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金色の光を見た。
黒色の光を見た。
その光の底に
祷り願う姿を見た。
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3/-:--/ 晴々桜子
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晴々桜子は楽観主義である。
楽しい事が好きで、つまらない事は嫌い。
趣味は放課後の食べ歩き。
晴々桜子は明るく奔放な性格である。
すぐに場に打ち解けるし、誰とでも友達になれる。
特技の一つだと自負している。
晴々桜子は電撃使いである。
正しくは電気属性のコントロールを可能とする異能を所持している。
繊細で扱いが難しい異能だが、難なくそれを操っている天才肌である。
晴々桜子は退魔師である。
所属は京都晴仁会。
階位七拾七位 "迅雷"の二つ名を持つ。
晴々桜子は。
──晴々桜子は、正しくは"晴々家"の人間ではない。
今は亡き、滅びた家の名を正しき名だと規定するならば。
彼女は──正しくは、犬乃御堂 桜子という。
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その日は、月の輝きが眩しい夜だった。
決定的な事が起こるその瞬間、私が森に入っていたのは偶然だ。
お屋敷の縁側で、野ウサギを見つけて、それを追っていた。
ゆったり、ひょこひょこと逃げる兎を見て──
怪我をしているのでは無いかと思ったのだ。不自然な跳ね方をしていたから。
その後ろ姿を追い、森に入る。随分と歩いた頃に兎が道を逸れ、月明りでは見えぬ道へと入って行った。
そこで諦めようと、来た道を振り返った。
ほんの一瞬──木々の合間を貫いて、金色の輝きと、漆黒の焔を見た気がした。
刹那、明滅する視界。まるで雷でも落ちたような衝撃。
嫌な予感がして、森の入り口を目指した。
燃えていた。
御山の上に構えられた、犬乃御堂の屋敷。
四十八願も、魂乃音街も。阿修羅教に連なる、すべてが。
御山に造られた、彼女の住まう小さな村が。
──燃えていた。
紅く、朱く。炎の色で。
私が愛し、私を愛してくれたすべてのものが燃えていた。
言葉も無く、走った。
すべてが恐ろしくなって。夢中で燃える屋敷の前へと駆け寄って。
炎が踊る中、父の名を、母の名を呼んだ。
返事は無く。
炎を避けて、崩れる瓦礫を避けて歩き。
親友の名を呼んだ、誰かいないかと探し回った。
返事は無く。
吸い込まれるように、深い赤。
これ以上進めば、声を上げる事はおろか、呼吸も出来なくなるとわかる、炎の熱量。
そこには燃える炎以外に、何も無かった。
──否。
『 ─ ・・・ ─ ─ 』
何かに。
そこで確かに、何かに行き逢ったのだ。
それが何だったのか、いつになっても思い出せない。
ただ恐ろしかった。
──心ごと黒く塗りつぶされるような、死の恐怖を覚えた。
恐ろしくて、恐ろしくて、御山を下りて、麓の街を目指して走った事だけは、覚えている。
走って、走って、呼吸も出来なくなって、前も後ろもわからなくなって。
それでも何とか麓にたどり着いて、私は意識を失った。
それから色々あって。
──晴々の家に引き取られた後に、そんな話を誰かにした。
誰かが言った。それは炎の怪だと。
怪異なのだと。
─ ─ ─
閉じた瞳を、開く。
「──だから、退魔師なんかやってるんやろかねえ、ボクは」
イバラシティ、ツクナミ区のあるビルの屋上。晴々桜子は一人呟く。
月の綺麗な夜だ。けれどその光は、輝きを失わない街の前にはあまり意味をなさない。
時間を余らせた時には、つい意識を手放して無為な思考に沈みがちになる。
そんな時、決まって思い出すのは昔の事だ。
まだ、犬乃御堂という姓を名乗っていた頃。わずか十歳の、幼い子供だった頃。
心動けば、涙も流す。まだ、普通の子供だった頃。
「……ねるちゃん、泣いとったな」
右鞠の装飾店での出来事。
──美しいものを、見た。
心の動く瞬間を見た。
彼女は感情を抑えられず、涙をあふれさせていた。
ボクの、『ともだち』。
「……」
自らの心臓の位置に手を当てる。
誰かの言葉をふと思い出す。
「そうであれば、良かったのに……」
そんな事は誰しも思う事だ。
そうあれかしと。それは理想であり、希望であり、願いだから。
自分では、彼女の言葉に何を言う資格も無い。
右鞠はまた随分と、聖人のような事を言えたものだ。
何か可笑しくて、つい笑みが浮かんでしまう。
「……ハ」
だとして自分はどうだろうか。
命の価値を薄れさせ、自らを兵器として磨き上げ、その代償で得た力で以て魔を退ける。
そこにあるのは復讐心か。
だとすれば、自らが望む結末は何なのか。
未だ、あの炎の中に、心が囚われたままではいないか?
そうであれば良かったのにと。自らもまた。
7年間だ。
自問自答の答えは、いつになっても出ない。
答えは出ない。出ないままに、そうしなければという意思だけに付き従ってここまで生きて来た。
後悔だけがずっとある。
逃げ出した事への、後悔だけが。
だからまだ、こんな場所にいる。
命を賭して、退魔師なんてものをやっている……。
「ここに来てから暇やったけかな、何かナイーブになっとんね」
腰から下げていた電磁棍棒
スタンロッドを右手に持ち直す。
バチバチと放電するその先端で、ビルの屋上に設置された鉄柵に触れ。
額にあげていたバイザーを下げる。
「さあ、お仕事の時間だ。──行くぞ"迅雷"。須く、為すべき事を為す為に」
夜の闇に向け、レールガンの要領で自らを空へ撃ちだす。
その姿は宛ら、一条の稲妻──。