
六日目(Quicksilva)
まるで不吉なカラスのように、瓦礫の山の上にずらりととまっているハトたちを背景にして、オレたちは黒っぽい鹿どもと対峙する。視界を広げると、あちらこちらでオレたちと同じように集まっては、シカだかウマだかと退治している連中の姿がある。守護者とか自称していたか、こいつらを倒せというのがオレたちに与えられた課題ということなのだろう。
「よ~し、かかってきなさい!」
「四辻霜夜の名において、メリさんに命じる。わが血を対価に、その身を守れ」
「まあいっちょう、やりますかね」
「・・・おめ・・・あぐ・・・」
オレたちの相手をするウマシカは四頭、こちらはうつろな目をしたヤンキーを加えて五人とメリさん一頭だから、人数では優っている。「守護者」と称する、この瓦礫の山で主導権を手にしている連中との戦い。挑もうとするオレたちの作戦はソーヤが提案して曰く「全員で横一列に並んでみんなでバンザイ特攻」だった。別に乱暴でもナンでもなく、ソーヤなりに考えた上での作戦だ。
「あの様子なら、あちらはまっすぐ特攻して来そうです。それなら、こちらも正面から迎え撃ったほうが人数の差で有利ですよ。たぶん」
「なるほどねえ。マトを散らそうってことか」
果たして鹿どもはイバラの赤い猛者どもではなく、頭の悪いディアーマンだったから、ソーヤの予想通り全員が盲滅法にバンザイ特攻を仕掛けてきた。これまでこの世界の侵入者、アンジニティの連中にさんざんヒドイ目に遭わされてきたオレたちだが、何度もほうほうのていで逃げ延びてきたことで覚えたコトも少なくない。例えば相手をブッ56してやるよりも、まずは我が身かわいさを優先するというコトだ。
「ちょっと待って待ってよもー!」
「あぶねえなあ!」
ウマシカのくせに、ウシのように突進して来る鹿どもを、フミや楽タローが必死こいて避けている。オレはといえば、最初からこんな発情したウマみてーな奴らとマトモにやりあう気なんてねーから、正面に立ちはだかるフリをして避けるタイミングばかり考えていた。どうやらオレの能力、ハト魔法には距離は関係あるが触れるかどーかは関係ないらしいから、ヤツらのように反撃するつもりで避けるといったむつかしい芸当は必要ないのだ。
「テメーの後ろにハトがいるぜ!?」
オレがそう言って、ウマの後ろを見るとそこには本当にハトがいる。何も考えていない目をしているハトだが、さすがに目の前をウマだかウシだかが通り過ぎていくと、億劫そうにばたばたと一羽が飛び去って行って、ハトが一羽いなくなると力の抜けたシカは肩を落とす。ハトはソーヤの方に飛んで行くが、他のハトどもに混じってしまったのか姿がない。そしてソーヤの体力がほんの少しだけ回復する。それがハト魔法。この世界のどこにでもある、ハトの存在をほんのちょっとだけ動かす能力だ。
突進して通り過ぎて、体勢を立て直すとまた突進する。ウマシカどもの戦い方は迫力があるが単純で、何度か繰り返されるとオレたちも慣れてきて落ち着いて迎え撃てるようになる。フミはアメリカン・コミックのヒーローよろしく合わせた手のひらから光を放ち、楽タローはどこからか現れた石のかたまりを投げつけている。ソーヤの連れているメリさんが突進して、あのふかふかした体でどうやってかワカラネーがシカどもを軽々と弾き飛ばしてみせる。そして、ふらふらと歩きながら、うつろな目をしたヤンキーがシカどもに近づいていく。
「くなや・・・ざこ・・・」
ぶつぶつと呟くと、明らかに不自然な力で地面ごと叩きつけるようなパンチを振り下ろす。漫画か特撮映画のような衝撃が広がり、一発でシカどもの全員が弾かれるように後じさった。これもコイツの異能なんだろうが、殴りつけた腕がぷらんとぶら下がってるがオイオイオイオイ大丈夫かテメー。
だが、この一撃でシカの一頭が消え去ると、数が減って一気にやりやすくなった。メリさんが二頭目のシカを、楽タローが三頭目を、最後の一頭をフミが殴り倒してみせるとチリメンザコくんどもはすべて消え去って後には瓦礫の山が残されただけだった。
「ハッハァ!キスマイアァス」
もっと苦戦するかと思っていたが、思わぬ快勝に気を良くしたハイタッチが宙に打ち合わされる。実はオレだけが戦果を上げていないのは内緒だが、ヤンキーくんの手柄はオレの手柄のようなモノだから構わない。守護者がいなくなった瓦礫の山に、静寂とハトの群れが戻ってくる。
シカどもの姿が消えると、空に向けてナニやら縁起の悪そうな真っ赤な光の柱がそびえ立った。これで次元タクシーとやらが使えるようになって、好きなときにベースキャンプとここを行き来できるようになったらしい。
[625 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[223 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
唐突に、オレの古臭い携帯端末が振動すると、画面にこんな文字が映された。他の連中を見ると、どうやら同じメッセージが流されているようだ。当然これにも意味はあるのだろう。数字はここにいる人数だとして、オレたちのいる瓦礫の山には600人を超えるヒマ人どもがいるということか。
すると同じ数だけ守護者とかいうウマシカどもがいたハズで、ホンモノの鹿が何百頭も放されていたとは思えないから、消えちまったところを見ても、オレたちが相手をしたのは目に見える力のよーなモンだったんだろうかとテキトーに考えておく。探偵というモノは好奇心で生きているが、不要なことに労力を使わない、怠惰という名の割り切りも必要だ。オレは仲間たちに声をかける。
「とにかく、いったん帰るか。この趣味の悪い光で、飛ばされたらハエ人間になってましたとかじゃなければいいがね」
「そんな例えを出すオッサンの方が、趣味が悪いぞ」
楽タローの感想をオレはいつものように聞き流すと、真っ赤な光の柱に飛び込んだ。戦いのリスクは他の連中に任せるが、こういうときに真っ先に飛び込んじまうのは単なる好奇心だ。後ろに続いて、他の連中も光に飛び込んできたのがわかる。
でーでーぼっぽぽーと、呑気に鳴いているハトの声が耳に届く。すぐに視界が開けて、覚えのある駅舎とバスターミナルの前に自分が立っていることに気づく。振り向くと後ろには見知った顔がいて、誰も欠けた様子はない。これでオレたちの全員がベースキャンプに戻ってきたというワケだ。駅前にある、大時計の針が指している「4」の数字が午前四時であることに、思わず頭をかいてため息を漏らす。
「やれやれ。いつものコトだがミョーな感じだねえ」
「一時間ごとにいつもの生活に戻って、ハザマにいたことを忘れてるんだよな。こっちにいると覚えてるんだけど、慣れないっちゃ慣れないよなあ」
南高梅だったかいう男に呼び出されて、イバラシティのために戦えとか言われて、チェックポイントとやらを目指して、無事に帰って来ることができた。報酬もハザマ世界で渡されるとはいえ、仕事であるからにはマジメに進めているつもりだし、ここまでの結果もまあ悪くない。
まさしく昔の怪奇小説で読んだドリームランド、趣味の悪い悪夢の世界そのものだ。聞いた話では、アンジニティの連中は戻ってもハザマの記憶を覚えているということだが、それを聞いたオレはむしろ気の毒にねえと思ってしまった。夢の中身なんざ覚えてもロクなことはない。そしてロクでもないからこそ、オレたちがいまいるハザマの世界が夢であると思えば安堵することができる。
「それにしてもさ、オッサン。あれ、なんとかなんねーのかよ」
楽タローが背中越しに指差した後ろ、オレたちから少し離れたところに、うつろな目をして開いた口からはごぽごぽと音を立てているヤンキーと、うつろな目をして瞳孔も口も開きっ放しの歩行軍手がぼんやりとした様子で立っている。連中の足元にはハト。
どーやらオレのハト魔法は、ヤンキーだけではなく歩行軍手みたいな生き物ともつかないモノにも効果があるのは間違いない。なんとかいうゲームに例えるなら、悪魔召喚士とか魔物使いとかいう能力なのかもしれないが、以前フミが言っていたようにこれはファンタジーではなくてホラーだと思う。
「ぐぐぅ・・・」
もういっぺん言っておこう。ロクでもないからこそ、オレたちがいまいるハザマの世界が夢であると思えばいっそ安堵することができるのだ。