
あまりにもあっけなく、同行者の二人は見つかった。
『次元タクシー』とかいう存在がこの世界に来た者を一か所に集めているのが一番の理由なのだろう。
 |
ユイ 「……う~ん。」 |
イバラシティに留学する前に、両親から聞かされていた話があった。
[ この世にはアンジニティという分割世界がある ]
見渡す限り資源の乏しい不毛の大地
貧した世界に法や秩序は存在せず
日々力により物資を奪い合っている
住民は外の世界から追放された流民であり
一部の例外を除いてその世界から脱出することはできない
 |
ユイ 「アリジゴクみたいな世界ね、アンジニティ。」 |
入ることは容易でも、特殊な方法を用いない限りは出ることが難しい。
その特殊な方法の一つが、このワールドスワップなのだろう。
アリジゴクにいる蟻を取り出して別の巣の蟻を入れるようなものだろうか。
その方法に対する倫理観は置いておくとして、脱出への執念は称賛に値する。
 |
ユイ 「ともあれ、そんなことをされたら困るよね。」 |
実のところ、イバラシティに来てから日の浅いユイ達にとってはスワップが実現したところでそこまで困る事ではない。
もっとも、自分たちがアンジニティに幽閉されることがなければの話だが。
直接巻き込まれてしまった以上、正当防衛という形で肩入れするほかないだろう。
 |
ユイ 「っ……!」 |
ここで、この地に訪れてから1時間が経過した。
クリスマスが過ぎて年が明けたこと。
イバラシティでかなりの日数が経過したこと。
そこでも自分を含めてイバラシティでも何事もなかったように住民が日常生活を送っていること。
その現実に鳥肌が立つと同時に、スワップ争いに巻き込まれたことを幸運に感じ取るのだった。
仮にこの地に召喚されていなかったら、自分が存ぜぬところで命運を決められた上にある日突然アンジニティに幽閉されるのかもしれないのだ。
イバラシティの皆さん初めまして、敗北おめでとう!
そしてごきげんよう!ようこそアンジニティへ!
そんな未来も起こりうるかもしれない。
しかしながら、実のところ両親の話ではレオン様のご両親……つまりは王と王妃もアンジニティに関連していたと聞いている。
関連した上で生還、もしくは脱出している。
ということは何らかの例外事例に引っかかったのだろう。
思っている以上に抜け穴や脱出経路自体はあるのかもしれないが、それを万人が行使できるかといえば無理なのだろう。
 |
ユイ 「うちの両親も、きっとアンジニティくらいはなんとかできるとは思うのだけど。」 |
何かと自然の理から外れた行動をしてきたという話は何度か耳にしている。
死から体を再構築して現世に舞い戻ったり、時間の流れを捻じ曲げたり、別の空間に転移したり。
それでも、その『反則』の手が届くのは基本的には身内などの手が届く範囲。
世界を救うだとかは直接その世界に乗り込んで、その世界の理に則って原因を根絶・対処しなければならない。
反則はやってることと言えば、スマホのゲームで敗北しそうになったので端末を破壊した、というものが近い。
なんとか本人は無事に現実に戻ることはできても、その世界の事情は何も解決していないのだ。
それだけ一個人の能力で安易に干渉できないくらいには世界というものは強い力を持っている。
事実、過去にイバラシティに干渉しようとして失敗した存在がいたという話だ。
榊という名前だっただろうか?
彼もまた反則的な力を持っていたようだが、世界が自己を維持しようとする力には勝てなかったようだ。
 |
ユイ 「せっかくイバラシティという世界にも馴染んできたんだもの、私達が頑張らなきゃね。」 |
レオンとレアとの日常を守るためにも、眼前に迫るアンジニティの住民に勝たねばならない。
だが、アンジニティの住民もまた衣食住と安寧を求めた正義の戦いであることを思い知らされるのだった。