
『さ、あの時の続きを……』
動画の中で桃色の髪が躍る。
チトセサクマ?
チナミ区で飴屋?
知らない女だ。
イバラシティでの俺は、マシカで誰とも関わらず生きていた。こんな知り合いなど居ねーし、ましてや遠く離れたチナミ区など。
人違いか。
いや、あの時って言ってたか。
あの時だと?
メッセージをリプレイする。
『——逃しちゃった人の顔はぁ』
逃した?
ってこたー、俺はこいつに追われていたか、捕らえられていたか。そんな記憶はそれこそアンジニティに来る前の…… ああ?
あ!
逃したってそういう。
ああ、まさか、いや……
こいつ、あの時の女か。
俺が、アンジニティに落とされた、あの時の。
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♦︎
「おおお? おー。おきた? おきた?」
声が聞こえる。土臭い。かすかに混ざる甘い香り。目の前には岩肌。
なにが、どうなってる?
生きていることだけは確からしい。
どこかに転がされている。うつぶせに。顔が痛い。かろうじてボロ布がかけられており裸ではない。助かった、のか? いろんな意味で。そんなことを気にする場合ではないはずだったが、寝起きの頭に響いた明るい声は俺の意識を面倒な思考から強引に引き剥がした。
「つ、らい…… なんでうつぶ、せ……」
なんでまたこんな。潰されたカエルか俺は。
「えっ? いやだって仰向けにできないじゃん。ツノ邪魔だし」
「ふ、わふわ、もち、もちクッションがこいしい……」
なんとか起き上がろうと試みる。
ツノが邪魔で仰向けにできねぇってくらいなら”ストック”は切れていないはずだ。ツノを持ってかれてないなら、余程の欠損や即死でなけりゃ傷は癒える。相当に時間はかかるが。何重にもかけられていた、よくわからねー術も今は全く感じない。
一度、深呼吸。
腕、脚…… 確かめる。ビビって損したな。身体は問題なさそうだ。
よし、動ける。いけるぞ。
所々に染み込んだ甘い匂いのする水……水飴かこれは。ベタベタして動きにくいったらない。不快感はあるが毒の類ではなさそうだ。固まりかけた飴がパリパリと音をたてて剥がれる。
ようやく身を起こすと目の前には小柄な女がいた。多分女。メス。有性生殖の卵出すほう。なんかこいつから頂ける気はまるでしないが。俺を待ち切れない様子で見つめる女は見慣れない装束に身を包んでいる。
桃色の髪。赤と黒に彩られた派手な装い。どこ地方? 言葉は通じてるようだが。ってかそもそも俺は…… 何で死んでいない? あの炎で延々と焼かれたらいずれストックが切れて死んだはずだ。それが然程減らずに生きている。わけがわからねぇ。とりまこいつに聞くのがはえーか。
「俺は助けられたのか? 俺はイツってーんだ。何となく転がされていただけって気もしねーではないが…… ありがとうな。とりあえず聞きたい。ここは何処なんだ?」
可愛らしいポーズをとりながら女が答える。ちっとも響かん。ガキンチョすぎますよ。
「ここはねー。アンジニティ! なんかねー、もういらなーいってされた人がね、来るところなんだよ。
キミもそうなんだよね? 一目見て解っちゃったんだ。ヨソの臭いがしてたからね。うれしいなぁ。イツくんはどんな風に捨てられたのかなー? ふふっ」
は? ナニソレ? アンジニティ?
捨てられるってなんだ、島流しみてぇなもんか? そんな物騒な場所なら記憶にあっても良さそうなものだが…… それなりに長ーく生きた俺も、そんな地名聞いたこともねぇ。知らない国の何処かか?
「アンジニティ?それがこの国の名前か? それともまさか最果ての島なんてことは……」
縋るように俺は問いかけた。何も判断できやしないのだ。
「ううん、アンジニティはこの世界の呼び名だよっ。ここには突然ばばーんと落とされてくる人がちょくちょくいるんだ」
島流しでさえなかった。いや冷静に考えて磔で燃やされて島ご招待お一人様ーってのもありえねぇ。そりゃねーけどよ、別の世界だと? もっとねぇよ。意味がわからねー。
困惑しかない俺に、全く安心できない陽気な声が続ける。
「あっそうそう、イツくんを助けたのは私だよー。お水をかけてあげたんだっ。おきて良かったよー。この辺じゃ見ない感じの綺麗な顔してるし? せっかくだから、生きて動いてる所を眺めて食べたいからね! じゃ、解体の支度してくるね!」
は?
お水かけた?
いやそこじゃねぇ、食べる?
食べるって俺を? は? 解体ってやべっーしょ、この女やべぇー、マジやべー
支度してくるとか言ったな。
よし、逃げよう。他に何があるっていうんだ。
動け動け、逃げるんだ。
アンジニティだかなんだか知らんが折角拾った命だ、俺は、逃げる。
殆ど何もわからないが、考える余地もなく俺は逃げ出した。
♦︎
♦︎
「思い出した」
人の顔をあまり覚えていないのもあるが……
正直、育っていてすぐに分からなかった。
やべぇ、やべーよ。
これも縁ってやつなのか?
とりあえず返事を返しておかなければ。
なんか、そう、友好的な感じで。
まぁ、同族と似たもんを喰うやつが敵味方とか関係ねぇとしてもおかしくはないし、そもそも敵味方の区別なんて個人の思想次第でこんな所じゃなんの強制力も発揮できねーのは俺もわかってる。わかってはいるが、しかし。むざむざ死にたくはない。
それに、やり方はどうであれ助けられたのは事実だ。今ならわかる。あの出会いは、こいつは。俺に情報を与え、おそらく本人の意図する所ではなかっただろうが…… あのとき残っていた俺の僅かな気力の使い道を生きることに注力させたのだ。
運命とは、いや今というのは。
結果的にそういうことの積み重ねだ。
まぁ多分、話はできる系、じゃねーかな?
たぶん。
うん。