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荊街備忘録
4
怪しい奴、というのはざらにいる。
本当に怪しい奴ってのは大抵の場合そう見られないよう気を使うくらいの知能は備えてるもんだと思ってたけど、
そういうことすら敢えてせず、あからさまに隠し立てなく怪しさを常に爆発させている奴がいる。
むしろ怪しいと本人はまったく自覚しておらずそれが普通と思ってる類いの怪しいやつの場合は『真性』で片付くとして、
一番厄介なのは本人が自覚して、周囲への影響も理解した上で敢えて、それでも悪びれず堂々と振舞っている『確信犯』の類いだろう。
「つまりどう考えても怪しいんだよなあ…」
おれの呟きをしっかり聞き咎めて、数歩先を歩いていた男が足を止めた。「あ?なんだコゾー」
黒いシャツにスラックス、やけに浮いたネクタイとどう考えてもカタギに見えないその男は、なし崩し的にこのハザマ世界で同行することになった男の一人だ。
もうひとりがの男性が白っぽいコートで品行方正な雰囲気を漂わせてるぶん、なおさらもう片方の怪しさが際立っているといってもいい。
猫背気味で歩く黒ずくめ。かたや居住まい正しい白コート。この一見するとまるで対照的な二人には、共通する点がいくつかあった。
ひとつは、このイバラシティおよびハザマ世界をめぐる戦いの仲間であるということ。
そしてもうひとつは、この二人とも、自称『魔法使い』であるということだったーーー
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『異能』が普通に受け入れられている今日日この街の、しかも不思議が当然とばかりに混沌としたこのハザマ世界において、いまさら魔法だ超能力だ言われたって正直たいていのことは受け入れる用意はおれにはある。てか、この異界でバケモノや侵略的異邦人と戦うというなんでもありの非常時に、そんな覚悟はなんとなく決めておかないと色々しんどいよなって気もしている。
だからこそ、この対照的な二人の扱うものが異能という扱いとも微妙に違う『魔法』ということに共通して拘っているというのも不思議な偶然ではあった。
最初になし崩し的にチナミ区の駅前で共闘したときから、彼らの戦いぶりは見ていたから、それがどんなものかもだいたいわかる。
白いコートの男性〜ヨツジと名乗った青年は、いかにも『魔法』としか言いようのない、古式ゆかしい呪文や術式を使って、従えている羊〜(メリさんというらしい)を戦わせるという形を取っていた。一種の使い魔的な存在といえば、おれにもなんとなく理解できる。うん、魔術っぽい。
だが対して黒ずくめの男〜新沼ケンジというらしいそいつは、単にガラの悪い蹴りを放っているだけのそのスジの怖い人にしか見えないのだが、そいつの周囲に確実に現れる『何か』が常にそこにいる。そしてそれがとにかくヤバいのだ。
それは、どこにでもいる見慣れた街の生き物にして誰一人疑問に思わないオブジェクト、そのへんにいる、ごく普通の、『鳩』だった。
その鳩が、戦いの場において、どこからか確実に現れる。相手を攻撃するわけでも邪魔するわけでもない。ついでに言うと俺たちに何かしてくれるわけでもない。だが、確実に、鳩が数を増やしていくごとに相手の行動は鈍っていくし、なにがしかの影響を受けていくようだった。つまり、集まる鳩の数に応じて相手が弱っていくのだ。
…これは『異能』というより呪いみたいなやつなんじゃないかとか思うんだけどどうだろうか。
「まじないなんて生易しいもんじゃねえんだが」
「いや、呪い(のろ)いの方な。カース」
苦笑した新沼という男〜当人はマッケンジーを自称しているあたりその時点で『知れる』のだが〜のつぶやきにすかさず突っ込む。
「まあ否定はしねえけど、この街じゃみんな一緒くたに『異能』扱いでカタがつくんだからガタガタ抜かすのも不毛だろ」
「身も蓋もない言い方すんなよな、おれは個人的にそういうの気になるんだよ」
「なんでだよ」
そう尋ねられ、ちょっと口ごもる。ちょっと考えてから息を吸い込んだ。「…おれ、『異能』について自分でもまだよくわかってねえからさ」
「どういうこった」
おれは大雑把に、この街にやってきた経緯をかいつまんで説明した。隣県住まいだった頃、子供の頃から頻繁に経験していた一種の不思議な体験が、どうやら超常現象でも悪霊でも病気の症状の類でもなく『異能がらみ』だったとわかったこと。その謎を解くために、知り合ったフミちゃんの伝手でこの街にやってきたということ。
「つまり自分がどんな異能なのか本人もわかってねえってことか」いぶかしげにマッケンジーは眉をひそめる。「なんか面倒くせえな」
「いや、だいたいは分かるんだ。なんつーか、基本『そこにあったもの』の力を借りるみたいな…あれ、これからできるもの、だっけ?」
「場当たり的だなー。大丈夫かてめー」
苦笑まじりに頭を小突かれる。「まあ、さっきの立ち回りなら問題ねえだろうけどよ」
「とにかく、おれとしてはもう少しこう『異能』ってのはそもそもどんなもんなのか情報を集めたいんだよ!いきなり実地教習みたいなもんなんだから」
「そんな畏るもんじゃねえだろー、皆テキトーに受け入れてよろしくやってるじゃねえか」
肩をすくめて、前を歩くフミちゃんやヨツジさんの後ろ姿に視線を投げる。「だいたいざっくり分かってりゃいいんだよ」
「いやヨツジさんの『魔法』ってのは由緒正しい本物の魔法ってのはなんかわかるんだよ、見てれば。だけど、あんたの、何?」
「ハト『と』魔法なんだよ、わっかんねーやつだな」
「2回転くらいしてわかんねえから聞いてるんだよ…」
会話が堂々巡りになってしまっていることに気づいて、おれはため息を吐いてしまった。「おれの方が変なのかな…」
前方の二人を見ると、おれたちの話を聞いてたんだろう、沈黙の合間に二人の会話が聞こえてきた。
「ヨツジさん、『魔法』ってそんなのもあるの?あの例の、ハトみたいな」
「…あるのかもしれないですね。魔法と一言で言っても大変も歴史があるものですから。様々な可能性があります」
「そ、そうなんだ…」
「私の知る限りでも、鳩を使い魔として用いる類いの術は聞いたことがありますし。その派生のようなものかもしれません」
フミちゃんもなんか半信半疑って感じだったけど、納得したようだった。
「ま、まあ、私が個人的に気になったのは、それって魔法というよりその…」
「…手品?」
「そう!」しばらく間を置いて返ってきたヨツジさんのセリフに、フミちゃんとおれはほぼ同時に返答し、マッケンジーは飄々と一同から視線を逸らしていた。
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