
──こがみさま。
母さんはあれを、そう呼んでいた。
僕が生まれたのは緑の多い野山の方で。
田舎と言える、方だと思う。
僕の田舎には神様がいた。
山とか、川とか、畑とか。色んなものに神様が。
僕の田舎の人たちは、きまって古いような人ばっかりで。
皆はそんな神様たちを、喜ばせるため色々していた。
お祭りだとか、お祝いだとか。
歌や祝詞や、踊りとか。
けど
本当に意味ってあるのかな。
言わなかったけどそう、おもってた。
年に一度のお祭りだって、大人がはしゃいでお酒を飲むだけ。
季節の度のお祈りだって、子供の踊りを自慢にするだけ。
神様たちを喜ばせる事。
古い時から続いている事。
だけど、そんなのはいつの間にかに
生きている人の良い様に、好き勝ってな風歪んでいって
それこそ。神様だなんて、置いたまま。
そうする事で満足するため。自分たちの気を済ますため。
いつかそんな物にだけすり替えられて、そうして続いてるんじゃないかって。
そんなふうに。
僕が生まれたのは緑の多い野山の方で。
田舎と言える、方だと思う。
大人たちが言うには僕は
『神様と人の橋渡し』。
そんな役目をする人らしかった。
本当かどうか、わからないけど。
とにかくみんなはそう言っていた。
ばかばかしいなって、想ってた。
僕の家は大きくて、地主をしていた家だったから。
その家の子がそうなるべきだなんて。
本当かどうかさえ分かりだってしない、しかも、そんな事に
僕は勝手に決められたんだって。
だけど。
それでも、やっぱり田舎の皆は
山とか、川とか、畑とか。色んなものの神様を。
喜ばせるため、色々していた。
お祭りだとか、お祝いだとか。
歌や祝詞や、踊りとか。
そうして神様達と仲良くなるため。
橋渡しの子が、みんなの代わりに神様に近づいて縁を作る為。
色んな願いを僕へとかけてた。
──こがみさま。
それも、そのうちのひとつなんだって、母さんは言ってた。
それは、ちいさな、神様だって。
生きたに近い神様だって。
そうしてそれと、一緒に過ごして。
こがみさまに身を、護ってもらって。
こがみさまから、力を貰って。
山とか、川とか、畑とか。
そんな神様と近づいていって。人よりちょっぴり、抜け出て行って。
そうしてきっと、神様たちと、知り合いになって仲良くなるため。
…………。
……だ、って。
──初めて、僕があれを見てから。
それから、何度も。
何度も、何度も、母さん達に言ったのに。
何度も、何度も、みんなに助けを求めていたのに。
けれど、その度に言われることは
いつも、いつだって、決まっておんなじだった。
──僕が見たそれは、こがみさまっていう神様で。
僕の事へと親身になって、守ってくれる神様だって。
姿が見えるのは 声が聞こえるのは
こがみさまがちゃんと 自分のそばにいてくれている証拠で。
それは、とっても、とっても。ありがたいような事だから。
だ、って──
ぬいぐるみなりたいなんて、小さな頃に思ったことがある。
だって、だれも、話を聞いちゃあくれないんだから。
子供の言う事と笑われた方が、まだましだったかもしれない。
その方がきっと、僕だって悔しく想う事が出来たから。
小さなころからずっとそう。
唯一話を聞いてくれたのは、いつもぬいぐるみだけだった。
幼い頃におばあちゃんが作ってくれた、ちいさなクマのぬいぐるみ。
両手がピンクと水色をして、足は緑で出来ている。
少し変わったそのクマは、恐竜の尾が付いていて。
童謡番組のマスコットみたいな、そんな、クマのフランクリン。
ずうっと一緒のそのクマだけが
僕の話を聞いてくれている、そんな気がした。
小さなころからずうっといたから
綿がはみ出ちゃった古いぬいぐるみ。
いっそう、僕がぬいぐるみなら
皆は喜んでくれるんだろうか。
いっそう、僕がぬいぐるみなら。
こんな事なんて、思わないんだろうか。
だから。
僕がぬいぐるみだったらなんて。
ふとした時に、思ったことがあった。
思ったことがあったけど。
きっと
生まれてその時からもうとっくに。
僕はずうっと、ぬいぐるみだったのかもしれない。
小さなころからずっとそう。
だって、だれも、話を聞いちゃあくれないんだから。
子供の言う事と笑われた方が、まだましだったかもしれない。
その方がきっと、僕だって悔しく想う事が出来たから。
──こがみさま。
母さんはあれを、そう呼んでいた。
かみさま。
信じた事なんて一度もなかった。
いる訳なんて、無いって風に。
けれど
もしかして
もしかして
ほんとうに、ひょっとして。
もし。もしも。
まさか本当に、そんな物がいるのだと、そうしたら。
──かみさま。
どうか
どうか。お願いだから。
僕をどこでもない場所に行かせてください。
僕をひとりきり、どこでも、なんでも、ない場所に。
ただただ、静かなその場所に。
……ワールドスワップ。
そう言ったっけ。
だけど、僕には
どうでも、いいかな。
僕がいきたいのはここじゃない。
僕がいきたいのはあそこじゃない。
だって、どうせ、どちらにも。
そこには僕は生きていないから。
そこには僕は、居ないから。
僕がいきたいのは
いきたいのは
生きてたみかった のは…………
…………。
……ううん──