
-----【Side イバラシティ】-----
厳寒である。
「……ねえ、そんな大きいのがいるかしら」
「いえ、こういうのは往々にして大は小を兼ねるものですよ」
やや眩し過ぎるきらいがある照明の下、二人の男女が舌戦を繰り広げながら、製品を品定めしていく。
二人が年の瀬に観葉植物(あとついでに門松)を購入するため訪れた、エンジョイ田本という名のホームセンターの一角だ。
「いや、そう言っても私たち二人よ?一日に6リットルもお湯を使うとは思えないんだけれども」
「使いますって!6リットルくらい、冬場の洗車で指が壊死するほど冷たい水をぬるま湯にしたり」
「あのねぇ、職場で洗車しないでしょいくらなんでも……こっちの1.5リットルのポットで十分だと思うのだけれども」
そう言って指さしたのは男が品定めしているより二回り小さい物だ。
「……えー。いや、そうですね。はい、上司の命であるならそっちにするのもやぶさかではないです。はい」
不服そうに一応の同意を男が示す。あまりにもあからさまなその態度に、彼女は素直な疑問をぶつける。
「もう、何がそんなに貴方をお湯に執着させるのよ……」
「いえ、もう、大丈夫です。ただ、ここ数日毎朝さっむい中冷たい水をせっせと沸かしていたら、たくさんのお湯が恋しくて」
シュンとした感じで弱弱しくそうつぶやく、わざとらしいが彼女には効果があったようで、
「わかった、わかったわよ。ただ、その明らかに大きいやつは、私が一人の時運べないからもう少し小さいのにして」
そう告げると男はパアと顔を明るくし、
「え、良いんですか!……じゃあ、このエレファントの、ちょろちょろお湯が出てコーヒーがめっちゃ楽に作れる奴にしましょう」
「あ、……うーん、その機能はうれしいわね、容量は、4リットル……そんなにいらないのだけれども……まあいいわ」
「おっと、3リットルのもありましたよこっちに。……あと、これはさっきも思ったんですけど、別にいつも水を満タンに入れなくても良いのでは」
「それでもちょっと大きいと思うけど……。そう言われればそうね、……すっかり盲点だったわ」
「じゃあ、やっぱりさっきの6リットルのやつを」
「それはダメ」
「な、なぜ……」
他愛もない会話をしながら、二人はポットを選んでいく。選んだポットを当然のように会社の経費で落とし、持ち帰る。
翌日からはボタン一つで温かい(熱い)湯が沸く環境を手に入れ、助手の生活の質が少しだけ向上していることだろう。
-----【Side ハザマ】-----
人は比較するのが好きなのだ。
良く似た二つがあれば、それらを比べずにはいられない。
何かしらの側面からそれらを測り、優劣を決めようとする。
そして、優れているものを選びたがる。合理的に。
往々にして得られる結果は変わらないのだ。どんなに優れていても結果は熱い湯が出てくるだけかもしれない。
それでも、人は優れている方が好きなのだ。だから比較したがる。
……今はまだ、わからない。良く似ているが、そこに優劣は生じていない筈だ。
……だが、もし、選ばれなかった側は、どうすれば良いのだろう。
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これで三度目、混濁が激しい。あらゆる思考が留められずに流れていく。
あの街で過ごす穏やかな日常は、誰が望んだものなのだろう。
流れゆく数日間の記憶と照らし合わせる様に考えを巡らせる。
穏やかな日々、思い通りにできる職場、頼れる助手。
それを望む人間は一人しかいない。
そう、私なのだ。かつて、躍動を旅する前に私が望んでいたもの。
つまり、あの街の私も、この私も、心情の時点に差異はあれど共に穏やかな日々を望んでいる。
私が、ただ忘れていただけなのか……私、なのか、あの街の私は。あの街の私も。
では、あの助手は……。
私は私でしか無い。しかし私以外の思考が私を支配しようとしているような
荒唐無稽なようだが、今の私では否定ができない。
私が分かたれていく。
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たとえ濁り、燻んだ意識であっても、今ここで倒れるわけにいかない。
つまり前に進まなければならない。
であれば考えるべき事がある。原生生物との戦闘、そして敵対陣営との戦闘だ。
今回はたまたま上手くいった、しかしいつまでも上手くいくとは考え難い。
つまりあの男と並び戦う以上、意思疎通を確実なものにしなければならない。
可能だろうか、いや、やらねばならない。向こうも命がかかっている以上下手なことはしてこないはずだ。
幸いなことに、あの男は私よりも戦いに長けている。少なくとも今回そう感じた。
では、ここで私には何ができるのだろう。
朧げに覚えているかつての同行者のように、私は戦闘に長けているわけでもなく、軍勢を引き連れているわけでも無い。
……あの時旅をした仲間は、私をどう見ていたのだろう。
もう一度、彼らと話をしたい。あの楽器達の他愛も無い会話を聴いていたい。
……これは、ただの逃げの思考なのだろうか。
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