
三日目(LEBEN PRO)
今日も退屈な一日が過ぎる。チバ県マッドシティで、オレはしがない探偵業を営んでいるが、探偵の仕事なんてモノはたいていはヒトか会社の信用調査がほとんどで、散文的でなければ、まったく逆に愛憎溢れる修羅場にご招待という依頼が多く正直げんなりしてしまう。だがおかげさまでというべきか、オレは人間を観る癖がしぜんに身につくようになって、そして人間には二種類が存在することを知ることができた。
人間はわずかの善人と多くの小悪党によって構成される。
気がつくと、行き先にそびえている壁のような断崖が目に入る。端末機の画面には、わざわざアナログ表示にした時計の針が動いていて、時刻は零時を過ぎている。あれから十日ほどが過ぎたはずだが、時計の針はあれから一時間ほどしか進んでいない。午後ではなく、午前の零時。本来なら真夜中なのだろうが、ハザマ世界と呼ばれる時間にある、イバラシティの空はよどんでいて明るいとも暗いともいえず、もちろん太陽も星も雲も見ることはできない。ガキのじぶん、何かの怪奇小説で読んだドリームランドとかいう世界を思い浮かべる。
「やれやれ。ひでー目にあったぜ、皆んな大丈夫か?」
「あれがアンジニティの方々ですか。さすがに、お強かったですね」
オレはそれが当然であるかのように、仲間になったばかりの連中に視線を向けると、ソーヤもここまでくれば大丈夫だろうかといった様子で、傍に浮いているメリさんの腹のあたりをふかふかと叩いている。たぶん、あまり意識していない行動だ。
イバラシティの駅前に広がる荒野、莫迦げて聞こえるが、ハザマ世界と呼ばれるこの「時間」の街は本当に悪夢のような荒野が広がっている、に、足を踏み出したオレたちは、さっそくこのハザマに生きている奇妙な存在に襲われた。ゴリラめいた雑草やら、妖精やら、何のコトを言ってるのかわかんねーと思うがそういう奇怪な生き物に襲われた。
「Mary had a little lamb Its fleece was white as snow...」
すかさずソーヤが、動揺したそぶりもなく呟くと、彼の傍に浮いているメリさんに呼びかける。魔法使いと称するソーヤが本当に魔法使いであることをオレたちは知っている。それが異能というもので、フミと楽タローも、もちろんオレもこのチリメン雑魚くんたちを蹴散らそうと身構えた。
「よ〜し、かかってきなさい!」
「出し惜しみはナシだ!」
結果から言えば、オレたちは大した苦労もなくそいつらを蹴散らすことができた。知り合ったばかりでチームワークもクソもないし、オレも自分の異能を理解するには程遠いなりに、とりあえず長い脚で蹴りをくれてやる。
「ハッハァ!キスマイアァス」
簡単に蹴散らすと、妖精と雑草の残骸がごろごろと地面に転がっている。緑色の、ゴリラの頭めいたモノが転がっている姿に思うところもあるが、コイツはオレたちを襲ってきた植物のナレノハテだぜ?と自分を説得する。何より、この程度のチャンバラに手間取っているオレたちは、本当にヤバい連中が様子を見ていたことにもまるで気がつけずにいたのだから。
「茜の空に 君は何を見るのか 旅立つ風に 君は何を聞くのか
少年のままで生きているなら その手で明日を掴めるはずさ
チャンバラ チャンバラ 魂よ 魂よ 今燃えろよ
チャンバラ チャンバラ そいつが男達の生きざま」
「いや、私たちそんなの歌ってないから!歌ってないから!」
大事なコトなので二度言われてしまったが、ハザマ世界を通じてこのイバラシティを訪れている連中、アンジニティの連中にいよいよ遭遇してしまったというワケだ。
一人はピンクの髪に砂糖菓子のような甘い匂いをさせている女、一人は頭にネコの耳みたいなヘッドホンを載せている女、一人は右と左の瞳の色が違う小柄な女、そしてもう一人は、どこかのほほんとして見えるメガネの男。一見するとライブハウスあたりにいそうな、ちょっと派手好きな連中にしか見えないが、どいつも身にまとっているふいんき(漢字変換できねーな)がヤバい。わざわざ刃物を持ったナントカに近寄ろうとするのはマヌケのするコトだ。
「なんかさっきから散々言ってくれてるねー。こいつらヤッちゃっていいんだよね?」
「ふーん。じゃあ、どこまで減じられるか、試してみようか」
ピンク髪の女の言葉に、小柄な女が妙な構えをする。コツは心得ている、オレがタイミングを合わせてソイツを「見る」と、小柄な女がわずかに表情を歪める。
「やられたっ」
「ヒャッハー!テメーの技は見切ったぜ!」
異能は封じることができる。もちろん半ばは運だよりだが、この時はうまくいった。だがそれでこの連中に勝てるとは最初から思っていない。ハッキリ言って逃げるために時間稼ぎのつもりだったが、正面から莫迦にされてノンキに逃してくれるほど先方も甘くない。砂糖みたいに甘い匂いをさせていても残念ながら甘くない。
「アマさにトロけて...!」
次の瞬間には、オレたちめがけて火やら稲妻やらが飛んでくる。
* * *
「いや、ひでー目にあったぜ」
「なんかマッケンジーさん、我先に逃げてませんでした?」
フミが不審なモノを見る目を向けている。危なくなったら逃げる、オレがソイツを身をもって実践したからこそ全員が逃げ遅れずに済んだ。戦略的撤退というヤツだとテキトーなことを言ってごまかしておくが、納得しないなりに納得はしてくれたらしい(どっちだよ)。
あれがアンジニティ。このイバラシティに侵略とやらを試みている連中だ。そしてオレたちは連中からこの世界を守るために、ハザマ世界で連中を待ち構えて迎え撃つために集められた。異能とはその資格を持つ者たちに与えられた力。ソイツがこの世界の事情というワケだ。
「いやしかし連中強ぇーだろ」
「強かったですねえ」
のほほんとした口調でソーヤも同意してくれているが、考えてみればコイツは問題だ。アンジニティの連中は、たいていはイバラシティに自分の居場所を探して訪れる。多くがそのつもりでやってきている。対するイバラシティの連中にも、アンジニティからこの世界を守るんだと息巻いてるヤツもいるが、オレたちのように異能があるからという理由で、ワケも分からないままここにやってきた者が少なくない。つまりモチベーションが違う。
「まあ、みんな無事ならヨシとしないとな」
「その通りだぜ。楽タローはモノノドーリというやつが分かっている」
オレの偉そうな言葉に、楽タローも胡散臭げな視線を向けている。オレたちはヤル気マンマンなアンジニティの連中を相手にして、まずは無事に生き残ることを考えながら、少しずつ力をつけていかなければならないらしい。負けて当然、引き分ければ御の字が今のところの方針だ。
だが、やはりそんなこすっからいことを考えているオレこそが呑気なのだ。オレたちが知りもしない場所で、端末に映りもしない場所で、あの南高梅とかいうヤローたちが不穏な会話を交わしている。DAZNサーバがクルクルまわるみてーな不安定な通信の上で、断片的なやりとりだけを拾うことができる。
「おっくれましてーーーッ!!」
「どっちかというとアレですか。"お前を消す方法"・・・みたいな」
「招かれた方々全員がーー」
「周期的に発動する、能力というより・・・」
「制御不能な・・・ザザッ・・・己の世界のために、争え」
こいつがオレたちの置かれている状況というワケだ。襲いかかってくるアンジニティの連中に勝つどころではない。まずは、無事に生き残ることを考えながら、少しずつ力をつけていかなければならない。