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塩釜 太地 「弱え……」 |
白い砂のようなものを巻き上げて、左の拳が振り抜かれる。
狙うのは不気味に蠢く不定形の怪物。
一撃を受けたソレの体が弾け跳んだ。
よろめいた……のかどうか定かではないが、一歩分の距離を後退する怪物。
その影を踏み縫い留めるように前へ擦り出した脚が、じゃりと地面を踏む。
白煙が上がった。
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塩釜 太地 「弱え…………ッ」 |
目の前の標的へ向けて斜めに構えられた身体の奥、
弓の弦を引き絞るように『溜め』を作った右の拳が唸った。
怪物の体積が、大きく削られる。
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塩釜 太地 「弱えッ!!弱えッ!!弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱え弱えッ!!!!」 |
雨のように不定形に浴びせられるラッシュ。
その度、ライフルに撃たれたように弾けて消失する怪物の体。
烟るように舞い散るきらきらとした粉塵は、塩だ。
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塩釜 太地 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!!!」 |
猛る叫びに送られて、『ナレハテ』は消滅した。
しかし未だ熱は引かず、激情のままに天を仰いだ。
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塩釜 太地 「なんっっっっっでこんなに弱えんだオレはァ!?!?」 |
塩釜太地は慟哭する。
己の無力さに。
こんなはずはないと。
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塩釜 太地 「生誕と枯死の権能、西の御子たる塩の魔女、ソルティーユの侵略兵器がこんな無能であるはずがねェ!!」 |
例え世界を追放されその権能の多くを剥奪されようとも、神にも等しい魔女が本気で力を振るえば敵う者などそうそうありはしない。
にも関わらず、それに生み出された自分が、こんなちっぽけな力しか持ち合わせていないのはどういうことか。
己こそは、魔女が楽園を取り戻す唯一無二の手段であるはずなのに。
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塩釜 太地 「そると!一体どういうことだ!」」 |
名を呼ばれて、太地の後方に浮遊してた妖精のような少女がすうっと前に出る。
そると
魔女ソルティーユの分見(わけみ)。
アンジニティにありながらイバラシティを監視するために、ソルティーユが作り出したアバター。
イバラシティにおいてはゲームの中にしか存在できない。
そるとは塩釜の前に<Cross+Rose>に似たウインドウを表示した。
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┃シオガマ タイチ Lv.1┃
┣━━━━━━━━━━━━┫
┃ HP:4000 SP:300 ┃
┃ ┃
┃ Str: 23 Int: 15 ┃
┃ Dex: 18 Mnd: 15 ┃
┃ Agl: 19 Luk : 5 ┃
┃ ┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
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塩釜 太地 「なん……だよこりゃあ……」」 |
数値を掲げる文字の並びが何を意味しているのか、太地は知っている。
何故ならゲーム好きの青年という設定こそが、イバラシティでの彼に与えられたパーソナリティなのだから。
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塩釜 太地 「これじゃあまるで、ゲームの続きじゃねェかッ!!」 |
怒鳴りつけられても、そるとの表情はぴくりとも動かない。
まるで液晶の向こうのキャラクターのように。
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塩釜 太地 「ソルティーユ……わかってんのかよ。 この『侵略』はゲームかもしれねぇが、『戦争』なんだぜッ!!」 |
勝利こそ彼女の悲願ではなかったのか。
それを乞われて、己は再び生まれたのではなかったのか。
彼女は二度と自分で戦うことはない。
あまりにも深く、悲しみに沈みすぎたから。
この戦争は、チャンスなのだ。
『我ら』が、大罪を魔女に償うため与えられた機会。
で、あるのに――
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塩釜 太地 「こんなしょっぺえ力で、どうしろっつぅんだッ!!」 |
踏み鳴らした大地が隆起する。
太地を中心として、花が咲くように岩のような塩の結晶が幾本も「生えた」。
不意に、そるとが口を開く。
平坦で無感情だが、硝子のように繊細な声が漏れた。
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そると 「――820EXPを獲得。レベルが・・・5に上昇、しました・・・」 |
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塩釜 太地 「なに?」 |
再度ウインドウに目を向ければ、そるとの言葉通りレベルの数字が「5」に変わっていた。
それに伴い、ステータスの数字も伸びて新たに「Skill」の項目が追加されている。
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塩釜 太地 「……ハッ。いよいよゲームじみてきたじゃねぇか」 |
ソルティーユの意図は知れない。
それでも太地は、機会を手放す気はなかった。
――いいぜ、やってやる。
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塩釜 太地 「そると。Cross+Roseを開け」 |
ウインドウが切り替わる。
そこに並ぶのは、このゲームに参加しているプレイヤーのリストだ。
このまま独りでは戦えない。
勝率を上げるために、まずは仲間を得なければ。
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塩釜 太地 「やってやるよ、このゲーム……エンディングを見るのは『オレたち』だぜ」 |