もほとんどない。
けれど、筒に入れられてから、試験と検査が始まるまでの僅かな時間。
隣の『私たち』が、私の方を向いて。
少しだけ、口角をあげた。
思えばそれは、単なる偶然だったのかもしれない。
けれど、その…表情、というものが目新しく。
意識は芽生えていた私たちは、僅かな時間を利用して、表情で遊んだ。
後に嫌な事が待っていると、本能でわかっていたから。
壊れる前に、自己を保とうとしたのかもしれない。
そのやりとりは、少しの間、続いた。
言葉としてはわかっていなかったけれど。
初めて得られた、苦痛以外の感覚に私は夢中になった。
それは、相手も同じだったようで、何度も、何度もそれで遊んだ。
そうしているうちに、白衣たちの目的に…私は近づいてきたのか。
ある程度の教育が与えられる事になった。
この意図は、今でもよくわからない。
後で教育するのが面倒な年齢になったからか、あるいは最初からここまで耐えられたら教育を施すという決まりだったのか。
ともかく、筒に入る以外の時間に少し、本というものを読める時間が生まれた。
字は最初に教えられ、絵本へと。
表情と同じく、新しい事であるそれに、私はまた、夢中になった。
勇敢な王子様がお姫様を助けて愛を見つけるお話。
一人きりだった詩人が、たくさん詩を考えて森の動物たちと友達になるお話。
嘘をついた村人が、みんなから虐められて、正直に生きようと叫び、思い直すお話。
悪い竜を倒すために、ほのおに焼かれながら戦って、みんなのために犠牲になった人のお話
のんびりとした、日々かみさまに祈りを捧げながら生きている人たちの話。
他にも、色々。
どんな基準で選ばれた本なのかはわからない。
けれど、どれもその時の私には新鮮で。
どういうことかわからなければ…既に『最終段階』に入っていた私の質問に、白衣は答えた。
言葉の発音も、その時に覚えることができた。
少し広い部屋で本を読む時間は、私にとってはとても心地よい時間だった。
…けれどそこに、私と遊んだ『わたしたち』は居なかった。
私だけしか、そこには呼ばれなかった。
いつもの、筒の中。
隣の『わたしたち』と、表情で遊ぶ。
言葉は、いくつか…本から覚えた単語を教えて、二人で言い合った。
そもそも目の前の『わたしたち』は、あの本を見てはいないはずだから。
あの部屋に行ったのは、私だけだと白衣たちが話していたから。
けれど。
二人で見つけた色々な表情を、見せ合いながら。
新しい遊び…稚拙ないくつかの単語を筒の中に響かせて少しだけ届け合うことはできた。
『うた』
『こい』
『おうじさま』
『おひめさま』
『いえ』
『ともだち』
『あなた』
『わたし』
『いぬ』
『ひつじ』
…そんな、他愛ない、意味すらも薄い、やりとり。
けれど、楽しかった。
でも―――
「――――え」
…ワタシノ、トナリニ。…ユビガ、ムケラレタ
その時、私の胸に浮かんだものは何だったのだろう。
喪失感、悲しみ、怒り…、本を読んだからこそ。
知識を得たからこそ…それが感情であることが理解できた。
理解、できてしまった。
こんなことなら、本なんて要らなかった。
隣で消えていく初めての『ともだち』が消えていくのを、こんな…理解できる感情を抱えたまま、見ていたくなかった。
けれど、またどうしようもない。
紅い泡に包まれて、叫びを上げながら『ともだち』が消えていく。
このままここに居ては、私も消えるかもしれない。
けれどそれはいい。でも、でも。
私と関わってくれた…あるいは、私が関わった相手が…消えることに、耐えられない。
だから私は『泣き』ながら『叫び』『祈った』
「…わたし、は、どうなっても、いい。なんでも、します」
「でも、わたしいがいが、しんじゃうのは、いや」
「となりの、なかよくはなしたひとが、かえってこないのは、もう、いや」
「となりの…へんなつつにいれられていたひとが、とけてなくなるのをみるのは、もう、いや」
「わたしがさけばないのをみて、わらうひとたちをみるのは、もう、いや」
「だから、――さま、おねがいです」
「おりてきて、ください」
「…わたしから、なにをうばってもかまいません」
「わたしが、しあわせになれなくても、かまいません」
「こいや、あいなんて、…あこがれるけど、いりません」
「だから、おねがいです」
「みんなを、たすけるために、『私』を殺してください」
ああ、それが終わりだった。
私という存在の。
私は、純粋な私ではなくなった。
そしてまた、決断を迫られていく。