
四日目(BOTHTEC)
道端のガードレールに二羽のドバトがとまっている。今は真夜中らしいが、空は奇妙に明るくも暗くもないし、ハトにもオレたちにも眠気のひとつも起こる様子はない。そのオレたちの目の前で、ひと昔前のテレビドラマに出てきそうな、不良だかヤンキーくんだかツッパリくんの恰好をしたガキが、どたっと倒れる。でーでーぼっぽぽーという、どこでも聞くことのできる鳴き声がオレの耳朶を叩く。
「どうもここの地図は慣れねーな」
携帯端末の画面には、チャット用のアプリケーションを通じて、シロナミとかいう優男のツラが現れていたが、オレのきれいな鼓膜が汚れるから音声はオフにしたままで地図情報の画面を開いていた。チャットが終わるのを待ってから、文字化されたログに目を通す。オレたちをここに呼びだした連中の「指示」が書かれているかもしれないから、無視することはできないが、マジメに付き合ってやる義理はない。
顔を上げて、端末の画面から目を離すと、右を見て左を見る。慣れない、と言ったのは、画面に映っている地図とオレたちの目に見える地形が異なっているからだ。フゥと息を吐いたところで、のほほんと冷静が絶妙にブレンドされた声が聞こえる。
「そろそろチェックポイントですからね。何かいるのだろうとは思いますが、一度帰りますか?」
「まあ、何が起こるか見てからでもいーだろ。準備はいまできる範囲でやればいいし、失敗して手番が遅れるなら、そんときのコトだ」
「メェ」
返事をしたのはソーヤではなく、彼の傍らにふかふかと浮いている、羊?のメリさんだ。この時代に魔法使いを自称しているソーヤだが、言動はオレたちの誰よりもよほど常識人めいている。そもそも、こんなバケモノが徘徊する荒野で、やってくる事態に振舞わされているオレたちとしては、理解が早いソーヤの存在は実に有難かった。こんな世界にもハトが呑気に鳴いていることに辟易する。
ハザマ世界は、現実世界にあるイバラシティと、同じ場所に重なり合って存在している。だが目に見える風景はイバラシティの平坦なド田舎ではなく、時として緑とピンクが混じる空に、密林あり山岳あり沼地ありの、バケモノが徘徊するドリームランドなのだ。この悪趣味な風景はあくまでもオレの目を通したものであるらしく、同行する楽タローやフミに訊ねると、夜も昼も分からない荒野だとか、うら寂しい霧の世界だとか、似ているように思えて微妙に違う回答が返ってくる。訊いてみるに、どうやらこいつらが好きな映画やゲームの場面に近いらしい。
「妙な話だよなー」
「視覚ではなくて、見ている人の潜在意識を通して見えてるとか?うーん、よくわかんないな」
この二人はもともと知り合いらしいが、大したコトは何も分かっていないという点でオレたちの間にそれほど違いはない。オレに見えているハザマ世界が悪趣味なのは、どうやらオレのセンスが悪趣味なせいだというのは癪に障らなくもないが、悪夢が悪趣味でも別に構わない。オレの目には切り立った断崖に遮られた道に、こんな世界でも当たり前のようにそこらにいるハトの姿が見えている。それがオレにとってのハザマ世界だ。
ハトどもがくるっくーと喉を鳴らしている。イバラシティへの侵略を目論んでいるアンジニティの連中を追い返すこと。そいつがオレたちがここにいる目的らしいが、潜在的な異能を持っているというだけで集められたオレたちは、いわば寄せ集めの烏合の衆でしかない。それに比べれば、アンジニティの連中は最初からそのツモリでここを訪れている「やる気まんまん(おやびーん)」の連中の集まりだ。最初からオレたちが不利なのは分かりきっている。
そんなワケで、オレたちはすでに二回ほどアンジニティの連中に襲われては「あばよ!」などと逃げ口上を叫んでは姿を消しているというアリサマだった。オレたちをここに呼んだシロナミたちにとっては不満だろうが、命あってのモノダネだ。オレたちとしては逃げ回りながら、少しでも敵さんの戦い方を参考にして、生き延びる方法を考えていかなければならない。切れた息を整えると、邪魔くさく歩いているドバトを足で追い払ってから、手のひらであごをなぜる。
「なるほどねえ。装備ってのは思いのほか重要らしい」
「ええ、だから皆さんもう少し・・・」
「はいはーい!それじゃああたし武器作るよ、武器」
どうやら異能の力を利用して作り出した装備は、このハザマ世界では必須といえるくらい重要らしい。そいつで殴られるとやたらと痛いことも、そいつで守られるとまるで攻撃が通らなくなることも、オレたちは身をもって知らされたばかりだった。ソーヤはすぐにそのことを理解すると、異能を制御して道具を作る方法を早々に覚えてしまい、実際にハザマ世界で手に入れた「素材」を材料にして装身具をこしらえている。お手本があれば話が早いから、オレが防具を、フミが武器を作ってみようと手分けをして、全員の装備を揃えていこーという話になる。
「うむうむ、我ながら悪くねー出来だな」
「何よこれ」
オレが道端の韮で編んでみせた道着を、フミが嫌そうな顔でつまんでいる。もう少しこうオシャレというものを考えないのかしらこのオッサンは、などと考えているのが手に取るように分かるのだが、もうちょっといい素材が手に入るまでセンスを磨いておくから今は気にしないよーにしてほしい。
楽タローは素材を合成することで、別の素材をひねり出そうとチャレンジしていたから、うまくいけば、もうちょっといい素材が手に入る。もちろんこういった計画はオレたちのチームの頭脳であるソーヤが考えていて、フミなんかは熱心にメモ帳にペンを走らせている。
「ってかさ。知らないならもーちょっと勉強しよーよ。ね?」
そのセリフがみんなに向けられたモノではなく、主にオレに言われていることは理解しているが、オレはこうしている間にも宇宙の果てでは星々の運命をかけた戦いが行われているのだなあなどと考えることに忙しかった。
ハトどもは人間がいることなどお構いましに、足をしまって地面に伏せている。それにしてもオレたちが持っている異能という力、オレはもう少し目に見える「必殺技」のようなイメージを持っていたのだが、実際にはオレが思っている以上にいろいろなコトができる「能力」らしい。つまり使う人間のイメージやセンスによって効果が変わる。楽タローが地面から石のかたまりを持ち上げたりぶつけたり、フミが合わせた手のひらからカミナリだかビームみたいなモノを出してみせるのも、こいつらのセンスというわけだ。
「メェー」
ではメリさんはソーヤのセンスなのか最初からこういう生き物なのか、そいつはオレにも分からない。そもそもオレ自身が未だに自分の異能をうまいこと把握できていない。ヤベーな、そろそろなんとかしないとコイツらから足手まといのように思われかねない、とか考えなくもない。
「ところでマッケンジーのおっさん、あの蹴りで回復させるのはなんとかなんねーのか」
「そうそう、最初ナニゴトかと思ったもん。ベホ〇ミとか知らないの?」
「ああ、オレの長い脚がとどいちまうから仕方ないと思え」
アンジニティとの戦いで、異能で受けたダメージを異能で癒せることはすぐに理解したが、それには仲間に触れないと効果がない。で、つい楽タローの背中を足の裏で優しく蹴りつけたらうまく発動したもんで、以来、オレはこのマッケンジーキックを治療(ヒーリング)と呼んでいる。
もちろんこの能力はオレたち四人ともが使えるんだが、困ったことに他の連中が攻撃の能力を磨いていく中で、治療役に向いているのがオレというふいんき(なぜか漢字変換できねーな)になっている。しぜん、オレが仲間を足蹴にする機会が増えるという寸法だ。
「まあ細けーコトは気にするな」
「「しろよ!」」
こんな調子で、オレも少なくとも異能を使って道具を作るコトと、治療をするコトはできるようになっているのだが、やはりソーヤやフミや楽タローに比べると、オレ自身がオレの能力をイマイチ理解していない。どーも違和感があるというか、仲間の治療ひとつとってもオレが無意識のうちに発動している力があるようで、うまく言えないのだが「オレが蹴りをくれている以外にもオレが仲間を治療している」それが俺のハト魔法の能力の一つらしい。
「きっとぜつぼーてきにセンスがないんだよ。がんばれ」
「いえ。なんていうか、新沼さんは名雪さんや設楽さんとは異能のタイプが違うように見えるんですよね」
「ほーほー、ソイツは隠された力があるってやつかい?」
「いえ、もっとひねくれた力というか」
悪意のカケラもなくソーヤが言うと、フミと楽タローが腹を抱えて笑っている。だがオレが無意識に異能を発動させているのは間違いないようで、まずはそれが何なのか分かるのが先ですねということだ。それって未熟なだけじゃない?というフミのまっとうな指摘は大人として優しく聞き流してあげることにする。「細けーことは気にするな」は三分くらい前に考えたオレの生涯のモットーだ。
そこで冒頭に戻る。でーでーぼっぽぽーという鳴き声が聞こえる。先ほどまで倒れていた、ヤンキーだかツッパリくんの恰好をしたガキが、むくりと起き上がった。アンジニティの連中とは別に、ハザマ世界にはここをうろついている生き物だかバケモノみたいな連中がいるのだが、このヤンキーくんもその類で、暴れまわる農機具やら妖精やらと一緒に現れると問答無用とばかり襲いかかってきた。コイツがハザマ世界の生き物なのか、ハザマ世界を訪れたヒトなのかすら分からない。
徘徊するバケモノには、よほど恐ろしいモノもいるらしく、そこらで襲われては壊滅したチームや個人もいるらしい。幸いオレたちはそんなモノには遭遇していなかったから、アンジニティの連中に負けた腹いせに、もとい、少しでも経験を積むためにチリメンザコくんをきっちりと退治してみせている。で、のされたヤンキーくんが呆然とした顔で起き上がってきたというワケだ。
「なあ。なんかこのヤンキーくん、様子が妙だぞ」
「そうか。白南海さんから送られた、異能の研究レポートに、使役のスキルについて書いてありましたね。たぶんこれ、新沼さんの異能の一つですよ」
「えー!それってあれ?ヤンキーはなかまになりたそうにこちらをみているって奴?」
起き上がったヤンキーくんは呆然としたままで、まるでハトのような何を考えているか分からない目でこちらを見ている。こいつがオレの能力だというのか?使役した連中を従えて戦わせる、ナントカ使いという類のスタイルがあることはオレも知っていたが、その最初のツレが目の前のヤンキーくんというのはどうだろうかと思わなくもない。
「モンスター使いってよりチンピラだよね。ドラ〇エが如くみたいな?」
フミの冗談に反論ができなかったオレは、やはり大人として優しく聞き流してあげることにする。どこにでもいるハトどもの一羽が、ヤンキーくんの頭の上にとまっているが表情のひとつも変わらない。オレはおそるおそるといった体で近づくと、ゲレゲレ(仮称)の肩をぽんと叩いてみせた。
「まあなんだ。いれば便利かもしれねーから、連れてってやるか」
オレは難しい顔をしながらヤンキーくんを従えるが、特にあれこれと言わなくても先方はオレの思うことを理解してくれるようだ。どんくさいパシリが一人できたと思えば、少しは便利だろーかと思いもしたが、ふと、オレの能力が半ば無意識に垂れ流されているなら、それはオレの能力が、オレを媒介にして周囲に影響を及ぼしているというだけじゃないかと思わなくもない。
つまりオレ自身も異能に使われているだけじゃないか?などと考えて、それでイヤな気分になったのでいったん考えるのをやめることにした。オレの脳裏をよぎったのは、キノコ人間が歩き回ってキノコ人間を増やしていく、昔の怪奇映画だった。